招集 3
「失礼しました。」
エナはそう言って、院長室の扉を丁寧に閉めた。呼び出された話の本題は就職先についてだったのだが、内容もその通りだった。
「君たちは国王に、直々に召し抱えられるそうだ。」
院長は続けた。
「通例より2年ほど早めの招集だが、人手が欲しくなったらしい。」
もちろん喜ぶべきことだ。しかし噂では、国王に召し抱えられたものは、二度とその姿を世間に見せないという。あくまでも噂だが。それはつまり、彼女が知っているOGのように挨拶をしに来られないということではないのか。学院だけではない、町の皆にも。もう二度と会えないといってもよいのではないか。素直に喜びを表してよいものか彼女が考えあぐねていると
「おめでとう。いやあ8年ぶりかな、この仕事に生徒を送り出すのは。本当にうれしいよ。」
「ありがとうございます。」
こういうところに大人と子供の違いを感じずにはいられない。院長は気を使ってくれたのだろう。戸惑いを感じ取られたことといい、今はこの場に座る権利を得ていても、人間として自分はまだまだ未熟であることを、エナは心に刻んだ。こういった点において本当にストイックな少女である。
「さて、僕の話はこれで終わりだ。ああ、紅茶は冷めないうちに飲んでしまっておくれよ、彼女が悲しむから。」
そう言って自分の使い魔を見る院長だった。エナも素直に頷きかけたが、ふと眉根を寄せた。話が終わりということは。院長、と呼び掛けて問うてみる。
「あの、お仕事の内容は、教えていただけないのでしょうか。」
一瞬きょとんとした顔になって、それからすぐに彼の顔がほころんだ。
「ああ、うん、それね。僕も知らないんだ。」
そんなににこやかに言われてもちっとも嬉しくない。どうしてこれほどの笑顔をつくれるのか聞きたいくらいだ。
「詳しくは君の部屋に封書が届いているはずだから。」
少しだけため息をついて、顔を上げる。本当にどこに就職するかという話だけだとは。院長は本当に何も知らないのだろうかと疑ったが、たとえ知っていても言わないことを推奨されているのだろう。さっきだって自分の未熟さを再確認したばかりだ。今更あれこれ考えを巡らせたって何も変わりはしない。彼女はひとまず寮にある自分の部屋へ向かうことにした。
中庭の見える渡り廊下へでたところで、彼女は呼び止められた。
「エナ!」
ラフィア、と声の主である少年の名をつぶやいた彼女のもとに、彼はすでに駆け寄ってきていた。少女の蜂蜜色の髪と少年の麦わら色の髪が、暖かな春の光に煌めいた。
エナが出て行った後、院長はソファーではなく事務机に置かれた椅子に腰かけ、顔をこすった。8年前に見送った彼女は、素晴らしい魔法使いだった。体力も運動神経も申し分なく、学院始まって以来の優秀生徒だと謳われていた。8年前の彼女にも、エナと同じ言葉を送ったのだった。おめでとう、と。学院長になった初めの年だった。以来、彼女とは一度も会っていない。きっとエナとの会話もさっきので最後なのだろう。大きく息を吸って溜息をつこうとして、やめた。溜息から幸せが逃げるというではないか。ゆっくり、ゆっくり吐き出すことにした。エナと、8年前に送り出したハーラの幸せを祈りながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます