招集 5

封筒は部屋の机の上にあった。横に長い長方形の茶封筒で、古めかしくろうで封をしてある。ゆっくりそれを剥がすと

『2日後、騎士院の寮の前に新たな職場へ送迎するための馬車を送る。馬車の到着までに荷造りを済ませ、身辺整理をしておくこと。この日限り寮及び学院へは戻れない為、念入りに準備しておくように。』

日数の部分には時間魔法がかけてあり、書かれた日からここに届くまでをカウントし続けていたようだ。

早速荷造りにかかろうとエナは制服を脱ぎ、ふと考えた。

(制服、もって行こうかな)

学院を卒業したら要らないものだと思っていた。しかしこれを捨ててしまうと思うと、それはそれで忍びない。後輩にお下がりとして寄付することもできるが、エナの物は彼女の風にあちこちを攫われてしまっていた。何はともあれ一度洗濯しようと考えた。藍はもうほとんど落ちているが、念のために白物と分けて洗おう。入学したての頃に白いリボンを一緒に洗って色移りしてしまったこともあった。あのリボンは捨ててしまったような気がする…。

部屋にあるすべてのものに一つひとつ思い出がある。教科書は後輩たちに贈ってもらおうと院長に渡すことにした。掃除や洗濯をひたすらに行い思い出に浸っているうちに2日間はあっという間に過ぎていった。


制服は結局持って行くことにした。スカートは少し手を加えれば普段着として使えるだろう、二藍ふたあいで何か模様でも染めたら可愛いだろうか…と少女は心躍らせていた。

馬車がやってきた。見送りは無しにしてもらったため、荷物をもって客車に乗り込む。進行方向側とその反対に向かい合うようにして座席がついている。その進行方向側に国務員が一人、座っていた。白地に金糸で細やかな刺繍が施されたローブを身に纏い、フードを目深にかぶっているため顔はよく見えないが、男性であるらしかった。

「では、よろしいですか?」

エナが乗車したのを確認し、御者に合図を送る。2頭の馬が走りだし軽快な音を立てて進んでいく。客車のカーテンは閉まっているが、薄い材質のようで光は入ってくる。ただその薄さはレースほどではないため外の様子は見えず、外からもこちらの様子は窺がえないだろう。

国務員が突然話し出した。

「これから目的地に向かう途中、貴女が1ヶ所立ち寄らなければならない場所があります。小さなログハウスですが、そこで国王から新たな名を戴いてください。」

新たな名。それはつまり

「私は、エナ・ゲイアではなくなる…?」

大好きな名だ。両親がつけてくれた、血のつながりをも示す大切な名だ。風を使うのも、輝くこの髪の色もすべて両親から、この名から貰ったものだ。それを。

「貴女には、過去を捨てていただきたい。」

泣き出してしまいそうだった。あれほど大切に、一つひとつの思い出を整理しながらこの馬車に乗る準備をしてきたのに、それをすべて捨てろというのか?嫌だ、帰る。そう言って馬車から飛び降りてしまいたかった。過去を捨てる?両親と過ごした日々も学友と競い合った毎日も、くだらないことで笑ったことも、ラフィアが一番の親友だったことも。全てが私を作っているのに。そうまでしなくてはならない新しい私とは、いったい何様なのだ。

そうだ。早々に彼女は自分の感情から気持ちをそらし、気づく。私は一体、何をさせられるのだろうか。

「これ以上のことは王の口から直接、お聞きになるとよいでしょう。小さな国ですからね、移動は簡単で助かります。もう着きますよ。少し左側のカーテンを開けてみごらんなさい。」

まだ気持ちの整理がつかないまま、彼女は小さなログハウスを視界の端にとらえた。

街を離れた鬱蒼とした森の中に、その小屋は立っていた。

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