第28話 宿舎への帰還

空一面には、散りばめられた輝く宝石群。

 色とりどりの光がネオンのようにチカチカと明るい。

 その中に一際くっきりと見えるのは月である。丸い顔は雲のベールを一切被らず地上を照らしていた。

 

 「すっかり暗くなっちまったな。急いで戻るぞ。 レオ、ここで代わろう」

 

 街の入口手前へ無事に転移が成功した。

 レオは大騒ぎになるからと街へ入ることはない。いつも砂漠で待機しているのである。

 ここで一旦お別れとなる為、レオはネフェルティティをマハムードの側へとそっと降ろした。重症であるため煌が手伝いをする。

 

 「そうね。 レオ、ありがとう━━━おやすみ」


 身軽になったレオは、主人であるサルマとおやすみのあいさつをするために顔を擦り寄せた。サルマがその頭を撫でると、レオは満足そうにグルゥと一鳴きし、颯爽と砂漠の闇へ消えていった。

 その姿を見送ると、マハムードはネフェルティティを背中におぶった。スースーと寝息のような音が背中越しに聞こえてくる。今は安定しているが一刻を争うことは変わらないのである。

 一同は宿舎へと足を急ぐのだった。

 

一行は街へと漸く戻ってきた。 

 今日一日の出来事であったが、何日も経ったように錯覚するほどに、それは濃密な時間であった。

 仲間を失い連戦に続く連戦。知ることとなった嘘と真実。全員の肉体的、精神的披露は計り知れず、その足どりは重い。

 それでも、見慣れた街へ入るとどこか安堵したようであった。

 

┼┼┼

 

 既に多くの市民が寝ているのか、静まり返った道を通っていく。すると、先に見えてくるのはこんな時間にも関わらず明かりのある建物であった。夜道に明るく目立つ建造物。

 

近づいていくと、入口の前の道が昼間のように明るい。暗い夜道を照らしているのは、宿舎から漏れる明かりであった。

 リーダーの帰りを待つ先遣隊メンバーは、受付嬢以外誰一人と寝ることなく待機していたのだった。 

  

 「━━━マハムードさんっ!!」

 

 入口近くにいたメンバーの一人がマハムード達に気づき、かけ足で近づいてきた。

 

 「遅くなった。 すまんっ!」


 「マハムードさん!」「リーダーっ!」「お帰りなさい。マハムードさん」

  

 と、最初に出迎えてくれたメンバーの声に気付いたのか、奥にいる仲間達もぞろぞろとやってくる。

 出迎えてくれるメンバー全員の顔は、とても嬉しそうだった。マハムード達が無事であったことを本当に喜んでくれていた。

目に涙を溜めた者もちらほらと見える。

 そんな仲間をよそに、マハムードは立ち止まることなく階段へ向かう。

 「お前達、暖かく迎えてくれたところ悪いんだが、すぐ二階の部屋へ行かせてもらうぞっ」 

 

 さっさと階段を上がっていくマハムードへ煌とノーラがついていく。

 ダニヤとサルマは仲間達にこれまでの話をするためにそこへ留まった。二人はアブタラや大統領のことも兼ねて情報交換をすることにした。

 

 

 マハムードは二階に上がるや否や、蹴りあげるようにして激しくドアを開ける。

中に入るとすぐにネフェルティティをベッドへと降ろした。

 

 「ハァ…ハァ…ノーラ、……容態はどうだ?」 


 おぶったまま急いで来た為に息を切らすマハムード。

 額には大粒の汗が滲み出ている。

 

 「……少し待ってください」

 

 ノーラは手をかざしネフェルティティの容態を急いで確認する。

 顔をしかめ、無言の時間が続く。

 顔で表現する通り容態は芳しくない。何の治療もしていないためそれは当たり前の結果でしかなかった。

 

 「……どうだ?」

 「はい、変わらずよくはないです……」

 「おい、そうじゃなくて後どれくらいなんだ?」

 

 悪いのは分かっているのである。

 マハムードが知りたいのは良いか悪いかではなく、現在のままで後どれくらいもつのかということであった。

 

 「あ、はい。えっと……、もう朝まではもたないかと……」 

 

 ノーラはなすすべがなく、手が少し震えている。

 マハムードはそんなノーラを見て望みがないこと理解する。

 そして、煌へと顔を向けた。

 

 「━━煌。 俺達は秘密にする。……だから何とかならないか?」

 

「…………」

 

マハムードに声をかけられたが、どう答えようか煌は考えていた。

 

「……今まで秘密にしていたんだから、易々と見せたくない気持ちは分かる。だが、お前にしか救えないんだ。 俺もお前もコイツのことは全く知らないし、助ける義務もないんだが……助かる命があるなら俺は助けたい。……お願いだ」

 

