第26話 20階

煌達一行いっこうは21階へと到着していた。

 

 「ここまで来たな……。20階にはモンスターがウジャウジャいると思う。……ゆっくり上がるぞ」

 

ここまではマハムードが先行し、ネフェルティティをレオが担いでいる。殿しんがりは煌が努め、ゆっくりと上がってきていた。 

 

マハムードが足音をたてないように慎重に階段を上がる。

 そしてゆっくりと頭をだしていく。

 モンスターの攻撃を予想し、警戒する。

 が、見る限りは1体も存在しない。

 

 後ろにハンドサインで待ての合図をする。

 続けてゆっくりと進むも、あれだけいたモンスターの気配はどこにも感じられなかった。

 

 そのままマハムードだけが先へ進み、宝箱の部屋があるわき道へと差し掛かった。

 ここにきてもモンスターはやはりいない。

部屋のある方へ一歩踏み込んだ瞬間、

 

 「━━━ッ!!」


  突如、濃厚な強者の気配をマハムードは感じた。

  全身を重圧がぞわっと吹き抜ける。

 警戒しつつも早足で部屋に突入する。


 「……どういうことだ……」

 

 マハムードはその静まり返った部屋を見て一人呟く。

 気配はあれど、姿はない。しかし、ひしひしと感じる気配。

 あれだけ居たはずのモンスターは一匹もおらず、最初に入った時と同じように宝箱が一つポツンと置かれていた。

よく見ればキラキラと光る物が落ちている。

 

  「……これは……どうなってるの?」

 

 なかなか戻ってこないマハムードに痺れを切らし、ノーラとダニヤがやって来た。

 ここまでは慎重に音を立てず来たのだが、この光景を見るなり思わず言葉を発したのはノーラである。

 その言葉は小さな独り言であったが、この静かな空間では他の二人にも聞こえた。

 

そして、誰に呼び掛けたわけでもないのに、呼応するように反応した者がいた。

 部屋の天井から突如落ちてくるナニか。

そいつは天井に張りつき、息を殺して獲物を待っていた。

 

 「………こいつは…もしかしてオークなのか?」 

 

 現れたのは、ここで相対した青い肌のオークとは違い、全身を黒々としているモンスターであった。そして本来のオークよりも筋肉質でかなり大きく、がっしりとした体格であった。

 

 「えっ、確かに似てはいますけど……何ですかコイツ」

 

 「━━蠱毒か」

 

 「マハムードさん、コドクって……あの蠱毒ですか?」

 

 一人で答えを導き出そうとするマハムードへノーラは質問する。

 黒いソレは、いまだに獲物を嘗め回すように視線を走らせている。すぐに飛びかかってくる様子はなさそうであった。

 

 「その蠱毒だな。 共食いとは違うが、この部屋が容器の役割を果たし、数十といたモンスター達は互いに殺しあったんだろう。 地面にキラキラとしている物があるが、あれはそいつらの魔核だな。そして、その頂点にアイツが残った。 取得した経験値のせいなのか、アイツは進化したようだな。進化か神霊化に近いものかもしれん……」


  マハムードは冷静に分析をしているが、内心は気持ちが高揚していた。

 デザートドラゴンの時は回復直後で戦うことができず、戦闘狂のマハムードはその時の気持ちが消化不良であったのだ。

 最初に感じた強者の気配はオークのものだった。

 そしてそれはデザートドラゴンとまではいかないにしても、

 かなりの強者つわものであるとマハムードは感じ取っていた。

 ここの領域にてカーストのトップとなったオークはそう容易くいくわけはないだろうと予想している。

 

 とはいえ、魔力の残量は少なく万全ではない。

 むしろ、万全であっても五分五分であるだろうと。

 この状態の自分では、圧倒的に力不足であると理解したマハムードは、また消化不良で終わってしまうのは残念で仕方なかったが、この場は譲ることにした。不本意であるが。

 この男に。

 「━━ここで何してる……うわっ、変なのいるじゃん……おっ、しかも宝箱あるし」

 

 待っても待っても来ないから様子を見に来たのは煌である。

 その後ろからサルマとネフェルティティを担いだレオも付いてきている。

 

 「━━━グッドタイミング。じゃあ、よろしくな煌」

 

 そう言って場所を入れ替わるマハムードである。

 当の本人は訳もわからず戦闘を譲られたのだ。

 しかし、目の前の敵が普通でないことは解ってはいるから気を引き閉める煌。気持ちを戦闘モードへと切り替えた。不本意であるが。

 

 「みんな一旦下がれ!」

 

 マハムードは巻き添えをくらわないように離れるように全員へ指示を出す。

 そして、その言葉が戦闘開始の合図となった。

 

 「━━じゃあ、新スキルでも試してみるか」

 

