第23話 デザートドラゴン2

┼┼┼

 

 ブレスが壁を抉りけたたましい音を鳴り響かせた頃、マハムードは目を覚ましていた。

 

 「………うぅ……、……なんだ?どうなった?」

 

マハムードは激しい音がする方をみやる。

 そして怪我からの急な回復のために頭痛がし、目を細める。

 

 「…ド、ドラゴン?…あれはデザートドラゴン!?……と、煌か?」

 

 頭を左右に振り、目を何度も瞬きさせ記憶を探るが、いまいち混濁しハッキリとは思い出せない。

 辺りにはサルマ、ダニヤ、ノーラ、レオの姿が見える。

 ヘルズソードの影響から体がまだ重いが、鞭打って無理に動かし、全員の呼吸を確認する。同時に首の脈を測ると状態は良さそうであった。安堵し座り込む。

 

 時間と共に徐々に蘇る記憶。

 「…たしかミノタウロスを倒し…、……あぁそうか……アリ…」

 

マハムードはアリに対して良き仲間としての想いしかなかった。裏切られるなんてことは微塵も考えたことなどない。

 まさか、刺されるなんてもってのほかだ。

 孤独感のような淋しさが心を何度も叩いた。

 

 しばし呆けた後、マハムードはアリを探すが見える範囲にはいなそうなので、煌の闘いに目を向けることにした。

 

 

 闘いは膠着状態となっていた。

 力はもちろんデザートドラゴンが上、速さは圧倒的に煌が上回っていた。速さで翻弄しているが、決定打がないようだ。

 一撃くらえば重傷を負うドラゴンの攻撃を避け続け、何度もその体に拳や蹴りを叩き込み続けている煌。

 

 それにはマハムードは驚きを隠せなかったが、それ以上に驚いたのは少し前に目に入った天使のような存在だ。

 

 煌の足が潰れたのは見えていた。マハムードは正直、もう煌はダメだと思った。それもしょうがないと思ったし、これで全員死ぬんだと覚悟していた。それだけ、世界七竜という存在はでかいのだ。

 しかし、結果を見れば煌は生きているし、足は完治。噂の白装束の回復師であったのだ。そしてあの七竜に一歩も退かずに渡り合っているのだ。

 

 「…クックックッ、こいつはすげーな! なっ、みんな」

 

 振り向けば全員が目を覚ましていた。

 全員、マハムードの声に反応するほどにはまだ覚醒していなかった。ボーッと呆けていた。

 

 マハムード自身は闘いに魅せられ、気持ちが高揚し、アリに感じていた孤独感のような気持ちは既に薄れつつあった。

 戦闘狂のマハムードは結局、強い者との闘いに人生の悦びを感じ、それ以外は些細なことでしかなかったのだ。

 

 煌は目では追えない速さで動き回っている。

 顔にスキルであろう蹴りをいれ、背中に乗りこれまたスキルで踏みつける。地面はひび割れるほど揺れるがデザートドラゴンには大してダメージはないようだ。

 爪を避け、尻尾を避け、顎下からアッパーを入れるが、気にせず牙で噛みつこうとする。

 煌はすかさず顎を蹴り、その勢いで後ろに距離をとる。

 

 「……このままじゃ勝てないな」

 

 マハムードにはデザートドラゴンに煌が勝つビジョンが見えなかった。手数は多いのだが、如何いかんせん全くといっていいほどダメージを与えているようには見えなかった。

 デザートドラゴンは弱るどころか、むしろイライラして、その怒りにより力が強まっているようにも見えた。

 

 「くそっ、体が動ければ………」

 

 マハムードは自分が動けないのが悔しかった。

 立って闘いに参加をしたかった。

 たとえ足手まといだろうと、一瞬でやられようとも、ここでこのまま見ているだけで死を待つだけならば、伝説的なモンスターにせめて一撃だけでも与えてやりたかったのだ。

 

 「……頑張れ…煌…倒せ…」

 

 マハムードは小さな声で呟いた。

 それは戦えない悔しさを乗せた心の叫びであった。

 

 ┼┼┼

 

煌はすでに数十発、いや100を越える程の攻撃を繰り出していた。しかし、硬い皮膚を通るような攻撃は一発も与えていなかった。

 

