第30話 大統領と螭吻

大統領は異変を察知していた。

 父である前大統領と妻を含めた親族一同を避難させていた。

 

 それは護衛の者や直属の部下にも伝えていない。もちろんアブタラにもだ。

 ただ一人の信頼できる男を除いて。

 その男は秘密裏に行動をしている。その存在は大統領のみしか知らない。男には個人情報が一切存在しない。名前もない。

 謂わば、死人デッドマンである。

 大統領は彼のことをデッドと呼んでいる。

 

 デッドはアブタラの正体については調べがついていた。

 過去の事件を調べ、今の商会の闇についても知っていた。

 もちろん大統領も知っている。

 

 しかし、だからと言ってどうすることもできなかった。

 組織としてあまりに巨大で、どの者がその傘下で裏切り者なのかまで把握できていなかったのだ。実際、アリについては分かっていなかった。

 

 大統領は今のところは手を出さず、波風立てずに機会を伺っていた。

 そして、このピラミッド迷宮探索という日に、アブタラが行動を起こすと考えていた。

 

 それ故、デッドに頼み人知れずに親族の避難をさせていた。

 避難場所はデッドしか知らない。

 

 そこには生活できるだけの物資が揃い、一人既に生活をしている者がいた。

 デッドは殺される寸前であった彼女を救いだし匿っていた。

 

 彼女は怪我を負い、それをどうにか治したいとデッドは考えている。

 

 閑話休題。

 

 大統領はある男の存在を知らなかった。

 誤算していたのだ。

 

 突如モンスターに襲われる宮殿。

 

 軍隊の主力はピラミッドへと向かっていたが、宮殿に現れたデススコーピオンに気付き、戻っていった。自分達の戦力でどうにかなるとふんで助力はどこにも出さなかった。情報も流さなかった。

 それは予想通りの結果で圧勝で幕を閉じた。

 アブタラはそれを遠目に見ていたのだが、その結果に焦っていた。このままでは大統領を殺すことはできず、予定外にもその一族の消息が掴めなくなっていた。

 

 すぐに、通信機器を使用しデススコーピオンの購入先の組織、その担当の男へと連絡をとった。

 

 大統領の誤算である、龍生九子の螭吻チフンである。

 

 螭吻チフンは商品を届け、ついでに手土産を探して周辺でチョロチョロしていた。

 その際、回復師の存在を知り七竜討伐のメッセージが流れ、この国へ興味を持っていた。

 ただ、時間はあまりなく、情報も大して入手できていない状況でどうするか悩んでいたところへアブタラより連絡を受けたのだ。

 自分の提供した商品があっさり殺られたという。

 

 そしてアブタラに頼まれビジネスとして取引をし、参戦することとなった。

 

┼┼┼

 

 螭吻チフンは、まず結界を張ることにした。

 それは結界の内側から外側への視覚的、聴覚的なものを全て遮断するものである。

 螭吻チフンのスキル《スタングレネード》を応用したものであり、範囲と効果時間は反比例している。範囲が広ければ効果は長く続き、狭ければ狭いほどに効果は続く。

 

それが発動してからの行動は速かった。迅速かつ的確に命を奪っていく。

 突如、上空より戦車へと落下したかと思えば、その砲台をぐにゃりとねじ曲げ爆発する飛来物。ロケット爆弾である。

 数人がその爆発に巻き込まれ命を落とした。

 

 周りは突然の攻撃に騒ぎ、悲鳴と怒号が飛び交っている。

 何処からの攻撃なのか検討もつかず、パニックに陥った。

 そして、それに乗じて螭吻チフンは突入し、手で軍人に触れていった。逃げられないように周辺には《ナパーム爆弾》を放つ。

 離れた所いる軍人達には《誘導爆弾ホーミングボム》だ。

 爆弾が両手から次々に生成されていく。

 

 乗り物は爆発していく。

 爆弾に追いかけられた軍人は爆発していく。

 手で触られた軍人は人間爆弾に変わり爆発していく。

 逃げようとしたものはナパーム爆弾の炎上網にかかり炭化していった。

 

 数分もすると、阿鼻叫喚の地獄絵図だった結界内は、炎の燃える音だけがパチパチと聞こえているのみだった。

 

 「……さ、さすがです、螭吻チフンさん。 早かったですね」 

 

 アブタラが様子を見に結界内へと足を踏み入れてきた。

 外からは様子が分からず、恐る恐るといったところである。

 