 煌は手の親指を隠すように握る。

 その雰囲気を感じとり、オークも構えた。

 構えたとは言っても、剣術を知らないオークは巨大な剣を片手で持ちあげるだけである。来る者に対し、自身が最速で剣を振るうことができる自然体だ。

 

 「指弾しだん

 

 煌が包み込んだ親指を弾いた。

 すると、バンッという音が鳴ったかと思えばオークは頭から後ろへ吹き飛ばされた。何かで殴られたような衝撃を額に感じる。

 

 ━━《指弾》

 仙気を指先へと溜め、それを弾き飛ばす。

 飛ばされた仙気は目に見えることは無く、フワッと空気を感じるような威力から、ライフル銃の弾の威力までを調節し、放てるのである。

 

 オークは構え、煌の攻撃を警戒していたのに反応すらできなかった。額から緑色の体液が一筋垂れていく。

 

 「グオオオオォォォォォ!!」

 

 怒りにブルブルと震え声を上げた。

 肌の黒さが赤黒く染まっていく。

 普通なら体を強張らせるような雄叫びであったが、煌は全く動じていない。

 

 オークは額の体液を片腕で拭うと煌を睥睨した。

 

 瞬間。

 

 オークが消えた。

 

 見ている誰もがその姿を見失う。

 煌は目を瞑りその場から動かないでいる。

 オークの足音だけが聞こえる。

 地面を何度も蹴り、煌の周りを動き回っているのだ。その姿が見えない速さで。


 「夢幻蜃気楼ミラージュ

煌は小さな声でそう呟いた。


 ━━ドンッと一瞬大きな音がする。オークが一際強く地面を蹴った。

 すると、煌の後ろに背中を向けたオークが姿を現した。その手に持つ剣を振り抜いた姿で。

 

 ぐらりと揺れる煌。

 その姿に誰もが目を見張った。

 

 首が落ちたのだ。

 そしてゴロゴロと転がったかと思えば、真っ赤な血が噴水のように吹き出す。

 

 ━━━煌は、一瞬にして首を落とされたのだ。

 

 

 「キャャアァァァァァーーー」

 

 その姿にノーラは悲鳴を上げ、サルマは口元を手で押さえた。

 ダニヤは驚愕に言葉もない。

 

 「てぇぇめぇぇぇえええー」

 マハムードは激昂して今にも飛びかかろうとする。

 

 しかし、手でそれを制止する。

 首のない煌の体が動き、腕を伸ばして来るなと告げていた。

 

 「……えっ?……へっ?」

 

 呆気にとられる一同。

 

 煌から噴出した血が動きだし、煌とオークの間で固まり蠢く。それは竜を象り、真っ赤なドラゴンとなった。

 

 オークへ襲いかかる。

 

 「グガアアァァァァ!」

 

 オークは剣を振り回し、竜を切り刻む。

 しかし、すぐに元の形に戻り全くの無傷であった。

 そして、隙をつきオークの肩へ牙を突き立てる。

 何度も。何度も。

 オークの堅硬な体を物ともせず、容易く突き破った。

 

 「…フゥ……フゥ……」

 オークは息も絶え絶えになっていた。

 腕に力を込め、剣を投げ飛ばす。真っ直ぐに刃が突き刺さるように。

 剣はぶれることなく、首のない煌の胸へと吸い込まれた。刃が胸を突き破り、背中から飛び出す。煌の体はゆっくりと地面へ倒れていった。

 オークは勝利を確信していた。

 

 ニヤリとオークが口角を上げた瞬間、煌の転がった頭が口を開く。

 

「おつかれさん」

 

 パリンと空間が弾けた。

 竜も首の切れた煌も全てに亀裂が入り、空間が割れた。

すると、そこには五体満足の煌が立っていた。

 誰もがその事に言葉の一つも出ない。

 意味が分からなかった。

 

 それはオーク自身も理解できなかった。

 なぜ、五体満足のヤツがそこにいて、自分が状態なのか。

 

 ━━━オークは竜に咬まれた傷で瀕死のままであった。

 

 ━━《夢幻蜃気楼ミラージュ

 周囲一帯に五感を狂わす幻を魅せる。生有るものはその空間で受けたことを、事実と認識してしまうと実際に体に反応が起きてしまうのである。

目を隠した者に、耳から熱い音を聞かせたまま体に氷を当てると、熱いと誤認してしまい火傷を負うそれと同じようなものであった。 

ただ、ミラージュはほぼ強制的に認識させるため、これは幻と解っている程度では回避できないのであるのだが。

 

 

 煌は瀕死のオークへと近づき、とどめのスキルを放った。

 

  「震脚しんきゃく

 

地面が揺れる衝撃と轟音を立て、オークの体躯へと叩き込んだ。

 オークは残っていた命をその一撃の元に散らした。

 

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