招集 2
エナはすうっと息を吸い、ゆっくりと吐き出した。そして今一度自分の身なりを確認する。あいにく手鏡などは持ち合わせていなかったが、まず服装はチェックできる。学年章は曲がっていない。風の魔法を使う生徒の中でも最上級学年を示す深緑だ。正直制服の色が濃いために、上学年の学年章は見えづらい。国産の藍で染めた制服は、深く美しい青をしている。いわゆるナポレオンジャケットで、肩には黄土色のエポレット、全面の釦には同じ色の飾り紐がかかっている。ウィングカフスの折り目良し。上着より薄く水色ではあるが、これも藍で染められているプリーツスカートも良し。動きやすいように膝上10センチメートルだ。女生徒はみなこの中に白いハーフパンツを履いている。黒いニーソックスは一度引き上げてしわを伸ばした。紺色のロングブーツの編み上げも軽く結びなおしておく。団子に結んだ蜂蜜色の髪は今朝きっちり結んでおいたから問題ない。左右に振り分けた前髪を指先で伸ばし、右手で院長室のドアを3回、やっとノックした。
「第6学年エナ・ゲイアです。お呼びにより参上しました。」
開いていたであろうカギが、カチン、と閉まった。
(…知ってた。うん、大丈夫。)
これだから緊張していたのだ。院長は生徒と遊ぶのが大好きだ。いったい何を仕掛けてくるのか分らない。以前呼ばれたときは彼の使い魔に危うく杖で殴られるところだった。
「汝の知恵をもってその扉を開けよ。」
間違いない、院長の声だ。
今回は危ないものでなくてよかった、と彼女は思った。しかし、実践戦闘を学ぶために体術を学ぶことをメインにしている騎士院の生徒は、知恵などと言ってもらえるほどの学力や知識を身に着けていない。何だったらこの扉を力任せにぶち抜いても合格点はもらえるだろう。ただ彼女にだってプライドはあるから、そんなことはしない。絶対に。魔力を有するものとして、そちらの実力で開けてやる。鍵穴はこちらにもあるのから、これをどうにかすればいい。鍵穴に手、いや、これでは大きすぎるから指をかざす。指先に集中して彼女は小さい風を巻き起こした。しかしこの風は強い。人間の皮膚に当てれば鎌鼬となってそれを裂くだろう。風はまっすぐに鍵穴へ向かい、本来その鍵が押すべきである突起を押し、カチリ、という軽い音をたてた。鍵が開いたのだ。
「失礼します。」
扉を開けてそう言い、一礼した。この一言を言うのに何分かかったのだろう。
「どうぞ。しかし君も、本当に魔法を使うのが上手になったね。」
中に入って扉を閉めたエナに院長は言った。
生徒の制服を形だけスーツにしたような服を着た、眼鏡の男性が立っている。
「座りなさい。」
と彼女に椅子を勧め、自らもテーブルをはさんだ反対側のソファーに腰かける。今年で53になるというが、彼の髪は真っ黒で白髪の一本もない。強く、洗練された魔力の現れである。双方が座ったところで、彼の使い魔が紅茶を運んできた。それを受け取り
「さて、早速だが君に割り当てられた職業を、私の口から伝えよう。おっと、嫌だなんて言わないでくれよ。君に伝えるのは私であっても、国王様からのお達しだ。それに仲間も3人、いることだしね。」
と、院長が本題を口にする。流石仕事は早い。それともこの緊張状態から早く抜け出したいためか。エナも早く抜け出したい。自分の将来を他者に決められる不安と恐怖と、期待から。
「鍵を」
と使い魔に合図する。愛らしい人形に心が宿った彼女はエナが開けたカギを再びカチンと閉めた。
「君にしか言えないことだからね、急ぎの用事だと言って誰かが入ってきたらたまらない。」
学院生の実習で採れたもので作ったアプリコットティーを一口飲み、口を湿らせる。
「君は」
伸ばしていた姿勢がより一層伸びる。
「エナ・ゲイア。君たちは国王に、直々に召し抱えられるそうだ。」
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