第22話 デザートドラゴン


煌は、光の一切通さない空間を転がり続けた。傾斜は70度はあるだろうか。既に上も下も分からないほどに回転し、酔いを通り越した煌は、悟りを開いたかのように流れに身を任せ螺旋を描きながら落ちていく。

 

 どれだけ時間が経過したのか分からないほどに落ちた頃、一点の光が目に入る。それは次第に大きくなっていく。━━━出口だ。

 勢いそのままに投げ出された煌は、お腹にくる浮遊感から思わず叫んだ。 

  「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー」

 

 下を見れば倒れている数人と、黄色く巨大な怪獣が見えた。

 このまま行けば怪獣━━もとい、デザートドラゴンに直撃コースである。煌は方向転換をしようとしたが、バタバタと手足を振るのみだ。真下にいるデザートドラゴンはまだ気づいていない。

 抵抗虚しくデザートドラゴンの体でバウンドし、ゴロゴロと地面へ転がる。

 

 「━━━あいたたた………ん?ここは━━━」

 

 さすがにぶつかれば、その鈍感そうな体躯であろうと気付く。

 気づきはするがデザートドラゴンにとっては羽虫程度の存在だ。気にする程のものでもない。一度に目には入れたが、すぐに横たわる獲物へと視線を戻した。

空腹であるデザートドラゴンは、転がる羽虫よりも腹を満たしてくれる獲物しか頭になかった。

 

 煌は視線を周囲に走らせ、横たわる人がマハムード達だと気づいたのだが、転がり過ぎて頭が回らないのか状況が掴めていない。ただ、この剣呑な雰囲気を感じとることはできていたが、体がまだ動かない。

 

 ドラゴンは口を開きマハムードに襲いかかる。

 アリの服の端きれと肉片が挟まる歯が食らいつく━━━と、寸前でピタリと止まった。ピクピクと鼻を動かすデザートドラゴン。

 

 「グガァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 突然、怒りの咆哮をあげた。

 デザートドラゴンは知性があり、嗅覚にも優れている。

 デザートドラゴンは間一髪気づいたのだ。餌が毒であると。

 死にはしないだろうが、食べれば自分も被害が及ぶ程の毒だと。そして、空腹を満たす餌をおあづけくらい、怒りに震えたのだ。その矛先は自分にぶつかってきた羽虫へと向かう。

 

 煌は、何故デザートドラゴンが怒っているのかは分からないが、とりあえずデザートドラゴンの脅威とみんなが怪我をし倒れている状況は呑み込むことはできた。

 

 煌は大きく跳躍し距離をとる。

 そしてスキルを続けて二つ使用した。一つは怪我を治す為に。一つは怪我の割にぐったりしているように見え、もしかしたら状態異常にかかっているかもしれないから念のためという理由で。

 

天使之息吹エリアヒール」金色に輝き瞼を下ろした巨大な天使の顔が顕現した。

 光の粒子が宙に舞い、目を閉じたまま天使は口を開き息を吐く。癒しの風がフロアを包み込む。

 続けざまに、「天使之吸気リフレッシュ」癒しの息を吐き出していた天使は、そのまま息を吸い込む。マハムードは優しい風が包み込み体から毒が抜けていった。

 

 「ん?顔色がよくなったか?…やっぱり状態異常だったか」

 

 煌はマハムードの顔色が良くなるのを見て安心しつつも、他のメンバーを遠目に確認する。

 やはり同じように顔色が悪い。

 息はしているように見えるが虫の息である。天使之息吹エリアヒールにより傷は塞がっているはずなのに。


 煌はマハムードを担ぎ上げると、サルマ、ダニヤ、ノーラ、レオの三人と一匹が倒れている所へと急いで駆け出した。

 

 天使之吸気リフレッシュは範囲は狭く、一人ずつしか回復できないので近づかないといけなかったのである。

 

 デザートドラゴンは食糧が毒を抱えているため様子を見ることにした。食べることもできず、手を出せば、羽虫程度の存在は容易く塵と化してしまうからだ。知恵を絞り、毒を盾にし、無駄な抵抗をしている羽虫にイライラが募っていく。

 グルルルと唸り、血の混じったよだれを滴し、忌々しいといった顔をしている。

 

 煌は難なく到着し、マハムードを下ろすと、すぐに三人へ天使之吸気リフレッシュを使用した。

 

 みるみる顔色がよくなる三人。気絶から目を覚ましてはいないが、煌は一命をとりとめた四人と一匹を確認し安堵した。

これで漸く戦えると気合いを入れようとするが━━━━

 

