第4話 つながりのジェットコースター
茅野さんがここにいる......どうしよう。なんだかんだトラウマのようにあのことは僕の心をへし折ろうとしてくる。会わないようにしないと......
「あれ、宮寺さん! 今日来てたの? 偶然だね!」 後ろから最も聞きたくない声が聞こえた。茅野さんだ。茅野さんは男女の4人組で来ているみたいだった。茅野さん以外は知らない制服だから、他校だろうか。その内の一人は顔を知っていた。茅野さんの彼氏だ。SNSで見たことがあるから間違いない。
「あれ、乙坂くんじゃん、久しぶり」茅野さんはこちらに気づき、凄く嫌味ったらしく言う。
「うん、久しぶり」 僕は顔を合わせずにそう言う。
「誰? 知り合い?」 彼氏と思しき男が茅野さんに聞いている。
「うん、あの人にね、告られたの」 茅野さんはあえて全員に聞こえる声でそう言った。
「マジかよ、傑作だな」 男たちの笑い声が響き渡る。
「で、宮寺さんは、乙坂くんと来たの?」 茅野さんは馬鹿にしたような口調で言う。
「そうだよ」 彼女は悠然と答える。その顔は笑ってもいなければ、怒ってもいなかった。
「えー! 宮寺さんって乙坂君と付き合ってるの? 見る目ないね。宮寺さんならもっといい男子と付き合えるよ、もったいない。だいたい一人で絵なんか描いてる人のどこが......」
茅野さんの言葉は彼女に頬を叩かれて途切れる。茅野さんも突然のことに手で頬を抑えて立ち尽くす。
「おい、てめえ何してんだ!」 彼氏と思しき男が茫然自失となった茅野さんの代わりに青筋を浮かび上がらせて怒っている。男は彼女に摑みかかろうした。
僕は身体が、自然と動いていた。男と彼女の間に割って入る。僕は胸ぐらを掴まれる。
「ちょっと、暴力は、やめましょう」
「こいつが先に手を出したんだろ」
確かにそうだけど、僕は彼女が傷つくのは絶対阻止したかった。
「それは......僕が謝ります」 僕はこの体制でできる限り頭をさげる。
「悠人がそんなことすること......」
「いいから」 僕は首だけを回し彼女の方を向いて、彼女だけに聞こえるようにそう言う。
「ここは、その、楽しむ場所ですし、ほんとに手を出したのはごめんなさい。ただどうしてもと言うのなら、僕を殴ってくれて構わないですから」 僕は改めて少し頭をさげると、あえてめいいっぱいの笑顔を作った。正直逃げた出したくらい怖かったけど、彼女が傷つかずにこの場を収めるために必死だった。
男はしばらく僕の胸ぐらを掴んで睨みつけていたが、その間もずっと笑顔を保った僕を許してくれたのか、呆れただけなのか、その掴む手を離してくれた。
「あーなんか、白けたわ、まいいわ、行こうぜ」 四人組はどこかに消えていく。茅野さんが見えなくなるまでこちらを睨んでいたことは、見ていなかったことにした。
「さすがに叩いちゃダメだよ」 僕は彼らが完全に視界から消えるのを見届けてから、少し呆れたように言う。
「ごめん、勢いでぶっちゃった」 彼女はにかっと笑う。その笑顔を見たら怒る気もなくなってしまう。
「でも、かっこよかったよ、悠人」彼女は僕に近づくと僕の口を指差す。
「ん?」 僕はよくわからずに首をかしげる。
「歯に海苔がついてなかったらもっとかっこよかったけどね」 彼女は秘密を知った子供のような目をしてこちらを見ている。
僕は慌ててスマホで確認をする。さっき食べたパスタの海苔が思い切り前歯にくっついている。顔が熱くなるのが分かる。
「ちょっと、言ってよ」
「え? あの時に? 言ってよかったの?」 彼女は何かを想像したのか笑いをこらえるのに必死みたいだ。
「確かに、あの時には言えないか」僕もそれをイメージして笑いがこみ上げてきた。
いよいよ二人は耐えきれなくなって、ゲラゲラ笑った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
