第9話 聖女 《ミラクルガール》
シリングタウン最大最強のハンターチーム――「神速の狼」
そのメンバーのなかで最も強いのは誰か。それはもちろんリーダーのナイジェルである。ならば二番目は誰か。ハンターとしての技量を問うなら、大剣のジェンソン、あるいは、怪力無双ゲルハルトの名が上がるだろう。
しかし一対一、正面からの戦闘に限定した場合、ジェンソンやゲルハルトを凌ぎ、ナイジェルにさえ迫ろうという者がいる。足が遅く勘は鈍い、しかも
「ルイス……!」
そして今、アランの眼前でその男「双剣のルイス」は、すごく……何だかもう、大変なことになっていた。
「痛い、助けて……」
パーティからはぐれた時に襲われたのだろう、大きめのイタチみたいな魔物が何匹も、彼の体に
――あ、
「やっぱり臭いからかな」などと、アランがくだらないことを考えている間にも、クールな皮肉屋はリアルタイムで齧られつづけている。
「アラン、待って、行かないで……」
別れを告げられた恋人みたいな台詞を口にするのは、悲しみに濡れた美女……ではなく、血と魔物に
「いや、その……ごめんなさい」
当然のように立ち去ろうとするアランの背後から聞こえる、懇願、罵声、命乞い、そして何月何日にご飯を
「助けてよ! フレンズだろ!」
必死な叫びにアランが振り返れば、そこにはルイスの媚びた視線があった。
「そんな目で見ないでくれ。腕とか無くなってるし、もう助からないって……」
「試しに! 試しに助けてみてよ! ご飯奢るからさ!」
「またご飯の話……」
往生際が悪いと突っぱねてみても、罪悪感は込み上げてくるし、友達だろと言われれば、そんな気もしないではない。非情になりきれない自分に呆れつつ、「魔物を追っ払うくらいはやってもいいか」と、アランはルイスに苦笑いを返した。
「アラン……ありがとう。お礼に今度ご飯――」
『なにしてんの?』
ルイスの言葉を
「すまんハルート、すぐ追いつくから、ちょっと先行っててくれ」
『ふん、武器はコレで間に合ってる。そのゴミはいらんぞ』
「ああ、わかってるよ」
反射的に返事をしたあとで、何となく言ってることはわかるもんだ、とアランは少し可笑しくなった。
「ルイス、あとは自分でなんとかしろよ」
群がる小型の魔物を蹴散らし、アランはわずかな食料と、もう返す必要もなくなったネルソンのナイフをルイスに手渡す。
「アラン、俺も一緒に――」
「甘えるな。俺を殺そうとしたこと忘れちまったのか」
「そう……だったな」
「まあいいさ、それよりお前、今度会ったら飯奢れよ」
「ああ……約束……だ」
涙に声を詰まらせながら、ルイスは答えた。この怪我で樹海から生きて帰ることなど出来はしない。そんなこと、彼にもわかっているはずだった。
「じゃあな……」
ルイスに背を向け、幼女の元へと向かうアランの耳に、「死にたくない」とすすり泣く声が聞こえてきた。
――結局、見捨てたようなもんだ。
本気で助けるつもりなら、背負って連れ帰ればいいのだ。あの幼女がいれば、黒の樹海さえただの森と変わりないのだから。
頭の中では、なぜか「ご飯」がリフレインしていた。木々のざわめきがルイスの泣き声に聞こえて、アランは耳をふさぎたくなった。
『フフ、ゴミは捨ててきたか。薄情だな、ヒューマンは……』
アランを待っていたのだろう。椅子代わりのジェンソンに腰掛けて、幼女は微笑を浮かべている。
「そうさ、俺達は卑怯で薄情な生き物だよ」
金、保身、些細な理由で裏切り、見捨てる。それが人間、それが自分。
それでも、いや、だからこそ……
「俺は、一番大事なものだけ守れればいいのさ……」
愛しい人だけは守りたい。アランはそう思うのだった。
「ああ、アラン、なぜ死んでしまったのだ! 私はお前を実の弟のように思っていたのに、悲しみで胸が張り裂けそうだ!」
「神速の狼」のボス――ナイジェルは、鏡の前で「アラン死亡後シュミレーション」の最終調整を行なっていた。声のトーンだけではない、姿勢や目線、細かいところまで何度も何度もチェックする。出来る男は準備を怠らない、それがナイジェルの持論だった。
「少し台詞がクドすぎるな。別パターンを試してみるか」
喉を「ゴホン」と鳴らし、声の調子を整える。
「アラン……! 勝手に死にやがって……この馬鹿野郎がぁ!」
迫真の演技であった。瞳からは涙が零れ落ち、キッチリ着こなしていたシャツは、この一瞬でちょっと乱れた感じになっている。
「んんー……
――あとは、傷心のミカを口説くだけだな。
