招集6

エナが降ろされたのは、本当に小さなログハウスだった。言うまでもなく一階建てで、大きなドアが一つと窓が二つ付いているだけで、煙突や雨樋は見当たらない。正直に言ってただの丸太小屋である。

(ログハウスってもう少しお洒落なイメージがあったんだけど…)

しかし此処には今、国王がいるらしい。それもたった一人で。

エナは大きく深呼吸して、心を落ち着かせようとした。新たな名前を貰うために。


軋んで嫌な音を立てることもなく、その扉は開いた。

木屑がいくらかぽろぽろと落ち、一つがトスっと軽い音を立てた。

「ミノムシ…?」

落ちたのはミノムシの雌だった。

別段エナは虫が嫌いなわけではない。学院には畑があり、みんなで農作業をしていたから見慣れているし、ミノムシは蜂や虻のように襲ってきたりしない。もっとも、彼らだってこちらが刺激さえしなければ何ら危害を加えることはない。

ただ、エナは知っていた。

ミノムシの雌はその顔までもをミノで覆っており、雄は顔の下までがミノで覆われている。彼らはたとえ番になったとしても、互いの顔を知ることはないのである。いったい何を基準に彼らは番を選ぶのか、全くの本能なのかエナは知り得なかったが、容姿で人を判断し、あまつさえ危害をくわえる人間を尻目に彼らは生きているのだ。そう考えると、なぜ私は人間としてこの世に生を受けたのか、疑問に思うのである。

もっと素直な存在でありたかった。どんなことにも意味を探さずにはいられない、そんな年頃である。

「どうかしたかな。」

ハッとして声のほうに顔を向ける。

そうだ。自分はここで国王と会うのだった。しかも彼はここで私を待っていたのだ。失態。そう考えて彼女は即座に意識を現実の、この空間へと戻した。

「お待たせいたしまして大変申し訳ありません。騎士院代表、エナ・ゲイアです。」

真っ白い髪に、多くの皺が刻まれた肌。対照的に、真っ黒で皺ひとつ無い滑らかなビロードのマントを羽織った男性がそこにいた。しかし、エナは真下を向いているため、彼の装いや容姿に気を配ることはできない。そう。彼こそこのユート国の最高権威、名は――

「レフタ・ユートである。汝はその実力をもって、私に仕えるがよい。」

エナは驚いた。彼の、国王の名?あまりにも簡素な名だ。聞き間違いかとも思った。

今まで、王の名を知る者は誰も身近にいなかった。あの院長でさえも、その名を知らない。あまりに長いから、誰も覚えることが出来ないのだと噂されるほど、その名を知る者がいなかったのだが、噂は噂だったようだ。

「顔をあげよ。そして」

王は言った。

「余の姿かたちをよく見、その記憶に焼き付けよ。」

エナはゆっくりとその顔を上げ、やっと王の姿を見た。時間をかけて、その白い髪を、滑らかなビロードをしっかりと脳裏に焼き付け――

「!?」

風が、起こった。

エナの体を囲うように、彼女の意思に関係なく、その魔力を使って風が吹く。蜂蜜色の髪が一層輝く。それは風のためだけではない。まるで、その生命を吐き出すかのごとく、彼女の全身が生き生きとして見える。

「ほう。思っていた以上だ。エナ・ゲイア。」

より強くなる風と光。

何が起こっているのか全く分からないまま、少女は立ち尽くす。やがて、風は収まり、髪の輝きも消えた。王の姿を見る前より、落ち着いて見えるほどに。

「魔力が…」

「そうだね。君にはもう、ほんのわずかな魔力しか残っていないはずだ。」

王の名が知られていないことへの、もう一つの噂。

「私たち王族の、強い魔力のせいだ。君が今もっている名に込められた魔力は、今ここで、ほとんど使い切ったはずだ。」

その魔力に、強烈な影響を受けてしまうから。

「そこで、私がこれから君に新しい名を与えよう。」

そうだ、王を見たときにそれは起こった。王の名を聞き、その姿を目に焼き付け。

「よく、聞くのだよ。」

エナ・ゲイアという名に込められたもの。その名を包む姿かたちが。

「私は…っ!」

一瞬にして、飛び去った。

「ニリス・ガラヌス」

王と目が合う。

見てしまった。受けてしまった。その、強烈な力を。

「そう、名乗るがよい。」

意識と他の何かを手離しながら、少女は王の顔を見ていた。

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