 マハムードは人に頭を下げるということをあまりしない男である。そのマハムードが赤の他人の為に頭を下げていた。

 それだけこの女性を救いたいという心の表れであった。

 

 「……頭を上げてください。違うんです。……この力のことは今更どうってこともないし、救うことに賛成なんですが……」


 「なら━━━」


 「ただ、救うことはできるかもしれませんが、それは一時的なものになるのではないかと思って………」 

 

  マハムードの言葉を遮るように言葉を口にする煌。

 救うことに前向きであるが浮かない顔をしている。

 

 「……たしかにそうですね……」

 

 「ノーラ、どういうことだ?」

 

 「煌さんは、恐らく欠損したものを復元?ですかね? は、できると思うのですが、この病気のそもそもの原因が治せないんではないでしょうか」

 

 ノーラは煌の反応を伺いながら話をする。

 それに対しマハムードはあっ、という顔をした。

 

 「……はい。 無くなった臓器は戻せると思いますが、原因が菌とかウィルス性の病気じゃないか限りは延命という形になるかと……」

 

 「━━━それでも、それでもいいだろっ!」

 

 マハムードはそれの何がいけないのか分からなかった。煌が何を躊躇しているのか理解できなかった。

 早く治療をしない煌に怒気を含んだ声をぶつけた。

 

 「……臓器が無くなる度に痛みを伴うんじゃないかと…。これから先、何度も何度も俺達には理解できない痛みを受け続けなければいけないのかと思うと……すいません」

 

 ネフェルティティは完治をしない限り、想像を絶する痛みを何度も味わうことになるだろう。

 煌はそれを危惧していた。

 果たして治すことが彼女の幸せになるのか、煌はそれだけを考えていたのだ。

 

 「━━━そうかもしれんがっ……」

 

 「そうですよね。すいません……死んでしまったらどうにもならないですし……彼女にどうしたいかを聞くべきでしょうし、とりあえず後でこれからのことを考えればいいですよね━━治します」

 

煌がネフェルティティへと近づくと、マハムードは無言で道をあけた。

ノーラはその様子ただじっと見ていた。

 その力のことは何となく分かってはいるが、間近で見るのは初めてである。口には出さなかったが、ずっと見たい知りたい衝動に駆られていたのだ。ドクターとしての立場からもその奇跡と言える現象を確認しておきたいと思っていた。  


 階段の下からは人のざわめき音がずっと聞こえていた。

 

 煌は目をつぶりネフェルティティへと手をかざす。

 そして、健康な体をイメージし言葉を紡ぐ。

 「大天使之慈悲リザレクション

 煌の周りの空間が揺らぎ、金色のオーラが発現する。金色の輝きは煌の背後へ収束し、翼を正面に交差させた大天使を顕現した。

 ノーラは驚き後ずさりする。部屋の壁まで下がりすぎ、体をぶつけてしまった。

 マハムードは顎の髭を手で擦りながらじっと見ている。

 

 大天使は今にも飛び立つ勢いで翼をバサッと広げた。

 それにより光の粒子と金の羽が宙に舞う。

 温かく優しい光がネフェルティティの全身を柔らかく包み込んだ。

青白かった顔はみるみるうちに血色が良くなっていく。そして、治療が終わったことを告げるようにパァッと光が収まった。

 ゆっくりと目を開ける煌。

 

 「とりあえず大丈夫だと思いますが、確認してもらっていいですか?」

 

 「ノーラ!」

 

 「…………はっ!はい!」


 すぐに反応をするマハムードと違い、その奇跡に呆気にとられてしまったノーラである。

 ノーラはすぐにネフェルティティの体を診察する。

 

 「…………」

 

 「どうだ?」 

 

 「……マハムードさん、……奇跡です。全て正常です」

 

 「ハァ………よかった」

 

成功したことに安堵しその場に座り込む煌。

 リザレクションはイメージが大事なのである。

 集中しイメージがしっかり固まらないと成功しない。疲労困憊の煌は成功する自信が実際のところ半々であった。

 

 「そうか。 よくやった煌。 大統領のこともあるが一先ず休憩をするぞ。少し寝て起きたらすぐアブデン宮殿にいくぞ。ノーラ、悪いが下の二人にも伝えてくれ」

 

 「━━━はい!お疲れさまでした」

 

いまだに目の前で起きた奇跡に夢を見ているような気持ちのノーラであったが、マハムードの言葉にすぐさま下へと降りていった。

 

「煌、部屋を用意するからゆっくり休んでくれ。今日は━━」


マハムードが煌に労いの言葉をかけようとすると、その言葉が言い終わらないうちにドアが激しく開き遮ってしまう。

下へ降りたノーラが一分も経たないうちに急いで戻ってきたのだった。

 

 「マ、マハムードさんっ!! 二人がいません!アブデン宮殿に向かわれたようです!」

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