 「くそー、さすがに泣きたくなってきた…」

 

 どうしようかと煌が悩みだしたその時━━━

 デザートドラゴンが動きを変えた。

 翼を広げ、飛んだのだ。バサバサと羽ばたき扉のほうへと低空飛行をする。

煌は自分以外は攻撃対称にはならないとたかをくくっていたのが、失敗だった。

 自分を捕食対称とし、怒りの矛先も完全に向いていたから気にもとめていなかった。

 

 他のメンバーの毒を抜いたことでデザートドラゴンの捕食対称に戻ったことを。食べられないことへの募る怒りが、デザートドラゴンを逆に冷静にさせ、視野を広げさせていたのだ。

 

 「グガアアアァァァァァァ」

 

 叫びながら飛び付き、それを口にいれ咀嚼する。頭から足まで余すことなく。

 今日、二度目になるその種族の肉はとても美味で、目を閉じゆっくりと味わう。

 デザートドラゴンは残りの羽虫も喰らわんとさらにやる気に満ちていた。

 

 「サイーーーードさーーーん!…くそー、お前ぇーー!!!」

 煌はキレた。

 一人離れた所にいたサイードは、一瞬にしてその命を散らしたのだった。

 

 「ふざけるなよ、畜生が!」

 

 仲はそこまでいいわけではなかったが、模擬戦をした戦友のような存在であったし、マハムード達の仲間であったことで親近感はあった。ハキムのことからもそう時間は経っておらず、煌はその時と今との喪失感が混ざり合い、同時にこの迷宮とそれを取り巻くモンスターへ苛烈な怒りに心を染め上げた。

 

 「殺すぞ━━100%」

 ━━━煌は怒りから力を全て解放した。

 

  デザートドラゴンは口の中のものを呑み込むと、そんな煌の怒りに反応したのか、ブレスを放つ。

 

先程よりも力を込め、さらに大きく太い砲撃が音速の速さで放たれた。

 誰もが煌を貫いたかと思った瞬間、煌はブレスの横に立っていた。

 

 デザートドラゴンも勝利を確信したような顔をするが、一瞬にして闘いの顔に戻る。

 

 「グガアアアァァァァァァ!!!!!!」

 

 翼を羽ばたき飛び上がる。

 そのまま煌の真上にまで移動し、空中で停止した。

 

 「ガアアアアアァァァァ!!」

 

 巨大な体躯からは想像もできないような速さで急降下するデザートドラゴンは、煌を強襲した。

猛禽類のような鋭い突撃で一直線に迫る。 


  煌は一切動揺することもなく、一瞬にして後ろに跳び下がり回避する。憤怒の形相で睨み付け、降り立ったデザートドラゴンへまるで瞬間移動したような速さで接近すると、新たに取得したスキルの内一つを使う。

 煌は同じ側の掌と足を前に出し、後ろ足に体重を少し乗せた構えをとる。

 

 「形意三体式・十二形拳━━《熊形》」

 

 可視化された魔闘気が煌を包み、熊を形成する。

 熊形は腕力に特化した力である。

 その一撃ベアブローは大地をも割るのだ。

 

 煌は自分の力を上乗せした拳を振るう。

 肘を引き、一気にがら空きの腹へと《ベアブロー》叩き込んだ。

 

 「グギャャャャァァァァァーーー!!」


 苦悶の表情を浮かべるデザートドラゴン。ここにきて煌の攻撃が初めて通った瞬間であった。

 

 さらに左、右、左と連続で打ち続ける。

 拳の形に後を残すデザートドラゴンのお腹である。

 これには堪らず翼を羽ばたき宙へと退避するデザートドラゴンである。

 煌は見上げ、「形意三体式・十二形拳━━《鷹形》」と発動する。熊の形を成していたものはそのまま、鷹へと姿を変える。

 煌は《イーグルアイ》でデザートドラゴンを捉え、翼を広げ一気に跳躍する。

 

 鷹形は空を自由に飛び、空を支配する。そして、イーグルアイは如何なる敵も逃しはしない。

 

 煌は宙をデザートドラゴンよりも速く飛び回り、翻弄し、その背中へと着地した。

 

 「形意三体式・十二形拳━━《鰐形》」

 