一番最初に一番怖いアトラクションに乗ったからか、他のアトラクションは凄く楽しめた。僕はペンキを塗るアトラクションを、あのベタベタとたくさん塗られていくのを見るのが面白くて、子供に混じって3回くらいやった。彼女は的を撃つシューティングのアトラクションが好きみたいだった。でもなぜか僕の方が得点は高くて、彼女が勝つまでやらされた。結局5回乗り、最後に僕に勝った彼女は満面の笑みを浮かべて僕にその点数を見せびらかしてくる。
ようやくこの人混みにも慣れてきて、僕は冷静に周りを見ることできるようになって、ここは色々な音と匂いで溢れていることに気がづく。こういうところに来るのもいいなと思った。
「よし、次はパレードだね」
「うん、いこ!」
気がつけば歩くときは手を繋ぐのが当たり前になっていた。逆に手を離すと、なんだか一人になった気がして寂しさすら覚える。
パレードはすでに凄い人だかりができていた。近くから見ることはできそうにないけど、ギリギリまで前に進む。二人は体を寄せ合うようにして、運よく空いていた隙間に入り込んだ。
パレードはすごく綺麗だった。音と色、踊るキャラクターたち。なるほど、そんな配色があったかと思ってしまうのは職業病のようなもの、だろうか。
隣を見ると凄く楽しそうに夢中になっている彼女がいた。子供みたいに目を輝かせて、全力でパレードを見つめている。その真剣な眼差しに改めて僕は、彼女を綺麗だと思った。
「結菜、人が真剣に何かを見てる顔っていいね」綺麗だとは、恥ずかしくて言えなかった。
「あ、ごめん、つい魅入ちゃって。そうだよ、人がね、何かに夢中になってる顔って、凄く、いいよね」 彼女は目を細くして、遠くを見つめた。
自分で言うのも珍しい。そう不思議に思った。彼女は遠くを見ていた視線を徐々に僕の目に移す。
「いつも、見てるよ、私は」
「え?」
そのとき、花火が打ち上がった大きな音とともに、周りからの歓声が湧き上がる。
このとき、僕は彼女と初めてキスをした。
花火の音は僕の心臓の音に邪魔されて聞こえなかった。気がつくと彼女は何事もなかったかのようにパレードを見ている。ちらりと彼女の顔を見たら、彼女の顔が真っ赤に染まっていた。それでまた僕も恥ずかしくなって、僕もパレードを見ることにした。
そのあとは普通にご飯を食べて、お土産を買ったりしているうちに閉園の時間になる。閉園の時は無性に寂しくなった。別に日常が嫌なわけではないけれど、少しだけ、日常に戻るのが怖かった。
「楽しかったね」
「うん、そうだね」
ワンダーランドを出た後も繋がれたままの手を見て、少し安心した。逆にその手が離れないように、少しだけ力を込める。
最寄り駅は同じ、ずっと同じ電車。電車では何も話さなかった。僕はそれでも嫌じゃなかった。その間も確かに感じるその手の温もりを、ずっと感じていたから。
「じゃあ、ここで」
「うん」
二人はそう言いながらも、手を離さなかった。しばらくすると彼女が手の力を緩め、僕の手は久々に外気にさらされる。
「またね」
「うん」
僕と彼女はお互い手を振り合って、背を向けた。別れ際に、彼女の寂しそうな顔がいつもより深刻そうなのは少しだけひっかかったけど、それは僕も同じ。今日はこれまでで一番、彼女と離れるのを辛いと思った。
帰り道、僕は徐々にその寂しさよりも先のことを考えていた。これから春が来たらお花見もできるし、夏にはお祭りもあるし、花火大会もある。海もいいね。キャンプとかもいいし、あ、でも虫が多いのは大丈夫かな。秋になったら紅葉が綺麗で、果物狩りなんか楽しいかもしれない。冬だってクリスマス、元旦。目白押しだ。これから彼女と何ができるだろうか。きっと何をしても楽しいだろう。
別に今日が最後じゃない。いつだって彼女と会うことができる。
僕はそんな期待に胸を膨らませ、足取りはいつもの軽さを取り戻していた。その時、通知音がなった。僕の好きな音だ。僕は何かと思って軽快に画面を開く。
結菜からだ。そこには一文だけ。
「私、転校することになったんだ」
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