第15話 新しい出逢い

「ここで? 大変そうじゃないか?」 大翔はメニューを見ながら話す。大翔はメニューの値段を見て一瞬目の色が変わり、ファミレス5回行けるじゃんかと口を尖らせながら、一番安いのは......と探している。


「まあね、でも学校からも近いし、気に入ったんだ」 僕もメニューを見る。確かに少し高い。メニューは写真がついて、分かりやすくなっている。一度家族で少し高いお店に行った時は、文字だけで料理がイメージしづらかったから、とても助かる。


 料理はとても美味しかった。少し高いのが気にならないくらい、美しい盛り付け、繊細な味付け、食材にもこだわっているようで、満足だった。大翔もペロリと平らげ、ファミレス5回分は美味しかったと満足していた。



 ✳︎   ✳︎   ✳︎


 後日、La・Cupolaのウェブサイトから電話番号を探す。電話はなんとなく緊張する。顔が見えない中で声だけ聞こえるというのは結構難しい。中途半端に声という印象だけが先行するため、その声でその人を判断してしまう。


 ボタンを押すと通知音がなる。二度目のコールで女の人が出た。僕は少しだけ声を高くして話す。声だけ聞くと優しそうな女性だった。僕がアルバイトを希望している旨を伝えると、名前を聞かれ、そのまま保留になる。店長をしているという人が少しして電話に出る。とても優しそうに話す人だった。段取りよく面接の日程を決める。


 電話が終わる頃には、少し安心していた。ここでよかったなという思いが強くなる。


 面接の日、僕はLa・Cupolaに向かう。ここに来たのは二度目なのに、初めてみたいに感嘆の声が漏れた。やはり素敵な場所だ。


 店内に入ると、スムーズに裏の休憩室のような場所に案内される。そこにはもう一人女の子がいた。やや茶色の髪で、前髪は比較的均等に揃えられていて眉毛に少しかかっており、毛先はやや外にはねている。素朴そうな女の子だった。


 とりあえず会釈をする。女の子もそれに合わせて会釈をする。部屋に二人しかいないのが少し気まずい。しかし、すぐに沈黙は破られた。ドアが開き、店長と思しき人が顔を覗かせる。「おまたせー」と優しそうな声で言いながら入ってくると、椅子を二つ用意してくれた。僕とその女の子は椅子に座る。その時、僕はその女の子が同じバイト希望の人なのだということに気がつく。


「たまたま同じタイミングだったから、二人同時にしちゃったけど、気楽にね、そんなに振り下げた質問とかもないからさ。それで、改めまして店長の玉木です。よろしくおねがします」 店長はそういうと優しそうな笑顔をこちらに向ける。店長といってもまだ若く、30代前半だろうか。


 僕と女の子はよろしくお願いしますと同時に言う。


「じゃあ簡単に自己紹介と、ここにバイト希望した理由ね、あまり深く考えなくても大丈夫だよ。じゃあまず、乙坂くんから 」 


「はい、乙坂悠人です。大学生です。少し行ったところにあるT芸術大学の一年生です」 


「そうなんだ、同じ大学の3年の子も今ここでバイトしてるよ、あ、ごめんね、続けて」店長は常にニコニコして話してくれるので緊張はあまりしなかった。


「それで、この前の入学式の帰りにこちらでご飯を食べたのですが、そのお店の外観とか内観とかとっても素敵で、料理もとっても美味しくて、ここで働けたら楽しそうだなって思ったんです」


「なるほど、なるほど、いいよねここ」店長は嬉しそうにうなづく。


「じゃあ、次は篠崎さん、お願いできるかな」 


「は、はい。えっと、篠崎咲良しのざきさくらです。私も同じで、T芸術大学です。1年生です」 篠崎さんというその女の子は、少し緊張しているのか、ぎこちなく話す。けど、それは嫌な印象ではなく、頑張っていることが伝わり好感が持てた。


「へえ、篠崎さんもそうなんだね。そっかそっか」店長は少し目を大きくしていた。表情は変わらず暖かいものだった。


「それで、私は、その、アルバイトも初めてで、大学の近くで探そうと思って、それですごくおしゃれなこのお店見つけて、中できびきび働くウエイトレスさんを見て、私もこんな風にかっこよく働けたらなと思いまして.......」 篠崎さんは話していくうちに少しずつ声も身体も小さくなっていくようだった。


「そっかそっか。二人ともありがとう。それで、乙坂くんは週何回入れそうかな?」 


「週三回は入れます。ただ、サークル等にも今は入る予定もないので、比較的柔軟に入れるとは思います」


「なるほど......」と言いながら、玉木店長はメモをしている。


「篠崎はさんは、どうかな?」


「私も、えっと乙坂くんと同じくらいは入れます」 ちらっと篠崎さんは僕を見た。


「オッケー」玉木店長はメモを書く。


「よしっと、二人とも飲食は初めてってことだけど、話した感じ大丈夫そうだし、二人にはここで働いてもらいたいと思います。よろしくね。で、仕事のこととか基本的なことは二人同時にやってしまった方が効率がいいと思うから、そうだな、二人とも三日後の15時からとかって空いてるかな?」 店長は僕と篠崎さんを交互に見る。


