第31話 拉致

 「チフンさん、大統領は結局何の情報ももってないから殺っちゃいますか? 回復師のことも知らなかったみたいですし」

 

 「うーん、手土産が一つもないと青龍セイロンさんに怒られちゃうんだよなー。青龍セイロンさんはここの大統領を殺しても喜ばないしなー。………商品価値のあるものか、売れる奴、使える奴を持って帰らないとー。その回復師でも連れて帰りてーなー」

 

 そんな会話をする二人。

 二人はこの部屋にいる女性二人のことなど既に気にしていない。

 

 しかし、女性の一人はそんな男二人の会話に危機逃せない部分があった。

 

 「……いま、大統領って言った? 父はどこ?!」

 

 すると、中国の男・螭吻チフンはポンッと手を叩く。

 

 「そっか。君、コレの娘だったね」

 

 そう言うと、螭吻チフンは少し横にずれた。

男二人の間が開き、その奥に横たわる人物が露になる。

両手両足はないが、紛れもなく大統領その人である。

  

「━━━お父さんっ!」

 

 娘であるダニヤはそれを見るやいなや、立ちはだかる男二人を強く押しのけて、大統領の側へと駆け寄った。

 

 「━━おっと。押すなよー。 アブタラさーん、大丈夫すかー?」

螭吻チフンは、押された衝撃を受け流したが、アブタラは耐えきれず、盛大に尻餅をついていた。

 地面に染みていた誰のかも分からない血が尻に染み込む。

 

 受け身のためについた両手も、肌の色が残っていないほどに真っ赤に染め上げていた。

 

 「━━くっ、大丈夫なわけあるかっ!」

 

 「ああっ?」

 

 「あ、す、すいません。 だ、大丈夫ではないです。 見ての通りびちゃびちゃです…くそっ、ぶっ殺してやる」

 

 アブタラは思わずタメ口で話してしまうが、螭吻チフンの威圧に当てられ、すぐに訂正した。

 螭吻チフンが威圧的になったのはアブタラの態度が悪いわけであるが、アブタラはその原因は突飛ばしたダニヤが悪いと責任転嫁し、血がついたことも合わせて怒りは頂点だった。

 

 今も大統領に寄り添い、どうすることもできずにパニックになっているダニヤを、アブタラは後ろから刺し殺そうとナイフ片手に近づいていく。

 

 「アブタラさーん、たんまたんま! その娘、オイラがもらってくっす」

 

 「へっ?」

 

 アブタラが振り向き螭吻チフンを見るが、そこには既にいない。

 背後からドサッと音がし、アブタラが再度ダニヤの方へ向くと、気絶したダニヤを肩に担ぐ螭吻チフンがいた。

 

 アブタラが振り向くよりも速く脇を通り、一瞬でダニヤに手刀を当て気絶させていたのだ。

 

 「手土産はこの娘にするっす。 いやー、危うく青龍セイロンさんに怒られるとこだったけど、このなら容姿がいいし大統領の娘ってことで商品価値上がりそうだし。 あ、元大統領の娘っすね。うんうん、バッチリ!ってことで、それじゃ!」

 

 一人で納得し、さっさと部屋を後にしようとする螭吻チフン

 「━━━ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ……ここはど、どうするんですか?!」

 

 急な展開に思考が追い付かず焦るアブタラ。

 ナイフを床に落げ捨て、早足で螭吻チフンに接近しようとする。

 床にはジュータンが敷かれているが、吸収しきれない程撒き散らされた血液でバシャバシャと足を鳴らした。

 

 「血がつくから来るなっ!」 

 

 「━━ひっ! すいません」

 

 ぴたりと止まるアブタラ。

 

 「それで、ここはアブタラさん、いや、次期大統領にお任せしますよー。 それは放置しておけば死ぬだろうから、部下にでもここらの後始末をさせては? あ、あとその戦意喪失してる女はっときますかー?」

 

 「わ、分かりました。 ここはワシに任せてくだされ。 そこのサルマもワシが。 少し聞きたいことがあるので大丈夫です」

 

 アブタラの言葉を聞いた螭吻チフンは、これ以上ないくらいに満面の笑顔をはりつけている。

 

 「了解っす。 では、残金はいつもの口座へ振り込んでおいてくださーい。 またのご利用を」

 

