第25話 少女と世界と

全員が見つめる中、その少女はゆっくりと目を開いた。

そして棺の中で上半身を起こす。

 黒い艶やかな髪を持ち、肌は幸のように白く、纏う空気がきらきらと輝いて見える。少女は光彩奪目とも言える絶世の美女であった。

  

真っ先に口を開いたのはマハムードだ。 

 「おい、君! 君は誰だ。 どうしてここにいる?」

 

 少女はその言葉に反応し、マハムードの顔を見る。

 そして、ゆっくりと何かを思い出すように言葉を話した。

 

 「私はネフェルティティと言います。……コホッ……すいません、ここは何処でしょうか?…コホッ」

 

 「…………。ここはピラミッド迷宮の最下層だ。 どうやってここに来た? 何故かこの棺に入っている?」

 

 「私は……コホッコホッ…、すいません…私は━━━」

 

 そこでネフェルティティと名乗った少女は意識を失ってしまった。

 

 「おい! どうした!? 大丈夫か!」

 

 ネフェルティティの肩を軽く叩くマハムードだが、意識はない。背後へと振り向くと、

 「ノーラ診てくれ」

 「はい!」

 

 ノーラはマハムードに替わりネフェルティティへと近づくと、手をかざす━━ハンドスキャン。

 

 誰も言葉を発しない。沈黙の中でノーラの診察が始まる。

 

 

 「………こ、これは━━━」

 

 「どうしたの?」

 いつの間にか隣にいるサルマが質問をする。

 ノーラは眉根を寄せ、ネフェルティティから手を離す。

 

 「……たぶん、臓器欠損……。しかも、進行性臓器欠損症かもしれません…」

 

 マハムードがノーラの肩を掴み、顔を割り込んでくる。

 ネフェルティティの顔を確認し、意識はないが安定して呼吸をしているのを確認すると、

 「なんだそれは?」

と、ノーラへ振り向きながら質問をした。

 

  「……えっと、時間が経つにつれて、体内から臓器が消えていく病気です。最早、病気というか呪いに近いような……どれくらいの時間経過でいくつの臓器が無くなるのかは人それぞれのようですが。 とても珍しい病で、実際に私も見るのは初めてですね……」 

 

「……聞いたことない病気だな…何で消えるんだ?消えたものはどこへいく?」

 

マハムードはウームと唸りながら髭を撫でている。

 

 「解明されていなくて解らないんですが、バクテリアの様なもの食べているのか、溶けているのか、気づけばもう消失しています。 発症自体が珍しいので、研究は進んでいません」

 この病は事例が少なく資料も乏しいため、ノーラも精通していない。それでも少ない知識を絞り出すように眉根を寄せ話をしている。

 「そうか……。それで彼女はどういう状態なんだ?」

 

 マハムードに言われたノーラは悲痛な顔をする。

 ネフェルティティのことはよく分からないが、それでもこの病気による容体の悲惨さには心が痛んだ。


  「……この女性は……そう長くはないと思います…。急いで診たのでそこまで詳しくは分からないんですが、肺を含め、いくつかの臓器がありませんでした。 周期も分からないから何時亡くなるとは言えませんが、場所によっては次にもう一つ消失すれば恐らく死ぬでしょう。━━尤も、この病気の恐ろしい所は何が消失するか分からないということなので、最初に心臓などが対象となればそれで終わってしまいますから、発症した時点で余命は有って無いようなものですが………」 

 

 ノーラの言葉に、ダニヤ、サルマ、煌はなんとも言えないといった顔をしている。既にお葬式の様な空気になっていた。


 それを打破するようにマハムードが声を発する。

 

 「うむ。 とりあえず彼女を連れて宿舎へ帰るとしようか。 先もないようだし、休憩はせすに一気に階段から戻るぞ」

 

 マハムードの提案に反対する者はいなかった。

 満場一致で地上を目指すことにした。

 ネフェルティティはレオが担ぎ、ゆっくりと地上を目指す。

 

 ┼┼┼


 煌がデザートドラゴンを討伐したところまで遡る。

 ━━━《世界七竜・砂漠竜デザートドラゴンが討伐されました。残りは六体となります》のメッセージが世界へ流れた。 

 

 

━━北半球極北・北極ツンドラ━━

 

夏であるこの時期なら永久凍土の表面が融解し、苔類や地衣類や生育するのだが、見渡す限り白の景色である。

 

 息も詰まるような吹雪が吹き荒れ、数メートル先を見ることができない程に視界は悪い。季節外れもはなはだしい大荒れの天気である。

 その中に聳え建つ目を見張るよう程に美しい造形の建物アイスキャッスルがあった。

 

 一人の女性が、その城の大きく拓かれた大広間にある意匠を凝らした玉座に座っていた。

 

 その女性は討伐のメッセージが流れたことで、デバイスからランキングの検索をしていた。

 「ほぉ、七竜を倒す者が出たか。…どれどれ………このランキング5位の奴か。 どんな奴なんだろうな…なぁ?」

 

 声をかけた先には凍りづけにされたモンスターが数体並べられていた。もちろん女性の問いかけに答えるものはいない。

 

