第33話 旅立2
煌はいつでも出発できる準備は出来ている。
そんな煌へマハムードは話かけた。
「……なぁ、煌…絶対に死ぬなよ。待ってるからな。必ず帰ってこい」
マハムードは拳で煌の胸をトンッと軽く叩いた。
煌は無言のまま頭を動かして肯定した。
では、と出発しようとする煌。
その時、階段の上から声が聞こえてきた。
「━━あ、あの!私も連れていってくださいっ!」
まだ足元が覚束無い様子で、ノーラと共に2階から降りてきたネフェルティティだ。
「あ、あの煌さん。 ネフェルティティさんも連れて行ってあげてくれませんか?」
「……ノーラさん。 連れては行けませんよ」
煌はこれから悪名高い闇結社へと行くのだ。
何があるか分からない。
そんな危険な場所へとネフェルティティを連れていくことに承諾などできなかった。
「そうだぞ、ノーラ。 これから煌は危険な場所へと行くことになるんだ。 戦闘員ならともかく、彼女はどうみても…」
マハムードの言うように、戦える者ならまだしもネフェルティティのような非戦闘員、むしろ病人のような足手まといを連れてはいくことは煌の負担でしかあり得なかった。それは誰の目からみても明らかだ。
「━━ネフェルティティさんは死んでしまいます! それでも置いていきますか? もちろんそれは煌さんの責任ではないですけど…煌さんにしか救えないんです」
「あ……」
煌もマハムードも忘れていた。
ネフェルティティが元気になって降りてきたから頭になかったが、病気は完治したわけではない。
結局、ノーラから見ても原因は分からず、時間が経つにつれてまだ同じ現象がネフェルティティの体には起こるのだ。
「……分かりました。 一緒に行きましょう。 ただし、組織に潜る時は俺一人でいきます。 その時はどこかに隠れていてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
煌はネフェルティティを連れていくことにした。
ただ、それは何の解決にもならないと内心考えていた。
一時的に煌が治すことは確かにできるが、完治するわけではないから同じことの繰り返しだ。
煌は彼女のためにもそう易々とは死ぬことができないなと思った。
と、同時に
病気の影に隠れてしまっていたが、何故どうやって、どうしてあそこにいたのか?いつからいたのか?そもそも誰なのか?
煌は、道中タイミングをみてネフェルティティへ聞いてみようと心に誓った。
その時、今度は入り口から大きな声がかかる。
ハァハァと息を切らしてやって来たのはサルマである。
「━━よかった、まだいた。煌! お願い! ちょっと一緒に来てっ!」
煌の返事を待たずして強引に手を引っ張ると、サルマは外へ飛び出していく。
「ちょ、ちょっとサルマさんっ! サルマさ━━━」
煌は手を引っ張られ、何も言うことはできずに連れ去られて行った。
遠くから家屋に反響した煌の声がいつまでも聞こえていた。
『…………』
理由も告げず分けもわからず、急に来てさっさと去っていくサルマに一同呆気にとられていた。
台風のようなサルマであった。
┼┼┼
煌はサルマに連れられ、薄暗くカビの臭いが漂い、地面には汚れた水がちょろちょろと流れる、決してきれいとは言えない路地へと案内されていた。
正直、どうやって来たのか分からないほど何度も曲り角を抜け、迷路のような路地の壁に入口はあった。
「━━ここよ。さぁ入って」
サルマが開いたドアは壁の一部であり、目を凝らして見てもドアと壁の境目すら確認できないほどに擬態化していた。
中は外とは違い温かみのある明るさを保ち、空気もきれいだ。
家具なども一式揃っており、真ん中にはキングサイズのベッドが一つ置かれている。
そこに一人の女性が横になっていた。
「おや、来たようだね。急にすまないね」
ベッドの横に椅子が置かれ、そこに男性が一人座りながら入口に立つ煌を見ている。
「大統領……何してるんですか?」
煌はまさかこのような所に大統領がいるとは思わなかった。
驚き、あいさつすることも忘れ不躾に質問をする。
そして、大統領の横には一見して目立たない雰囲気を持つ男性が一人立っている。
「……大統領、俺が」
「うん。 じゃあよろしく」
そう言うと、男は一歩前に出てくる。
「━━━君が街で噂の回復師だね?」
「えーっと……」
煌はどう反応していいか困り、サルマへ振り向く。
サルマは無言で頷くだけだ。
「……そうですね。はい……」
「そうか、会えてうれしいよ。 街で聞き込みしたが誰も正体は知らなくてね。 俺はデッドだ。 で、折り入ってお願いがあるんだが、そこにいる女性の足を治して欲しいんだ」
「煌っ!お願いっ!」