 「もうちょっと楽しみたかったすねー。 全然手応えがないやー。軍隊なんだからもう少し強い人がいてくれても………まぁ、さっさと宮殿に突入しますかー」

 

 「は、はい! お願いします!」

 アブタラは螭吻チフンの後ろをついていく。

 

┼┼┼

 

 宮殿内はさらに抵抗なく被害者は増えていく。

 

 戦闘をできるものは少なく、女性も老人も例外なく殺されていった。

 面倒くさくなった螭吻チフンはストレージから手のひらサイズのカプセルを三つ取り出した。

 

 「一応売り物だけど、まぁいいかー」

ぼそぼそと独り言を呟き、それを地面に叩きつける。

 すると、カプセルは割れ三体のアシッドドッグが現れた。

 

 螭吻チフンは一言命令を下す。

 

 「蹂躙しろ」 

 

 三体のアシッドドッグはワォンと返事をするやいなや、散らばっていく。

 遠くから聞こえてくるのは老若男女の悲鳴だ。

 

 螭吻チフンとアブタラはその場から動かず突っ立っている。

 螭吻チフンに至っては鼻唄を歌っている始末だ。

 

 (ワシも大概だが、こいつは今まで会った中でも群を抜いてイカれておるわ……。 血も涙もないどころの話ではないな…)

 

 アブタラは自他共に認める冷血非道な男であるが、そのアブタラからしてもこの螭吻チフンという男は、随一の悪人であった。

 

 しばらくすると、悲鳴は無くなった。

 

 「━━じゃあアブタラさーん、いきますかー?」

 「は、はい!」

 

 二人はカリカリと音がする方へ歩いていく。

 重厚な扉を前にしてアシッドドッグ三体が足止めをくらっていた。扉を開けようと爪を立て、酸で溶かそうとしている、

 

 すると、扉はゆっくりと開いていった。

 内側から開けたのだ。

 隙間から体を滑らせ、アシッドドッグは攻撃を仕掛ける。

 我先にと三体は勢いよく突入する。

 

 が、キャンという声が三体分聞こえた。


 ━━━扉は開ききる。

 

 中には大統領と大統領を護るように数名の護衛官が立っていた。

アシッドドッグの死体が粒子となり霧散していく。 

 

 「……アブタラ、貴様ぁ……」

 

 「どうも大統領。 これからはワシが大統領となりこの国を治めましょう。 安心して御引退なされ。 つきましては、ご家族の居場所と財産のありか、この世界について分かっておることを教えてくだされ」

 

「………貴様なぞに何一つ教えはせん! 女子供まで……よくも……よくもぉ!」

 

 「━━あー、おっちゃん、涙してるとこわりぃんすけどー。巷で噂の回復師ってしらねぇすかー?」

 

アブタラに続き、螭吻チフンも室内はと入ってきた。

 扉は締め、丁寧にも鍵をかている。

 

  「……貴様はだれだ」

 

 大統領は螭吻チフンを睨み付ける。

 多くの命が失われたことに涙を流し、怒りに打ち震えていた。

 

 「オイラは螭吻チフン。 龍生九子の九柱っす」

 

 それを受け、護衛官の一人が大統領へ耳打ちをする。

 

 「……大統領、彼は中国の闇結社龍生九子の幹部です。螭吻チフンと言えば、確かレア職の爆弾魔ボマーを所有してい━━━」

 

 と、話の途中で突如、その護衛官の体が爆散した。

 

 「━━━なっ」

 

 顔から下までをその護衛官の地肉で紅く染める大統領。

 訳がわからないと、目の前の状況に理解が追い付かない。

 

 そんな大統領を見ながら片手を前に付きだしたまま立っている螭吻チフン

 「だめだめ。そんなペラペラと個人情報を流さないっすよー」

 

元々、悪名高い有名な組織であり、その幹部達のことは世界的に知れ渡っていた。

 今さら個人情報もへったくれもないのだが、レア職に関してはこの世界になってからのことであるので、螭吻チフンとしてはペラペラと言って欲しくはなかったのである。

 

 「━━━ガザンっ! きっさまぁぁぁー!!」

 亡くなった護衛官の同僚の一人が叫んだ。

 突然のことに激昂する。

 そして、その一人の護衛官の死が引き金となり、残りの護衛官達が動き出した。

 

 「━━待てっ!お前達━━━」

 

 「うっさいなー。 ほら、《酸素爆弾エアーボム》」

 

