第24話 棺

ポーンッと電子音が鳴り、ホログラムが自動で浮き上がった。

 そこには1件メッセージありと表示され、煌は無言のままそれを指でなぞった。

 

 《世界七竜・砂漠竜デザートドラゴンが討伐されました。残りは六体となります》

 

 そして、そのメッセージは全てのヴリュードを持つプレイヤーへ通達されたのだった。

 

 煌はそれを閉じ、肉体的精神的な疲れからその場に座り込む。

 後ろのほうからは微かにすすり泣く声と、サイードの名を呼ぶマハムードの声がしている。亡くなったことは分かるようだが、いつのタイミングで亡くなったかは分からないようだ。サイードの片方の靴がそこには落ち、血痕が少し染み付いていた。

 

 見えなかったのか、見ていなかったのかは煌には分からないが、デザートドラゴンに食べられる瞬間を見なかったの幸いであったのかもしれない。

 

 煌はやるせない気持ちではあったが、サイードに接した時間は短く、怒りの矛先であるデザートドラゴンを倒したことにより、幾分かの溜飲は下がっていた。

 

 ━━━そのまま数十分が経過した。

 

 ┼┼┼

 

 煌は目を瞑り、ここまでのことを思いだし、そしてこれからのことを考えていた。

 デススコーピオンが現れ人が傷つき、死のにおいを感じた。しかし、それでもどこか楽観的に考えている部分はあった。

 それからハキムが亡くなり、サイードが亡くなった。ゲームの世界のようではあるが、まぎれもない現実であった。

 二人の死が、これが現実であると煌に実感させた。より濃く死を身近に感じ、離ればなれの仲間や学校の知り合いを思い、現在の日本がどうなっているのかを真剣に知りたいと思った。

 

 兎に角、今やらなくてはいけないのはまずここから出ることである。

 

 すすり泣きや叫び声は止み、サルマの声が聞こえる。

 

 「……なさい…ほ……とう…ごめ……い……して…私を殺して……」

 サルマは憮然たる表情をし、座り込んでいる。

 

 「サルマさ━━」

 

 そんなサルマを睨み付け、何かを言いかけたノーラをダニヤが手で制する。

 既にフードは被っていない。

 肩口で切り揃えられた髪が砂埃で少し汚れていた。

 

 「サルマさん、最初から話は聞かせていただきました」

 

 「お嬢様、意識がお有りでしたか」

 

 「えぇ、ノーラ。 朦朧としていけど聞こえていたわ。尤も途中で意識が飛んでしまったけど。……私のせいで貴女あなたまでこんなことになってごめんなさい……」


  ノーラに向かって伏し目がちに頭を下げるダニヤ。

 

 「いいえ、お嬢様。 お嬢様は何も謝るようなことはなさっていません。これが私の仕事ですし、それに悪いのはアリとアブタラです」

 

 「ええ、そうね。 ……ノーラ、ありがとう」

 ダニヤの言葉に、ノーラは微笑んで返す。

 

 それを見てダニヤは言葉を続けた。

 「サルマさん、もしここで死んでも私は許さないわ。殺すのは簡単よ。でもね、そうしたところで何の解決にもならないわ。

 むしろアブタラが喜んで終わりよ。このままアイツを放っておいていいの? 貴女のお父様の商会は奪われたままでいいの? 私は、このままなんて嫌。あんなブタのせいで、こんなことになって……それで終わりなんて嫌よ。 どうなの?」

 

 「……悔しい」

 

 サルマはいつの間にか正座し腿の上で拳を握りしめ、その手は少し震えていた。父も母も妹も殺され、商会を奪われ、いいように使われてきたサルマ。真実を知り、イブラーヒム一族への憎しみの全てはアブタラへと向けられていた。

 

 「うん…。正直騙されていたのは悲しいし、全てを水に流せるわけではないけど、貴女も被害者だものね。 だからね、貴女が望むなら手を貸すわ」

 

 そういって手を差し出すダニヤの背後に、慈悲深い聖母の神々しさを幻視するサルマだった。

 手を握り返し、そのまま立ち上がる。

 

 「グルルルゥ」

 

 すると、いつの間にか目を覚ましていたレオがサルマにすり寄ってきた。

 「…レオ、ごめんね」

 

 サルマはレオの頭を撫でる。レオはそれだけで満足そうにさらに喉を鳴らした。

 

 ━━パンッ

 

 マハムードが手を叩く。

 

 「よし、じゃあとりあえずここから出ることを考えよう」

 

 マハムード達は奥の棺がある部屋へとか向かうことにした。

 直線上には座り込む煌がいる。

 

