第11話 恋愛観
「振られた、のか」 大翔は目を丸くしていた。
「うーん、お互い合意の上というか......」 僕は的確な言い方を探していたけれどうまく思いつかない。
「そっかそっか、まあ高校生なんてそんなもんよ、次々」 大翔は僕の背中を叩く。
そんなものか、確かに、そうかもしれない。でもなぜか彼女とはずっと一緒にいる気がしていた。だから将来のことまで話したんだ。
結菜も、随分先のことを考えて話してたようにも思う。でも、僕にとって彼女は、好きだから付き合ってるとか、そんな単純なものではないような、どこかで彼女を運命の相手だと思っていたような。そんな錯覚にも近い強い気持ちを抱いていたんだ。
「悠人、とりあえずは受験、頑張るぞ。俺も葵も心春も、悠人と同じT芸術大学志望だ、お前だけ、落ちんなよ」 大翔は歯を見せた。
「こっちの台詞、大翔が一番やばいでしょ」
「ばれてたか」 大翔は口を尖らせた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
九月になる。受験は本格化し、遊んでいる人はほとんどいなかった。いわゆる就職組や、推薦組は少しだけ違っていたけれど、僕の周りは全員、受験組だ。
彼女とは特に連絡は取っていない。そもそもこの時期は集中するべき時期だったし、彼女も確か保育科がある大学に行くための受験勉強でひいひい言っているのを、SNSを見て知っていた。
彼女と会ったり、トークしなくなった分、勉強には集中できた。ここからは毎日代わり映えのない、生活を送っていった。
段々と、涼しい日が増えてくる。いつしか蝉の鳴く声は聞こえなくなっていた。
次第に長袖の人が街に増えてくる。
僕は絵を描き続けた。
寒い日が多くなってきた。僕はニットを着る。
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美術学校が終わると、僕は3人に呼び止められた。
「悠人、今日くらい、ファミレスでご飯食べて帰ろうぜ」
「なんかあったっけ?」 それを聞いた3人は呆れたように顔を見合わせる。
「今日、誕生日でしょ」 仲村さんと立花さんは口を揃えてそう言った。
「ああ」 僕は大きく目を開いた。完全に忘れていた。スマホを見ると、茅野さんと遼太郎と高嶋さんからも、誕生日を祝う通知が来ていた。集中するために通知音は切ってあったから、気がつかなかった。僕はファミレスに向かいながら3人に返信をする。
無意識に結菜のトーク画面に目がいく。彼女からの連絡は特にない。
ファミレスは、比較的空いていた。僕は大翔の隣に座る。あとの二人は向かいに座った。
「合コンみたいだな」大翔は歯を見せる。
「白けた合コンね」 立花さんはすぐにそう言う。大翔は舌を出す。
「大学生になったら、あるんだろうな、たくさん」 大翔の目が少し輝いた。
「どうなんだろうね」 仲村さんが言う。
「心春は行かないだろ、付き合ってる人いるんだから」 そう言うと大翔はメニューを見出す。
「え? そうなの?」 僕は思わず聞き返す。前と違って人の恋愛に少し興味が湧いていた。みんな、どんな感じなんだろうか。
「乙坂くんには言ってなかったっけ? 高校一年生の時から付き合ってるの」
仲村さんは少し頬を赤くして話す。
「へー、じゃあ彼氏さんも受験?」
「いや、もう大学生だ、2歳上だからな。あ、俺和風ハンバーグにする、決めた?」 僕がまだ、と言うと大翔はメニューを僕に渡してくる。
「うん、高校の美術部の先輩だったんだ」
「美術部で知り合ったの?」 僕はそう言いながら、メニューを立花さんに渡す。
「ううん、逆、先輩が好きで美術部に入ったの。もともと絵に興味なんてなかったんだけど、先輩が好きなものは私も好きになりたいと思って」 仲村さんは、少し申し訳なさそうに言った。
「いや、全然いいと思うよ」 なるほど、そういう風に進路を決める人もいるのか、と思った。
立花さんはさっとメニューを見て、すぐに仲村さんにメニューを渡す。
「そういえば大翔はどんな人と付き合ってるの?」
僕は全員に聞いてみたくなった。
「俺は、マネージャー、バスケ部の、1つ下の後輩。俺、バスケ部だったから、もう引退したけど。あ、もう注文いいかな」 大翔はそういうとボタンを押す。仲村さんのメニューをめくる速さが上がった。
「そうなんだ、順調?」
「いや、分からない。大学生になって離れ離れになったら別れちゃうかもな、いや今は好きだよ、でもわかんないじゃん。大学で可愛い人いたら、そりゃさ」 大翔は悪びれもなく言った。
僕はそれが普通の高校生の考えなのかな、と思った。
「そっか」 それだけ言うとウエイトレスの人が注文を取りにきた。
「和風ハンバーグを一つ」
「あ、ごめんなさい、それ二つでお願いします」 僕は付け足すように言う。
「マルゲリータピザを一つ」立花さんは間髪を入れずに僕に続く。
「えーと......すみません、ピザ、同じやつ」 仲村さんはまだ決まっていなかったみたいだ。
「かしこまりました......」とウエイトレスの人は注文を復唱し、戻っていく。
「あ、水持ってくるよ」そう言いながら僕は立ち上がる。
「私もいく」 立花さんも席を立つ。
二人で、水を取りに行く。ドリンクコーナーの場所は席の反対側で、少し距離があった。
「あ、そういえば、立花さんは彼氏とかいるの?」
「いや、いない、今は別に欲しいとか思わないから」 立花さんは表情一つ変えずにそう言った。
「そっか」
「乙坂は?」
「この前、なんというか、別れた、のかな」 僕は、ははっと笑う。
「そうなんだ、いきなり聞いてごめん」 立花さんは少し気まずそうにする。
「いいよ、そういう流れだったし」
「でも、面倒じゃない? 恋愛」 僕はそれを聞いて、目から鱗だった。振られた時は辛かったし、別れた時も苦しかった。でも、面倒だと思ったことはなかった。
「そう思うの?」僕は聞き返す。
「少しね。今って、みんなにすぐバレるし、付き合っても別れたらなんか時間捨てたようなもんだし、それだったら一人で好きなことしたり、友達といた方がいいと思わない?」 立花さんは訴えかけるように僕を見た。
「ど、どうだろ。結構、ドライだね」何か昔にあったのだろうか、そう思ったけれど、ドリンクコーナーに到着したので、僕のその思考はそこで中断される。
「まあね、性格かな」 立花さんは効率よくコップに水を入れていくので、僕はただ待っていた。
席に戻ってからは、大翔の成績の話で失礼だけど盛り上がり、大翔はずっと口を尖らせていた。
帰り道に、スマホを開く。
「誕生日おめでと」 結菜からトークが来ていた。 僕は立ち止まって返信を打った。彼女が覚えててくれて嬉しかった。
「ありがとう」 なんとなく話を続けるのは違う気がして、それだけ打つとスマホを閉じる。
向こうから仲良さそうに手をつないで歩いてくるカップルが見えた。すれ違うときに楽しそうな笑い声が聞こえる。僕は大きく息を吐くと唇を少し噛んで、空を見上げた。空は雲ひとつ星ひとつない。どこを見れば良いかわからず、すぐに僕は空を見るのを止め、また歩き出した。
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