 螭吻チフンは両手を開き、護衛官に向けたままスキル名を言い放つ。

 一瞬、手が光ったかと思えば不可視の物体が護衛官へ飛んでいった。

 止めようとした大統領の声虚しく、言い切る前に全ての護衛官はその命を散らしてしまう。

 全ての護衛官が同時に爆発したのだ。部屋中に鉄分が撒き散らされる。

 

 悲鳴一つ上げることもなくこの世を去ったのだった。

 

 「━━くっ」

 

 「部屋が汚れちゃったっすねー。 でも、これでゆっくり話がでるかなー」

 螭吻チフンは何でもなかったかのようにニコニコと大統領へと顔を向ける。

 

 「お、お見事です、螭吻チフンさん!」

 

 アブタラはブラボーと言いながら手を叩く。

 

 もしかしたら自分も戦うことになるのかと、内心ヒヤヒヤしていたものだから、螭吻チフンがあっさりと損滅してくれたことに心から喜んだ。

 

 「で、回復師のことは知ってるっすかー?」

 

 螭吻チフンは大統領へといかけるが、護衛官の死に涙を流し、目を閉じている。

 自分の世界にはいり、周りの音など耳に入らない。


  戦闘中には決してあり得ない行動だが、大統領は戦闘員ではない。事件に巻き込まれることは多々あったが、戦闘経験すらほとんどないのである。


  「……聞けやっ」

 

 返事をしない大統領へ苛立つ螭吻チフン

 大統領へと近づいていく。

 右手にはストレージから取り出した刀が握られている。

 一定の距離まで近づくと、それを目で捉えるのが難しい速さで横へ振り抜いた。


 大統領の両足の膝から下が切り落とされ、立っていることができず床へ倒れた。

 

 「ぐあああぁぁぁぁぁ」

  

 「おぉぉ!良い声っすねー! もう一度聞くけどー、回復師のことは知ってるー?」

 

 大統領はそれどころではなく、壮絶な痛みに叫び声を上げ、床でのたうち回る。その間、出血が酷い。

 

 「ちょ、ちょっと螭吻チフンさん。 何も分からないうちに死んでしまいますよ。 ここはワシに任せてください」

 

「あー、そうすね。 少し待ってますわー」

 

 「大統領。 ちゃんと話さないと死んでしまいますよ? いいですか?家族はどこへ?一族は?回復師のことは知っておりますか?」

 

「ぐうぅぅぅ……知らん……知ってても教えはせん」

 

 しかし、大統領は情報一つ教えることはしない。

 実際、回復師のことは知らないし、家族がどこへ非難しているのかも知らなかった。

 財産も直接管理してるわけではなく、この世界についてもそこまで詳しくないのだ。

 

 ドクドクと血が流れていく。

 

 「━━━っち!」

 

 螭吻チフンは舌打ちをすると、更に刀を二回振り抜いた。

 床へ転がる二本の物体。

 大統領の胴体から切り離された両腕だ。

 出血はさらに酷くなった。

 

 「ち、螭吻チフンさんって! こ、これはちょっと!」


 「あ、ごめんっす。 オイラ、短気だもんで。 ちと、やり過ぎっすね!めんごめんご」

 

 既に大統領から叫び声は消えていた。

 あまりの出血とその痛みにより気絶をしていたのだ。

  

 螭吻チフンもさすがにやり過ぎたと後悔をする。

 と言っても、情報が聞ける前にやってしまったことを後悔しただけで、情報を聞くことができたなら同じことをしているだろう。

 仕方なく、手を伸ばし止血をするために大統領の腕と足へ照準を向ける。

 

 「《焼夷爆弾ファイアーボム》」

 

 

 傷口は燃え上がり一瞬にして炭化してしまう。

 荒いやり方だが、出血はこれにより止めることができたのだ。

 

 「螭吻チフンさん、これでは話が聞けませんなー。どうしましょ」

 

 アブタラに言われ、うーん、と螭吻チフンが考えていると、後ろの扉がドンドンと叩かれた。

 

 「━━お父さんっ!! いるの!? ここを開けてお父さんっ!!」

 

 女性の声が聞こえてくる。

 

 「━━おや?螭吻チフンさん、人が来ましたけどどうしましょ?」

 

 「………お父さん?……よし、扉あけましょー」

 

アブタラは螭吻チフンの指示に従い鍵を開けた。

 重厚な扉はゆっくり開いていく、するとそこにはサルマとダニヤが並んで立っていた。

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