第29話 アブデン宮殿

 月明かりだけが射し、闇が包み込む街中。

 地面を蹴る音が響き渡り、宮殿を目指しひたすら二人は走っていた。

 一人は家族の安否確認の為に。

 一人は本当の憎き相手を殺すために。

 

 「ハァ…ハァ…。いつもアブデン宮殿にいるの?」

 

 「━━たぶん。ハァ…ハァ…父はいつもいるし、おじい様も」

 

 サルマが立ち止まり少し後ろを追随するダニヤへと話かけると、ダニヤも横に並び止まる。

 

 二人は宿舎で大統領とアブタラの情報をメンバーに聞いていた。結果として、情報は何一つ分からなかったのだが。

 大統領の安否はおろか、アブタラの動向やモンスターが現れたという情報すら聞くことができなかった。

 

 ただ、ピラミッドを目指しこちらに向かってるであろう軍隊が、未だに到着していないという話であった。

 

 「もう少しだから先を急ぎましょう」

 「そうね━━走るわ」

 

┼┼┼

 

 エジプトのカイロにある宮殿。大統領の官邸及び公邸となっている。

 

 そこへ二人は汗だくになりながらも、この世界だから可能であるスピードで走り続けた結果、漸く宮殿へとたどり着いた。


「体を強化していてもさすがに疲れたわね……ふぅ。でも、予定よりも早く着いたわ」

 「ですね……それはそうと、これは一体……」


  そこには依然として変わらない景色があった。

 しかし、その景色はあまりに不自然である。

 宮殿前は薄暗いが設置された外灯と月明かりで、場景が浮かび上がっている。

目に入る範囲にはゴミはおろか石一つ落ちていない。綺麗すぎなのである。

 そして、物音一つ聞こえない。あまりにも綺麗にして、あまりにも静か。

異空間のような静寂さがそこに広がっていた。

 

「……おかしいわね。 作られたような景色━━」

 

と、サルマがゆっくりと歩みを進める。

 すると、数歩進んだところで突然空間が歪んだ。サルマを中心として波紋が広がっていた。

 

 「━━━ダニヤ!こっちきて」

 「どうしました?」

 

 ダニヤはサルマの方へと歩いていく。

 サルマの隣に来たところで同じ現象が発生した。

 

 「…………」

 

 ダニヤはしばし言葉を失った。

巨大なバケツでもひっくり返したような量の赤い液体がいくつも目につく。その中には肉片らしき物や衣類だと思われる物が散らばっていた。

 そして、砲台がありえない方向へぐにゃりと曲がり、見るからに二度と作動しないほど損傷したキャタピラの付いた四角い鉄の箱や、炎上したのか真っ黒に焦げた四輪の乗り物がちらほらとあった。

 

 「………これは結界?…で、あれは軍隊…よね」

 「……結界だったようですね。幻覚のようなものですか? 外からは別の景色が見え、中を知覚できないようにするみたいですね。しかし、これは……軍隊……なんてことを……」

 

 サルマとダニヤは目の前の惨状に言葉が続かない。

 特にダニヤには軍隊に多くの知人がいるのだ。

 おそらく今日ピラミッド迷宮へ突入する予定の隊にも少なくとも一人二人はいただろう。

 その知人がこの中にいないことを、言葉には出さないが心から願った。

 そして、この惨状こそ情報が先遣隊メンバーへ伝わらなかった理由であった。

 結界が外から分からないように景色も音も遮断し、助けを呼ぶことできずに軍隊は全滅してしまったのである。

 「……いくわよ」

 「……そうですね」

 

 二人は至るところにある血溜まりを避けつつ、宮殿へと突入した。

 

 ┼┼┼

 

 中は中で酷い有り様だった。

 壁にはヒビが入り、崩れ、ドアや置物は壊れ、死体が点々と横たわっていた。

 その中には議員や政務官など二人の知っている顔もあった。

 

 死体だけにあらず、モンスターにやられたであろう人々はゾンビになり徘徊していた。 

 もちろんこのままにしておくことはできず、見かけた者は全て倒して来ていた。

 ここまでの生存者は0だった。

 

 ダニヤには父の生存に対し絶望という二文字がのしかかる。

 サルマにはアブタラに対し憎悪という二文字が強くなった。

 

 そして、遂に大統領がいるであろう執務室の前へと着いた。

 