 後ろから近づくマハムードは煌の肩を叩く。

 「━━━お前だったんだな」

 

 マハムードの言葉に無言で頷く煌。

 

 「ありがとな。そしてお疲れさま。ゆっくりしたい所だと思うが、もう少しだ」

 マハムードは話したいこともあったのだが、今は我慢し、そう言うとまた歩きだした。

 

 続くサルマとレオは、煌を見ずに前を向いてマハムードについていく。

 

 さらに後ろからはノーラとダニヤだ。

 ノーラは会釈をし立ち止まと、横にダニヤも並んだ。

 「命を救って頂きありがとうございました。傷も毒も治してくれたんですよね?」

 

 「━━はい」

 

 「ありがとう。 やはり貴方だったのね。 みんな気を失ってたからその辺のことは分からなくて……ドラゴンとの戦いの最中に貴方が傷を治す所をマハムードが見てて、恐らくはって話をしてたんだけどね。 本当にありがとう」

 

と、横からダニヤが話に入り、笑顔を向ける。

 

 「こんな回復ができるとは……正直、まだ信じられません……。後で話を聞かせてくださいね。━━━それと、アリさ、アリは見かけましたか?」

 見つけたらすぐにでも斬りかかりそうな顔で周囲を見回すノーラである。

 

 「俺がここに来たときにはもういなかったですね…」

 

 「そう…」

 と、ノーラが返事をするや否や、おーい!とマハムードの呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 3人がそちらを見れば、マハムードが早く来いとばかりに大振りの手招きをしている。

 

 まだ話をしたかったのか、不承不承ふしょうぶしょうといったノーラが先へ行き、その後ろをダニヤと重い腰をあげ付いていく煌。

 

┼┼┼ 

 

 煌達がデザートドラゴンに破壊された入り口をくぐると、そこにはスポットライトに当てられた石の棺があった。そしてその周辺には血の海が広がり、その海に浮かぶようにアリの残骸が残っていた。

 

 マハムードとサルマは棺を見つめ、う~んと唸っている。

 レオは端で丸くなり寝ている。

 

 「うぷっ…これはアリのですね……。ここでドラゴンに食べられたんですね」

 

ノーラが鉄分の臭いから喉にせり上がるものを呑み込み、先にいた二人に声をかける。

 

「まぁ、そうだな。 呆気あっけない最後だったようだな…。そんなことより、この棺がな開かないんだよ。どこをどう押してもビクともしないんだ」

 

 「う~ん……、あー、討伐者報酬かな?」

 ダニヤがチラッと煌を見ながら言うと、全員の視線が煌に集中する。

 「━━やってみます」

 

 煌がピチャリピチャリと足を鳴らし棺に近づく。

 そして、フンッと力を入れ蓋をスライドさせるように押すと、それはいとも簡単に開いてしまった。

 しかも過剰に力を入れ過ぎたせいで、蓋は地面に水平に飛んでいってしまう。離れたところでドッスンッと音が聞こえる。

 

 「……あっぶね。 誰も居なくてよかった……」 

 

 煌は棺の中をのぞこうと頭を向ける━━と、突如頭の中にメッセージが流れた。

 

《砂漠之ピラミッド迷宮━━難易度 S クリア 報酬:レア職━━武道家之熟練度最高値ヲカクニンシマシタ……転職:仙人ハーミット 仙気之極意ヲサクセイシマス》


 セカンドジョブを悩み何にするか後回しにしていた煌は、ここにきて半ば強制的に決定してしまうのであった。


  目の前の空気が渦を巻き、中心に凝縮するように集まると、手のひらサイズの光輝く水晶のような球体が宙に現れた。

 それを手に取る煌。

 すると球体は手の中で光を四散させ、一瞬にして消えてしまう。


 一拍間を置いてスキルの名称と使用方法が脳内へ流れてきた。

 すぐに脳にインプットされ、その情報量に煌は疲弊する。

 周囲を確認すれば、煌などお構い無しとばかりに全員が棺をのぞきこんでいた。

 

 疲れた体に疲れた頭、肉体的にも精神的にもボロボロで、座りたい気持ちを抑えて棺をのぞきこむ煌。

 見た途端、両目が限界まで開く。

 

 棺に横たわるのは、まぎれもなく人間。ミイラとか亡くなった人ではなく、汚れなど見当たらない程に見た目綺麗な人間である。


 

━━━それは眠れる美女であった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


レア職:仙人ハーミット


《取得スキル》

指弾しだん

軽身功ライトボディ

硬気功こうきこう

神歩ブリスクウォーク

天雷トールハンマー

夢幻蜃気楼ミラージュ

形意式・五行拳━五麟召喚

霧散点穴ミストスキャッター

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