デッドの頼みに便乗するようにお願いをするサルマ。
「わかりました。では━━」
特に断る理由もない煌は、さっさと治してしまおうとベッドへと近づいていく。
「……俺が言うことではないが、何も聞かないのか?」
「ん?聞いた方いいのであれば聞きますが……何を?」
特にこれといって聞くこともないので、煌としては全然気にしないのだが、聞かないのかと言われたら聞くしかない。
しかし、口を開いたのはデッドではなくサルマであった。
「……その子は私の妹なの。 アブタラに殺されるところだったのをデッドが救い出してくれて…」
「運が良かったよ。 俺は大統領の親類を秘密裏にこの隠れ家へお連れしていたんだが、その時に彼女の存在を知ってね。 それから義足でも、と街で探していたらたまたま若者が『白装束の回復師』の噂をしているのを耳にしてね。
まぁ俺には結局分からなかったわけだが、彼女がサルマの妹であり、君が大統領の知人であり恩人であると知って運命の巡り合わせだと思ったね」
「そうですか…。 サルマさんの妹さん、生きていて本当に良かったです。 ━━━では」
煌はそう言うと、おもむろに手を伸ばす。
ベッドに横たわる女性に向かって。
「
煌の周りの空間が揺らぎ、金色のオーラが発現した。金色の輝きは煌の背後へ収束し、翼を正面に交差させた大天使を顕現した。
「うおっ」
その光景にデッドは驚愕し、大声を上げる。
しっ!っと、口に指を当てるサルマ。
大天使がバサッと翼を広げれば、光の粒子と金の羽が宙に舞った。
麗らかな日和に降り注ぐ温かく優しい光のように、妹の下半身を柔らかく包み込む。
欠損している両足がみるみるうちにできあがっていく。そしてパァッと光が収まれば、血色のいい健康的な足がそこにあった。
事件で失い、二度と自分の足であることなど叶わないと思われていたのに、それを覆す奇跡ともいえることがここにはあったのだった。
サルマはアリの言葉で一度はどん底の気分を味わった。
もうこの世に生きていても意味がないと感じる程に。
それがデッドに救われたことを知り、心に被さった闇が取り払われたような気分だった。
もうこれ以上うれしいことなどないと思った。
けれど今まさにそれと同等、いや、それ以上ともいえる喜びに心が満たされいく。
妹は事件で心を閉ざしていた。
両親の死と事件の恐怖などもその一因ではあるが、歩けないことがそれをさらに加速させていった。
元々出歩くことが好きだった妹。好きに移動することもできず、満足に自分一人で生活することさえできないもどかしさがストレスで、自殺を図ったこともあった。
だから、足が戻ることは彼女の人生そのものを戻すことに等しいのであった。
それを知っているサルマは、家族として姉としてこれ以上ない幸福感を感じていた。
「━━奇跡だ」
デッドは心からそう思った。
目の前で起きている現象が、目で見ていても理解が追い付かない。それはもう奇跡と呼ぶことしか彼にはできなかった。
「……ありがとう」
ずっと黙っていた大統領がお礼を言う。
大統領が悪いわけではないが、お礼を言わずにはいられなかった。
「いえ。 では俺はもう戻りますね」
「煌っ! ほんとにありがとうっ!」
戻ろうとする煌に抱きつくサルマ。煌はその豊満な双丘におもわずたじろぐ。
「━━━ちょ、ちょっとサルマさん……」
「なに照れてるのよ。 これから中国行くのよね?」
「はい」
サルマは抱きついたままだ。
「……ダニヤをお願い━━━お願いします」
「━━はい」
煌の返事は短い。しかし、そこには言われなくても分かっているという意志が感じられた。
煌の返事に笑顔を見せるサルマは、そのまま煌の頬へキスをした。柔らかい唇の感触が感じられる。
「━━なっ!」
「ふふ。 じゃあ、気を付けていってらっしゃい!」
「…………わかりました。 行ってきます」
煌はそう言うと、宿舎へと転移した。
数分後にサルマの妹は目を覚まし、自分の現状を知り姉妹で気が済むまで泣き続けた。そして、恩人である煌に会いたいと、何なら結婚して一生尽くしてもいいと騒いだのはまた別のお話である。
┼┼┼
宿舎へと戻った煌。
事情を説明し、気を取り直しての出発となった。
もちろんネフェルティティも一緒である。
「━━━ではみなさん。 行ってきます!」
「行ってきます」
「くれぐれも気を付けろよ」
「ティさんをよろしくお願いします」
マハムードとノーラである。
ノーラは短時間の間にネフェルティティと親しくなったのか、既に愛称をつけていた。
「それじゃ!」
そして、煌とネフェルティティは日本へと転移した。
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