 重厚な扉は閉まり、中から微かに声が漏れている。

 

 「━━お父さんっ!! いるの!? ここを開けてお父さんっ!!」

 

 ダニヤは両手の拳でガンガンと扉を叩くが一向に開く気配はない。

 びくともしない扉に埒があかないと、サルマが魔法を唱えようとする。

 

 「ファイ━━━」

 

 発動しようとしたその時、いつの間にか漏れ聞こえていた声はピタリと止んみ、扉がゆっくりと開いた。

 サルマとダニヤは室内の明かりに瞼を閉じかける。

 そして、嗅ぎ覚えのある鉄分の臭いが中から溢れ、鼻をついた。

 

扉が開ききると、そこにはサルマの目的であるアブタラと、知らないアジア人が立ち並んでいた。

 地面の敷物にはいくつもの血が滲んでいる。

 

大統領の警護であった者は遺体として転がり、その状態からはそこに何人いたのか分からないほどに損傷していた。

 爆発物にでも当たったかのような傷跡が見られ、目を背けたくなるほどに酷い有り様だった。

 

 「━━━お父さんっ!!」

 

 再度、ダニヤは父を呼ぶがそこにはいなかった。

 

 「━━━お前ぇ!! よくもぉ!」

 

 アブタラを見るなり、今にも飛びかかりそうな程に激昂するサルマである。

 

 「……チッ! 生きてやがったか。アリめ、失敗しおったな。 あの使えない奴めが」

 

 「アブタラさーん、失敗したんすかー? どうすんすかー」

 

 アリが生存しているかの心配よりも、失敗したことに苛立つアブタラへ話かける男。年は若く見え、中肉中背といったところである。髪は黒く、目は切れ長で狐のような顔をしている。

 黒のローブを身につけ、その背中には九の文字と魚の形をした龍である神獣が描かれている。

 男は中国の闇結社・龍生九子のメンバーであった。

 

「ち、螭吻チフンさん、予定は狂いましたが大丈夫です。 こいつらもやっちゃいましょう」

 

 アブタラは顔から大量の汗を流しながらダニヤとサルマを指差す。

 いつも横柄なアブタラだったが、チフンと呼ばれた男には恐怖からか態度をガラッと変えていた。


  ダニヤはチフンと呼ばれた男の格好に見覚えがあり、サルマに耳打ちをする。

 

 「……サルマさん、あの男は龍生九子です。 しかも、その九柱の一人なんで、危険です」

 

 サルマは頭に血が上っており、ダニヤの言葉が耳に入っていない。

 フーフーと荒い息を破棄、血走った目でアブタラを見ている。

 家族のかたきであり、信じていた男。そして、妹を助けてくれると思っていたのに、唯一の家族であるその命さえ奪われたのだ……。

 今すぐにその命を刈り取りたいが、隣の男から吹き出る強者の威圧に足が動かなかった。

 

 (━━━くそ!くそ!くそ!くそー!殺す!殺す!) 

 

 サルマは最悪自分の命は無くなってもいいと考えている。

 その憎き命さえとれるならば。

 しかし、このまま突進しても五分五分で見ている。

 

 (レオを連れてくればよかった……くそっ)

 

 「━━━さん、サルマさん! 聞こえてますか、サルマさんっ!」

 肩を揺さぶられ意識が漸くダニヤへと向いた。

 

 「━━んあぁ、聞こえているわよ。アイツのことは知っているの?」

 「だから、龍生九子のメンバーで九柱の男ですよ。 ちょっと私達だけでは………父もここにはいないようなので━━━」 

 

 その二人のことは無視し、アブタラとチフンはもう一人この部屋に存在する人物へと目を向けていた。

 

 「チフンさん、大統領は結局何の情報ももってないから殺っちゃいますか? 回復師のことも知らなかったみたいですし」

 

 「うーん、手土産が一つもないと青龍セイロンさんに怒られちゃうんだよなー。青龍セイロンさんはここの大統領を殺しても喜ばないしなー。………商品価値のあるものか、売れる奴、使える奴を持って帰らないとー。その回復師でも連れて帰りてーなー」

 

 机の陰に隠れるように倒れている人物がいた。

 手足を切り落とされ、止血はされているものの、その痛みからなのか気を失っている男が。

 

 ━━━大統領その人であった。

 

 

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