第14話 受験 卒業 入学 

 茅野さんとはそれからも普通だった。何事もなかったかのようである。彼女とのやり取りは相変わらずなかった。SNSでなんとなく動向を見ている程度である。もう意図的にいいねを押すわけでも、意識的に毎日トークを送るなどといったことはしなくなっていた。感情的にも時間的にもそれをする動機を生むものはなかった。


 不特定多数の人に向けたSNSの投稿、それだけが二人を繋ぐものであり、それはつながりと呼べるのかすら分からなかった。彼女の顔は毎日見ている。彼女が髪を切ったらすぐに分かるし、彼女が昨日食べたご飯まで知れてしまう。


 知りたいという欲求はある程度満たされている。でも、それが僕だけに向いてほしいと思ってしまうのはわがままなのであろうか。知りたいだけじゃなくて、実際に話したい、触れたいと感じるのは、わがままなのだろうか。僕が毎日触れるのはこの無機質な四角い画面。ひたすらフリックして出来上がるものは、水のように手からこぼれ落ちる情報のみ。


 それでも僕は続ける。


 蜘蛛の糸ほどの細い糸でも、ないより、あった方がいいからだ。


 

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年が明けた。


 元旦は二回ほど初詣に出かけた。茅野さん、遼太郎、高嶋さんと一回。大翔、仲村さん、立花さんと一回。みんなで合格祈願をするために。神社が違えば神様は違うのだろうか。2個願いは叶うだろうか。一つは受験合格のお願いを。もう一つは......彼女の幸せを願った。


 そのあとにみんなで甘酒を飲んだ。本当に少しだけアルコールが入っているようだったけど、感じなかった。身体は少し暖かくなった。


 受験本番は2月末である。あと2ヶ月くらいでどれくらい追い込めるかが勝負になってくる。


 毎日ひたすら勉強に打ち込む。このある意味単調で、規則的な毎日は僕にとっては心地良いものだった。僕の人生は本来ずっとこうだった。僕はこれが性に合っていた。最近は人と一緒に何かをする楽しさも、僕の大切なものになっているけれど、この生活がまだまだ板についている。



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 僕は無事に合格した。

 

 美術学校のみんなも、全員が第一志望のT芸術大学に合格した。これは凄いことであった。特に大翔は実際かなりギリギリのところだったので、本人も驚いていた。またみんなと同じ大学、嬉しかった。


 茅野さんも第一志望に合格。経済学部。かなり難関校だったので本人も泣いて喜んでいた。

 

遼太郎と高嶋さんは同じ大学に入った。彼らは小学校からの腐れ縁らしく、大学も同じ大学に行くと決めていたらしい。遼太郎に合わせて高嶋さんはランクを一つ落としたらしいけど、一緒の大学に入れて満足そうだった。


 SNSで、結菜も無事に保育科のある大学に合格できたらしいことが分かった。


 「合格おめでとう」とだけ送ると「ありがとう」とだけ返信が来た。


 結果的には全員が成功した。それは凄く嬉しかった。けど、受験よりも恋愛は難しい。そう思った。部屋の片隅に置いてあるヨレヨレの袋も、僕にそれを訴えかけてくる。努力すれば成長できる勉強と違って、何をどうすればうまくいくのかさっぱり分からない。


この時点で三月の中旬に差し掛かっていた。最後の高校生活はみんなと過ごそうと思ったけれど、大学の準備で思ったよりも忙しくその時間もあまり残されてはいなかった。


 桜の季節は思ったよりもすぐに来た。


 朝起きる。慣れないスーツに袖を通すと、少しだけ大人になったような気がして胸が高鳴る。今日は入学式、大翔や立花さん、仲村さんと一緒に行く約束をしていた。大学の最寄駅で待ち合わせをしていた。


 僕がその場に着くと大翔がすでにその場で、少しめんどくさそうに立っている。なんだかんだ大翔は待ち合わせだと一番最初に来ていた。それなのに、やる気があるのかと思ったらそうでもないから面白い。


 大翔のスーツ姿は似合っていたけど、どこか変だった。いつも比較的ラフな格好をしているから、そのギャップのせいだろうか。


「よぉ」 大翔は少し気だるそうに言う。


「おはよう」 僕もそう答える。


「いよいよ大学生だな」 


「そうだね、でもやることはあまり変わらないかな」


「サークルとかは?」 


「いや、特に」


「入んないのか」 大翔は少し驚いた顔をした。


「絵の勉強とバイトがあるし。在学中には賞をとって、海外行くんだ」


「そっか、頑張れよ」 大翔は笑顔で言う。


 少しして、立花さんと、仲村さんが到着する。二人ともスーツは似合っていた。立花さんはすでに敏腕のビジネスマンといった感じだったし、仲村さんはスーツなのにどこか上品で、スーツ独特の堅苦しさを感じさせない。


「ごめんごめん」 二人は手を合わせて謝っている。立花さんは片手で、仲村さんは両手で。


「いつも遅いぞ」 大翔は口を尖らせている。


「いよいよ大学生だね」 仲村さんは羨望と不安が入り混じった顔をしている。


「そんなにやること変わらないけどね」 立花さんは相変わらず表情を変えずににそう言う。


「二人ともサークルは?」 大翔が聞く。


「私は先輩が入ってるサークルに入ろうかなって」 仲村さんは答える。


「やっぱそうか、葵は?」


「入らない。絵を描くために大学入ったし、勉強したいこともあるしね」 立花さんは間髪を入れずに答えた。


「葵は、悠人と同じこと言うな、付き合ったら気があうんじゃないか?」 大翔は冗談交じりにそう言う。


 そう言われ、僕と立花さんはふと目があった。しばらくお互いにお互いを凝視する。立花さんか、考えたこともなかった。確かに、黒髪で短髪、切れ長のクールな目、背筋はいつも伸びていて快活、近寄りがたい印象もあるけど、モテそうでもある。