 「あれ? サイードさんがいないっ」

 

 焦る煌。

 周りをもう一度注意深く確認する。すると、入口近くに横たわるサイードが見えた。

 

 天使之息吹エリアヒールは届いていたが状態はあまり良くなさそうである。

 煌は脚に力を入れ、力を少し解放する。

 

 「10%」

 

 床にひびを入れながら跳び出すと、一瞬にしてサイードの横に立っていた。

すぐに天使之吸気リフレッシュをかける。足は欠損したままだが、ヒールにより傷口は完全に塞がっていたため後回しにすることにした。

 毒の抜けた四人に、今にも喰らいつこうと地響きをたてながら近づいてくるデザートドラゴン。

 煌は相手になるために体を向き直した。 

 

 「でっけーな」

 

 緊張感のない一言である。

 

 「一応聞くけど、見逃してくれません?」

 言葉が通じるかどうかも分からないがデザートドラゴンへ質問した。

 

 「グガアアアァァァァァァ!!!」

 

 言葉が通じようが通じまいが答えなど決まっていた。

 腹の減っている猛獣が餌を前にして素直に見逃すはずなどない。捕食すべく攻撃態勢に入った。

 まず機動力を削ごうと、煌の足を狙い先制の砂の砲撃サンドブレスを放った。

 一本の柱のように見えるそれは、一粒一粒が鋭利な刃物のような形状をした砂の粒子でてきている。

 高速で発射されたブレスが煌を襲った。

 くらえば一瞬にして塵と化す。少しかすっただけでも、無数の刃物で斬られたような傷を負う。

 煌はマハムード達が固まっている場所とは反対側へ回り込むように回避した。

 しかし、直線攻撃のブレスは煌を追いかけるようにうねる。デザートドラゴンが顔を動かし、ブレスを無理矢理ねじ曲げていた。壁を抉りながら煌を追随する。

 

 「50%」

 

 煌は本来の力の半分を解放した。


 転移して5年という歳月が流れた。

 来た当初は元の世界の半分の重力しかないこの世界で、力加減が分からず、ただ生活するだけでも悪戦苦闘していた。

 そして日々の練習により、力の制御に漸く成功したのだ。

 普段は力の殆どを封印しており、解放することがあってもせいぜい20%程であった。

 

マハムードとの模擬戦でも30%くらいであったのだが、デザートドラゴンにはそれでは敵わないだろうと、煌は予想した。

 そもそも世界七竜とは単身で挑むべき敵ではないのだ。

 クレイジーイーターやミノタウロスとは実力に雲泥の差がある。其ほどまでにドラゴンというのは強敵なのである。

 

 煌は瞬速の動きでブレスを置き去りにし、かと思えばデザートドラゴンの横っ腹へ位置をつけた。

 

 「正拳突きぃ!」

 魔闘気を一瞬にしてこぶしへ収束し、鋼鉄より硬くなった拳を横っ腹へ叩きこんだ。

 

 激しい打撃音がこだまする。

 しかし、撃たれた当の本人はそんなものは意に介さないといった顔をしている。

 無傷ノーダメージであった。

 ドラゴンの皮膚は硬い。地球上で一番硬いウルツァイトよりも、幻の鉱物オリハルコンよりも。

 

 デザートドラゴンはその巨大を俊敏にぶんまわし、体当りをする。致命傷にはならないとは思っていたが、50%上乗せした『正拳突き』がまさかのノーダメージに煌は驚き、一瞬硬直していた。

 体当りに態勢を崩す。

 しりもちをつき、投げ出された足へ巨大な尻尾が降り下ろされた。

 煌の耳と、体の中を通って脳内へ直接聞こえる肉と骨の潰れる音。

 両足の腿から下が無くなった。

 そして魂に染み渡るような激痛が煌を襲う。

 

 「ぐあぁぁぁぁーーー」

 

 ニヤリと口角をあげたように見えるデザートドラゴン。

 

 「…ハァハァハァ」

 短く息を切らし、脂汗が止まらない。

 煌は両肘で体を起こし足を見る。

 (…今のは…やばかった。本気でやらないと殺られる!)

 

煌は痛みを堪え集中する。

 「大天使之慈悲リザレクション

 金色のオーラが発現し翼を正面に交差させた大天使を顕現した。

翼を広げ光の粒子と金の羽が宙に舞い煌の足を柔らかく包み込むと、傷一つない足に戻っていた。


 

 ━━━━第二ラウンドの開始である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る