 「どれだけの人数で倒したのか聞いてみたいものだな。ポイントは……まだまだ差があるか」

 

 そういう女性は自分のランキングである2位のポイントを確認する。

 彼女はランキング2位にして氷の魔女と恐れられる氷雪師アイスクリエイト、その人であった。

 

 ━━ユーラシア内陸部モンゴル高原━━

 

 気温は高く極限に乾燥したこの牧草地帯に帝国が築かれていた。

 遊牧民が集まり、ゲルという家屋が並べられている。

 かのモンゴル帝国というほどまでには大規模ではないが、ランキング3位の男が皇帝を名乗りここを統治している。

 

 「おい、七竜を倒した奴がいるぞ。 先を越されたな」

 

 その男は、遊牧民の民族衣装であるデールを着込んで胡座をかいている。金の刺繍を施し、一人違った風格を漂わしていた。

 そして、同じゲルには男が数人おり、男はその内の一人に話かけた。

 

 「━━たしかに。 王よ、我らも北に生息する七竜を倒しましょうぞ。 しかしそれには戦力を整え、情報を集めなくてはなりませぬ。 このトップランキング入りしてきた男からも情報を聞きたいものです」

 

 王の言葉に男はデバイスを操作しながら答える。

 

 「そうだな! よし、このランキング5位の奴を連れてこい!」

 ガッハッハと笑いながら無茶なことを告げるモンゴル帝国の王であった。

 

 ━━中国のとある闇市━━

 

 ある街の地下に広がるオレンジの明かりが灯る市場。

 そこの店頭には非合法な物が並び、売る者も買う者も、まっとうに見える人はいない。

 地上にある活気とは一味違うものが辺りに溢れていた。

 そして、人の歩く足音や飛び交う会話に混じって、悲鳴や猛獣のような生き物の声までもが聞こえる。

 

その市場の最奥にある重厚な扉に閉ざされた部屋の中に男は居た。

 椅子に座り机に向かう男は黒のロングヘアーに綺麗な顔立ちをしている。一見して女性のように見える。

 机に並べられた商品名が羅列された資料に目を通していた。

 

 「━━あの七竜が? これはこれは是非ともその魔核が欲しいものです。 討伐した者はトップランク入りしましたか?」

 

 その男の正面には黒のスーツにサングラスをしている巨漢が後ろ手を組み直立していた。

 スーツの男から報告を受け、質問を返す。

 ロングヘアーの男は普段デバイスをつけていないため、何かあればスーツの男が報告することが日課であった。

 

 「はい。 ランキング5位が変動しております。 圏外からのランク入りですので間違いないかと」

 

 「ふーん。 ではその者について調べておいてください。 ちなみに私は抜かされそうですか?」

 

 「いえ、セイロン様とはまだかなりの差はあります」

 

 「そう。 あ━、それから最近手に入れた彼女はかなりの値がつきそうなので丁重に扱ってくださいね」

 

 セイロンと呼ばれた男はランキング4位である。

 笑顔でそう告げるが、その笑顔には感情の一切を感じさせるものはなかった。

 

 「承知いたしました」

 

 サングラスの男は一礼すると部屋を後にした。


 

 ━━日本・東京━━

 

 ある高層ビルの最上階。

 その一室はビルには不釣り合いなほどに装飾され、見るもの全ての人が息を呑む。それは豪華絢爛の一言に尽きる。

 

 そこに玉座を構え、10人の配下を従える。

 見た目は若く、10代後半であろうか。がっしりとした体格であるその男はランキング1位━━覇王オーバーロードである。

 

 レア職業である覇王は有名であり、彼はそのまま覇王と呼ばれている。

 「━━ドラゴンが倒されたようだな。 こいつは日本人か?中国人か?」

 

 覇王は一人言のように話をしている。ランキング検索から上位ランカーにランキング入りした新しい名前をを見つけた。

 覇王の言葉に配下達もここにきて検索を始めた。

 その名に配下の一人の女性が内心反応をした。

 

 (……まさかね……。…ありえないわ……。あー、みんな無事かな……会いたいな━)

 

 「しかし、ドラゴンか。 ここから一番近くにいるのはどれだ?」

 

 覇王は配下を見回し返答を待つ。

 反応したのは、これまた10代であろう男であった。

 

 「覇王様、日本にはおりません。 太平洋にいる海竜か北の大陸の氷壊竜が近いでしょうか。 しかし、北にいたってはモンゴル帝国と氷の魔女がおりますのでそちらも少々厄介かと……」

 

 「海かー。それはキツいな。いや、寒いほうがきついか……」

 

覇王は男の後半の言葉は全く気にしていなかった。誰であろうと、立ちはだかるものは排除すればいいと思っているのである。

 覇王にとって問題なのは人よりも環境であった。

 

 そんなことを呟きながら、覇王は部屋の半分は覆う窓ガラスから外を眺めた。

 


 ━━━七竜が討伐されたことで世界が少しずつ動き始めていた。 

そして、煌はもちろんそれを知る由もなく、自分がランキング5位になっていることすら気づいていなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る