「いや、それはないかな」 二人の声が重なる。それがなぜか面白くて、4人で笑ってしまった。


 入学式も無事に終わり、その流れでオリエンテーションが始まる。カリキュラムのことや、その他制度のこと、申請書類やテキスト、色々なことを言われて少しだけ混乱した。「なんか大学ってめんどそうだな」と大翔は言った。先ほどまでは「大学生は凄く楽しそうだ」と目を輝かせていた大翔は何処かに行ってしまったらしい。


「まあ最初はね、大変だよね」 仲村さんも少し混乱しているのか表情に余裕はない。


「そう?」と言った立花さんのメモ帳には綺麗にまとめられたオリエンテーションの情報が並んでいる。


 オリエンテーションも終わり、校門の前で写真撮影をした。


「あれ、撮った写真投稿しないの?」 僕は立花さんと仲村さんが写真を撮ってそのままスマホをポーチに入れていたので、気になった。


「ああ、入学式とかってみんな写真あげるでしょ? だからね、ちょっと時間差で投稿しないと埋もれちゃうんだよ」 仲村さんはそう言うとスマホを見せてくれた。そこには色んな人の入学写真がびっしり並んでいる。それを見て納得する。


「面倒ね。私は特にあげてないから、たまに気になった絵をあげるくらいかな」 立花さんはそう言う。


「でも、みんながその時間差を気にしてたら、結局時間差組の投稿も混雑するんじゃないか?」 大翔は何気なく口にしていたが、僕は確かにと思った。


「それは、空気を読むんだよ」仲村さんは言う。


「今の若者って空気読めないってよく言われるけどさ、案外SNSでは空気読んでるよな」 と大翔はスマホを見ながら言う。


 確かに、SNSでは凄い空気を読んでいるかもれない。更新頻度やその内容にも気を遣うし、コミュニケーションもSNSでは活発だ。


「多分さ、コミュニケーションが目で見えなくなってるから、若い人はコミュニケーションが下手とかさ、空気読めないとか言ってるだけだと思うんだよ」大翔は続ける。


「どうしたの、珍しく語るね」 僕たち3人は少し驚いていた。以前の大翔はあまりそういうのに関心がなさそうだったからだ。


「ん? 大学生っぽいか? こういう会話」 大翔は目を輝かせて言う。


「別に」 立花さんがバッサリ切ると大翔は舌を出した。いつもの大翔だった。二人のやりとりを微笑ましそうに僕と仲村さんは見つめる。


 立花さんと仲村さんは、他の友達と会う約束があるそうで、そこで別れた。


「大翔はどうする?」 


「昼飯でも食べるか」 大翔はお腹に手を置く。


「そうだね」


 大学の周りの散策を兼ねて、僕と大翔は昼食を取れるところを探した。大学の周りは駅から少し距離があることもあって、静かで落ち着いた雰囲気のある街並みだった。桜並木がとっても綺麗だ。ただ、少し起伏がある。坂を登ったり下ったりしていると、じんわりと汗をかいてきた。


 少し大学から離れたところに、一際目立つ大きいレストランがあった。入り口にあるメニューを見ると、レストランというよりはレストラン兼カフェといったもので、主にイタリアンを扱っているようだった。外観は屋根を含めて全面ガラス張りといった近未来的な風情でありながら、内観は一変木を基調にした温かみのある造りになっている。


 オープンテラス席も充実しており、犬を連れた30代くらいの女性二人がお茶をしていたり、大学生であろうか、熱心に何かを書いている人もいる。今日みたいに適度に暖かくて風のない日は是非オープンテラス席に座りたかったが、あいにく満席であった。


 中に入ると、屋根が高く開放的だからかすごく広く感じる。少し丸みを帯びた設計になっていて、それもまたおしゃれである。壁には僕が好きな印象派の絵画が中心に飾られており、少しノスタルジックなその絵が、近代的なこのお店と不釣り合いのようで実はすごくマッチしていて、その絶妙な雰囲気も好きだった。


 すぐに身なりのしっかりしたウエイトレスの人が席へと案内してくれた。微かに聞こえる落ち着きのあるBGMも相まって、僕を非日常へと誘ってくれる。別の世界に来たような、そんな感覚だった。


「凄いな、ここ、代官山でもそう見ないクオリティだぞ」 あまりそういうことには関心のない大翔も、やや驚いているようだ。


「そうだよね、代官山行ったことあるの?」 


「いや、ないけど」 大翔は真顔でそう答える。そんなことだろうと思ったけど、本当にこの場所は綺麗だった。やはり人気なのか、席数も相当数あるのにほとんどが埋まっていた。


 気になって、ネットで調べてみる。お店の名前は......メニューの表紙にLa・Cupola と書かれていた。


調べると、おしゃれなウェブサイトが現れる。ふと、画面の右側にアルバイト募集と書かれた欄を見つける。タップして中を見る。条件も悪くなかったし、飲食経験がない初心者の人でも歓迎してくれているようだ。この時すでに、僕の中では決まっていた。


「大翔、僕、ここでバイトするよ」

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