 螭吻チフンはそう言うと、踵返り部屋を出ていったのだった。ダニヤという商品を手にして。

 

 部屋に残ったのは血まみれの大統領とアブタラ、床にへたり込んでいるサルマの三人であった。

 

 サルマは、部屋突入時まではアブタラに対する憎しみに染まっていた。しかし、ここの空気と螭吻チフンという強者が発する殺気に何度もあてられているうちに戦意を喪失してしまった。

 

 ただの人間であれば、気が狂ってもおかしくない程の光景がここにはあった。おびただしい量の血と散らばった肉片。充満している死の臭い。それに加えた強者の存在。

 

 それを前にして、気が狂わずに戦意喪失だけで済んでいるのは、サルマが実力者であると共に、残った憎しみが心を支えているためである。


 「━━━さてさて、サルマ。 何故貴様らは生きているんだぁ? 何人生き残った? マハムードはどうした? んー?」

 

 「…………」


  アブタラは螭吻チフンが居なくなるとすぐに普段の横柄な姿へ変わる。

 そして、サルマへ質問するも反応はない。

 

  「なぁ……おい! 聞いてのかキサマァァ!」

 

 怒鳴り散らすアブタラ。 

 

 「っち、ダメだなこりゃ。 あー、そうだそうだ。 お前の妹はどこへやった?」

 

アブタラは期待せずに話かけるが、妹という言葉にサルマは反応する。

 

 「………な…に?」

 

 「お? だから、お前の妹をどこへ隠しやがった? 前大統領のじじいもいないしな」

 

 アブタラはサルマの妹について質問をしている。

 しかし、アリは確かに言った。天を指差し━━もうすぐ会えます、と。

 あれは天国いう意味で間違いは無かったはずだが。

 

 「━━い、妹を殺したんじゃないの?!」

 

 「……そうか。 知らないならお前じゃないのか……。 なら、もういい」

 

 そう言うと、アブタラは腰についているホルダーから拳銃を取り出した。

 

 拳銃を構えるアブタラ。

 照準はサルマの眉間。

 絶対に外さない距離だ。

 カチリッ激鉄を起こし、引き金に指をかけた。

 

「━━待って! 教えて!」


サルマは懇願する。


 次の瞬間。

 

 アブタラのすぐ真上の空間が歪んだ。

 その気配にアブタラは銃を上に向けたが、アブタラが撃つよりもそれが落ちてくるほうが早かった。

 

 「━━━おっと!」

 「━━うわっ」

 

 落ちて来たのは、いや、正確には空間から現れたのは二人。

 一人は向けられた拳銃を即座に空中で蹴り飛ばし、一人は体勢を崩してアブタラの顔面に肘打ちをした。

 クリーンヒットし、その激痛にアブタラの鼻血と唾液を撒き散らしながら床へ転がる。

 

 「ぐほぉぉぉぉ」

 

 二人を見たサルマは石喜が覚醒していく。

 

 「………マハムードさん! 煌!」

 

 そう、転移してきたマハムードと煌であった。

 華麗に拳銃を蹴りあげたのはマハムード。

 偶然にも肘打ちを入れたのは煌だ。

 

 「おう! 転移は成功したようだなっ!」

 

 マハムードは無事に転移できたことに安堵するが、転がるアブタラからは目を離さない。


  「━━━そうみたいですね。 しかし、ここは………」

 

 「……あぁ、ひどいな。 どうなってんだ? サルマっ、ダニヤはどうした?」

 

 煌とマハムードはここの吐き気がするほどの嫌な空気に顔をしかめる。

 

サルマはマハムードの言葉にひどく蒼ざめ、わなわなと震える。

 

 「……ご、ごめんなさい。 ダニヤは…ダニヤは連れてかれたわ……」

 

 「クフフフ……あいつは売られんだよ。 人体実験に使われるのか、飼われるのか、どれにせよお先は真っ暗だ!クハハハハッ」

 片手で鼻を押さえ、片手には拳銃を構えたアブタラが立っていた。

 

 「━━━おいっ! どこに連れてったんだ!?」

 

 マハムードは怒りに声に威圧感のある濁った太い声を出した。

 

 アブタラは、ハッと小馬鹿にしたように笑うと、

 「━━━中国だよ」

 と答えた。

 

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