十九之剣 「万劫」

 あれは、婆さんなのか。


 エレムの記憶の世界で、ソラは、目の前に若い頃の彼女の姿を見ていた。この頃のエレムは皺やしみがなく、美しい顔立ちをしています。身長は、さほど変わらず、低めです。お年の召したエレムもかわいいかもしれないですが、若い頃の彼女もかわいらしい。

 エレムは、森の中を一人散歩しています。左肩には籠がぶら下がっており、果物が中に入っている。どうやら、果物を取りに行っていたようです。


「危ない!!」


「きゃっ!!」


 近くにいた少年が、獣からエレムを助けた。誰だ、この少年はーー。


「もう少しで、獣に襲われて大変なことになっていたところだぞ!!ひとりで、森の中をあるいちゃだめだろ」


「ごめんなさい。果物を取りについつい、一人で行ってしまって」


「怪我はないか?」


「うん、大丈夫。あなたは、誰?この森では見たことがない顔だけど」


「俺か、俺はゼノ。ある村の勇者かな」


 ゼノ......どこかで聞いたことがあるような。図書館の本かどこかで。


「勇者なにそれ。強いの?」


「最近、魔族と呼ばれる化け物がうろうろし始めているんだ。奴らを倒すために、俺が作った集団さ」


 ゼノって、もしかして始まりの勇者。昔、魔王に対抗するため、勇者の部隊を創設し、統率していた勇者の名じゃないのか。

 でも、それって1000年も前のことだぞ。


“どうして、あなたはいってしまうの?”


 エレムの声だ。激しい気持ちの濁流に飲み込まれる。

 冷たく、重い。

 そんな負の渦にいるような感覚が襲ってくる。


「俺、魔王を倒しに森から出ないといけない」


「あら、魔王を倒しに森から出るの......」


“いやよ。あなたと離れたくない。いやよ。いやよ。あなたのことを愛してるの”


「すまない、必ずここに戻ってくるよ」


“この時は信じてた。あなたとの約束を。なのに、なのに”


「約束ね。必ず戻ってきてね。戻ってきたら、私の勇者になってくれる?」


“私に帰ってくるって約束したのに。私、信じてたのに”


“嘘つき”


「ああ、君の勇者になって君を一生守ってみせる」


“嘘つき。嘘つき。嘘つき”


「一つ、頼みがある。この剣を、いつになるか分からないが、いずれ森に訪れる勇者に渡してくれないか」


“あなた以外の勇者になんか興味ないの”


「俺の直感が言ってるんだ。森に災いが訪れた時、きっと、俺の剣でその勇者が森を救うってな」


“そんなことどうでも良かった。ただ、あなたと別れるのが寂しくて寂しくて”


“寂しいの。あなたがいなきゃ!!”


“やっぱり、私は、あなたがいなきゃだめみたい”


“知らないうちにあなたを求めてる。早く帰ってきて”


“ねえ、はやく帰ってきててっば!!ねえ!!”


「あなたが、エレムさんですか。実は......」


“いや、聞きたくないの。そんなこと”


”いや、いや、いや”


「えっ、なによ......それ。ゼノの遺体が見つかったって」


“そんなの嘘よ”


“帰ってくるわ”


“きっと、だって、約束したもの”


“だから、何年、何十年、何百年経ったってあなたを待ち続けるわ”


“あれから、何年経ったの?”


“来ないわ。いつも、部屋には、綺麗な花を置いて待っているのに”


“枯れてしまったわ。花の方が先に”


“ねえ、何年待てば、何年待てば、また、あなたに出会えるの”


「なんで、あなた、そこで待ってるのよ。バカみたい!!」


「大切な人を待っているのじゃ」


「もう、待っても来ないわよ!!他の女性といちゃいちゃやってるのよ、その人」


「妖精よ。お前の名は、なんという?」


「テナよ」


“テナ......”


「人間にしては、あなた長生きね」


「わしは、魔法で寿命を延ばしておるのじゃ」


「ねえ、まだ大切な人を待ち続けるの?」


「わしは、もうわしの気持ちが分かんのじゃ。ただ、あの人のことが未だに頭から離れん」


「あなたが持っている剣は何?」


「大切な人に託された剣じゃ。いずれ、この森に来る勇者に渡すように頼まれた。わしの魔力がもつうちに、出会えればいいんじゃが」


 エレムは、待ち続けました。永遠に続くと思えるような長い長い時間の中、大切な人と、ここに訪れるであろう勇者を。


 そして、ついに、約1000年という長い時を経て、彼女はソラと出会うーー。

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