 鷹を成した魔闘気は今度は鰐を形どる。

 左右の腕の内側へ羅列するのは歯である。

 

 鰐形は腕がワニの口を型どる。羅列した歯は敵を挟み込み逃がしはしない。強大な顎の力は一度に捕らえた獲物は《デスロール》でその身を喰らうまで離れはしない。

 

 煌は鰐の歯でデザートドラゴンの翼の根元を挟み込み体を回転させ捻る━━《デスロール》。

 

 ━━ブチッと音をたて、引きちぎれたデザートドラゴンの翼は回転しながら地面に落ちていく。

 それによりバランスを崩したデザートドラゴンも地面へと急降下した。

 

 煌はもう片翼に食らい付いており振り落とされることもなく、地面へデザートドラゴンが激突する瞬間に《デスロール》で残りも食いちぎったのだった。

 

 「……グガガガガガ…」

デザートドラゴンは頭に力を入れ、ピクピクと鎌首をもたげる。

 

 煌はその背中に乗ったまま最終スキルを放った。

 目を閉じ、足を肩幅に広げ拳を降ろし自然体になる。

 

 「形意単式・五行拳」

 

煌の背後に"青・赤・黄・白・黒"の5色玉が浮かび上がり、五行の文字"木・火・土・金・水"がそれぞれの玉に表れた。 

 煌は目を開くと拳を構える。

 

 「木行崩拳ホウケン

 

 木の玉がフッと拳に吸収されると、青く輝いた。

 手は棒術の棒のようになる。一歩足を前に出し、槍を突き出すようにその拳をデザートドラゴンの背中へ突き刺す。硬い皮膚を突き破り飛び散る鮮血。

 衝撃が内部に浸透した。

デザートドラゴンは堪らず振り落とそうとするも、煌の攻撃はまだ終わらない。

 

 「火行炮拳パオケン

 

 今度は火の玉が拳へと消え紅に輝く。

 一度両手を開きパンッと正面で拍手をすると、手が燃え上がる。閉じた手を一気に開き、片方の腕を上段受けのように引き、その勢いをもってもう片方の拳で大砲の一撃を打った。爆発を起こし、デザートドラゴンの硬い皮膚が爆砕する。

 

 「土行横拳オウケン

 

 土の玉が拳へ吸い込まれる。黄色に輝いた瞬間、煌は螺旋を描くように半月上の軌道で距離をつめ、ひねりを加えた拳をふるう。いや、拳がひねられたわけではなく、拳の周りが捻られていた。拳に砂嵐が渦巻き、撃たれた部分を中心にデザートドラゴンの皮膚は渦巻くように捻れていた。

 

 さらに続く。

 怒濤の攻撃だ。

 

 「金行劈拳ヘキケン

 

 金の玉が消える。白く発光する拳。

 腕が斧のように硬く鋭くなる。

 背中から飛び降り、デザートドラゴンの片側の足へ斧を振り下ろすように拳を打ち込んだ。

 

 「グギャャャャァァァァァ!!!!」

 

 デザートドラゴンの片足は切断された。

 バランスを保つことができず、地に伏すデザートドラゴン。

 

 ━━━最後の水の玉が拳へ消える。

 

 「水行鑚拳サンケン

 

 黒く闇に包まれた手は錐のような形状になった。

 それは闇ではなく、タールのような黒い水である。

 煌は拳を突き上げ、デザートドラゴンの横たわる巨大な顔へと下からひねり込んだ。

 それは突き刺さり、触れた部分の細胞が消滅していく。

 

 全ての玉を使いデザートドラゴンは瀕死であった。しかし煌は、止めをさす。

 手負いの獣は侮れないからだ。傷を負った獣は普段以上に危険になることもある。

 

 煌はデザートドラゴンの体に触れる。

 「堕天使之微笑アクティベーション

 煌の周囲の空気がぶれる。黒い揺らぎが現れ、大きな2対の翼を広げ煌を後ろから包み込むように寄り添い、それは微笑みながら煌の右腕を介し力を注ぎ込んだ。

 

 デザートドラゴンの巨大な体躯はさらに大きく膨れ上がる。

 

 「ギャウウワァァァァァアアア」

 

 轟音と共にデザートドラゴンは爆散したのだった。

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