裏切り者の命を肥やしに、愛は芽吹き、やがて大きく育つだろう。そして始まる愛しいハニーとのめくるめくラブライフ……
鏡には、
「それにしても、ミハエル、アイルトンにつづいて、今度はアランか……」
楽しい妄想をひとまず打ち切り思うのは、ここ一年ほどの間に粛清した罪人たちのこと。
こうも不届き者が続出すれば、優秀な自分の組織運営にも何かしら問題があるのではないかと、さすがのナイジェルも考え込んでしまう。
結局はいつもの結論、彼らの人格に問題があったに行き着くわけだが、問題は彼らが全員、
――それでも、根が腐ったゴミクズは、処分するしかないんだよなあ。
人の女(予定)に手を出すクズ、他所のパーティに移籍しようとするゴミ、そして空気の読めないウンコ野郎。揃いも揃って、救いようのない腐れキンタマである。
――まあ、ウンコ野郎――もとい、アイルトンには、多少同情の余地があったかもしれないが……
ナイジェルは、少し前に処分した若いハンターのことを考える。
無断で他所のパーティに移ろうしたミハエルや、知らないうちにミカと良い感じになっていたアランは、地獄に落ちてしかるべき罪人、死んで当然のゴミである。しかしアイルトンは、彼らのように大きな罪を犯したわけではなかった。彼の罪――それは、腕が立ち、性格も良く、賢いうえにイケメンだったということ。
つまり彼は優秀すぎたのだ。
「奴に足りなかったのは謙虚さだな」
ナイジェルは、自分がつくったパーティのことを、
そして……兄より優れた弟など存在しない!
ちなみにミカは、
「さて、そろそろ訃報という名の吉報が届く頃だろう」
ナイジェルは呟き、詰所へと向かうべくドアを開ける。
眩しい日差しと晴れやかな空が、ナイジェルとミカ、二人の未来を祝福しているように思えた。
腹が減ったら飯を食い、眠たくなったらそこで寝る。
陽光に
ダッフルコートである。
「スヤ…スヤ、スビャ……オビェ! オコエ! アギャッ、首が! 首が痛い!」
木漏れ日降り注ぐ森のなか、気持ちよく眠っていた少し幼い眠り姫は、容姿に似合わぬ奇声をあげて、壊れかけのチャッキー人形のように「ウギギ……」と呻きながら目を覚ました。
彼女の記憶にあるのは数時間前、幼児特有の厄介な現象――「突然の眠気」に襲われて、同行者の都合や周囲の環境など一切気にせず、ジェンソンを枕にして穏やかな眠りについたところまでだ。「起きたら食べるので、ご飯の用意をしておくように」と
「なぜ、枕が勝手に……こんなアラーム機能がついているとは聞いてないぞ」
首の痛みと怪現象に戸惑う幼女の首の下では、まるで枕が生き物のように、ビクン、ビクンと跳ね上がっていた。その激しい動きにやられ、幼女は首にダメージを負ったのだ。
「こいつ……動くぞ!」
硬直と痙攣を繰り返し、枕は時折エビのように跳ねた。
「これはたぶんポルターガイストだ! 神父を――エクソシストを呼んでくれ!」
『あ、ハルート起きた? ……ってジェンソン、死にかけてんじゃん!』
「これはジェンソンではない、枕だ。そして呪われている」
幼女は「悪霊退散、悪霊退散」と叫び、ジェンソンに石を投げ始める。
『やめろ! 石を投げるな! ああ、これもうダメだ……ジェンソン天に召される。こいつがいないと、俺がパーティ殺しの犯人にされちまうってのに……』
「お前ちょっとノリ悪いぞ。もっと楽しめよ」
『俺はジェンソンがいないと困るの! 殺しちゃダメって何度も言っただろ!』
「うるさいな、治せばいいんだろ、治せば。しかし、クク……こいつまたエビみたいな動きして、持ちネタにでもするつもりか」
幼女はニヤニヤ笑ってジェンソンに近づくと、彼に向かって左手をかざした。
「では、雰囲気づくりに呪文でも唱えてみるかな。えーと……エロイムエッサイム、エロいムエタイ戦士っと」
幼女が紡いだいい加減な呪文に合わせて、左のおててが眩い光を放った。
「エコエコアザラク、エコノミックアニマル……」
光は徐々に輝きを増し、白い炎へと姿を変える。
「ではいくぞ! ファルティナの力をパクって、今、必殺の!」
白炎は左手からジェンソンに燃え移ると、彼の全身を瞬く間に包みこんだ。
「はい、終わり。ああ、お腹空いた、飯の用意出来てんだろ、早く持ってきてくれよ」
幼女は完全に傷の癒えたジェンソンの上に座り、アランに食事を要求する。
そしてアランは、そんな幼女に
『ああ、聖女様……』
彼は眼前の奇跡に震えていた。
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