「はい、大丈夫です」 僕と篠崎さんはまた同時に答える。


「よし、じゃあ今日はこの辺で、制服も三日後に渡すから、服装は自由で大丈夫、あ、靴の貸し出しは無いから、少し落ち着いた感じので来てね」 玉木店長はそう言うと、ドアを開けてくれた。玉木店長は落ち着いてるけれど結構話好きな人で、僕たちと店の裏口まで行く間ずっと何かを質問してくれたり、話していたりした。僕たちはそれをずっと聞きながら時折相槌を打った。


「じゃあ、今日はありがとね、あと次来るときから、この裏口から入って、ここのインターホン押すと、誰か開けに来てくれるから」と玉木店長はインターホンを指差す。 


 僕と篠崎さんは会釈するとドアがしまり、僕たちは二人になる。なんとなく、そのまま二人で駅に向かって歩き出す、沈黙のまま。気まずいな、そう思って篠崎さんを見ると、彼女も少し気まずそうにしていた。


「いい店長さんだったね」 僕は声をかける。


「う、うん」 彼女は少しおどおどしていたけど、僕はなぜかそれが嫌じゃなかった。


「乙坂悠人です。よろしくね」


「篠崎咲良です。よ、よろしく」 彼女は頑張って笑っているようだった。


「おな、じ大学だね。何科?」 恐る恐る彼女は僕に聞く。


「美術科だよ、篠崎さんは?」


「私は、音楽科なんだ」


「そうなんだ、楽器なに弾くの?」


「ヴァイオリン」 彼女はなぜか恥ずかしそうに言う。


「そうなんだ、僕、ユーモレスクとか好きだよ」


「私も! いい曲だよね!」篠崎さんは少し前のめりになった。先ほどは違って嬉しそうな顔で目も生き生きとしている。しかしすぐに、はっとして「あ、ごめん」と言うとまた小さくなってしまった。


「謝らなくていいよ、それにそっちの方が楽しそうでいいと思うよ」 僕は思ったことを口に出した。彼女は少し顔が赤くなっていた。


「私、人見知りで、ごめんね」 彼女は申し訳なさそうな顔をしている。


「いや、全然大丈夫。その篠崎さんもいいと思うよ」 見ているこっちが申し訳なくなるほど彼女はすぐにしぼんでいくので、僕は彼女を励ましたくなる。


「そうだ、他にはどんな曲が好き?」


「えっとね、有名なところだと、ドボルザークとかチャイコフスキーとかムソルグスキーとか、私はそのあたりの時代が好き! 展覧会の絵とか、そうなんだけど、いい曲だよ!」


「そうなんだ」すごく嬉しそうに話す彼女を見て僕も嬉しくなった。


「乙坂くんはどんな絵が好きなの?」彼女はもう普通に話せているようだった。


「そうだな、僕は19世紀のフランスの画家とか結構好きかな。有名なところだとモネとか、ルノワール、セザンヌ、クールべ......とかかな」


「そうなんだ、名前しか聞いたことないや」と無邪気な笑みを彼女は浮かべる。


 ようやく話が弾んできたところで、駅に着いてしまう。


「えっと、乙坂くんどっち乗る?」


「2番線かな」


「あ、私も」 


 どうやら最寄駅も結構近いようで、しばらくは同じ電車に乗ることになった。


「バイト自体初めてなんだね」


「うん、高校の時はバイト禁止だったの。禁止じゃなくてもやらなかったかもしれないけど、人と話すのとか苦手で」 彼女はまた声が小さくなっている。


「そんなことないと思うけどね」


「乙坂くんは、話しやすいから。いつもすぐに緊張しちゃうし、そんな自分が嫌で、バイトしようと思ったの。ちょっと大きいところで」 彼女はちょっとうつむいて言う。


「そうなんだ。僕も少し前まで人と話すの苦手だったんだ」そう言うと彼女は少し目を丸くする。


「そんな風に見えなかった。玉木店長と話してる時もすごい堂々としてて、それで私ちょっと場違いかなって思って、緊張しちゃったもん」 


「変えてくれたんだ。ある人が」 僕は目を細める。


「そうなんだ、その人と出会えてよかったね、私も、頑張れるかな」 彼女は僕の肩くらいしかない身長を少しピンとした。


「何それ?」僕はその姿が少しおかしくて、でもちょっと可愛くて笑ってしまった。


「あ、ごめん、これ頑張る時の、癖、なんだ」 彼女はピンと伸ばした身長がすぐに小さくなる。


「ごめんごめん、あ、そうだ、ID交換しよう。3日後一緒にバイト行った方がいいよね?」


「そうだね」 僕はQRコードを見せる。彼女が「これ?」とアカウントを聞いてくるので、「うん」と答える。彼女のアイコンは彼女が演奏をしている時の写真だった。華やかなドレスを着て演奏している彼女は楽しそうだった。


 彼女の降りる駅に電車が到着する。


「じゃあまた」と 僕が手を挙げる「うん」と彼女は控えめに手を振った。


 電車の窓から、僕は景色を見る。この路線に乗るのが新鮮だからか、窓から見える街がいつもより輝いて見えて綺麗だった。空を見ると相変わらずほとんど星は見えない。結菜は早速友達ができたのだろうか、SNSで大学の友達と写った写真を載せていた。すごく楽しそうな彼女を見ると、いつもは少し胸が苦しくなるのに、今日はそこまで苦しくならなかった。慣れたのであろうか。僕はスマホを閉じると、また電車の窓から街の景色を見る。

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