第21話 煌の探索
━━━遡ること一時間前。
「━━━途中から数えてなかったなぁ。今は、10階くらいか?」
煌はピラミッド迷宮の地下10階へと辿り着いていた。
ここまでにポツポツとモンスターはいたが、脅威ではなかった。遠距離攻撃の方法はなく、素手で殴り倒した為に手が少し痛くなった以外は順調な探索であるといえた。
これまでと同じように問題なく通路を進み、階段を見つける。その階段手前右手に、天井からオレンジの仄かな灯りが地面に刻まれた魔方陣をゆらゆら照らす小部屋へさしかかった。
「見覚えがある感じだなぁ……」
前回と同じような造りではあったが、部屋名を表すようなものは掲げられてはいなかった。
転移することは間違いないだろうとは思うが、何の部屋なのかは不明だ。調べようもないし、今はその時ではないと先を目指すことにした。
そして、11階へと下りた。
煌はこれまでと同じ感覚で進んでいく。
ずっと変わらない石壁の風景。少ないモンスター。
突入時にあった緊張感はほとんどなくなっていた。
煌はここまでほぼ安全に進むことができ、頭からは罠があるかもという考えが、完全に消えていた。しかし、それこそが罠であった。
(何階まで下りれば終わるだろ?……今、みんなはどの辺なんだろうな)
さくさくと探索は進み、ハイペースで進んでいるのたが、これといった脅威もなく代わり映えしない風景に、煌は体感的には実際よりも長く感じていて、既に飽き始めていた。
そんなことを考えながら歩いていると、二股の別れ道へとさしかかる。
(う~ん……左か右か…左かな)
足跡も目印にはなるようなのも無い。特に何でというわけではなかったが、強いて言うなら何かの気配がする気がするといった程度で煌は左を選んだ。
20歩進む。
すると、足の裏に違和感を感じる。何かを踏んだ。いや、踏んだというよりは押し込んだ。煌はそっと足を上げてみると、地面がへこんでいた。窪みができていたのである。
瞬間。
風切り音が聞こえ、煌は咄嗟に前に転がる。
━━ストッ
煌が立っていた地面に刺さる矢。
転がった勢いを殺さずにそのまま走る。
さらに矢が降り注ぐ。
ストッストッストットトトト━━。
「くっ! 罠かよ! しかし、何本射るんだよ」
煌を追いかけるように降り注ぐ矢は、百メートルほど地面に矢の道を作り、やがて終了した。
「はぁ…はぁ…。罠はやっぱりあるのかよ! 今までそんな素振りすら無かったのにっ! 痛ってーし」
見れば矢が一本、足の裏腿あたりに刺さっていた。
その場で跳ね、足の具合を確かめる。
「罠があるとなると、慎重に進まないとか」
とりあえず進もうと歩み始めた矢先、目の前がぐわんぐわんと揺れた。立っていることもできず、へたりこむ。と、思ったら嘔吐をし、ゲエーゲエーと止まらない。
(……っくぅ━━、これは毒か……?)
煌は苦しさから土下座のような格好をしながらも、冷静に分析していた。
矢じりには毒が塗られていた。少し傷をつけただけでも致命傷になるような猛毒である。
このような世界になり毒消し草は手に入るようになった。
しかし万能ではないし、特効薬でもない。弱い毒になら効くかもしれないが、気休めと言えるだろう。
つまり、血清を受けれる状況にないこの迷宮では、毒は致命的であった。
(…くっ)
「
━━━毒や石化、麻痺など、全ての状態異常を治す煌のスキルである。
煌の周りの空間が揺らぎ、金色のオーラが発現した。金色の輝きは煌の背後へ収束し、瞼を下ろした巨大な天使の顔が顕現する。同時に煌は優しい風のような蒼いオーラに包まれた。
光の粒子が宙に舞い、目を閉じたまま天使は口を開き息を吸い込む。すると、糸を紡ぐように口へと蒼いオーラは吸い込まれていく。それと共に体から毒が抜けていった。
「ふぅ。……今のは危なかった」
今度こそ本当に一息をつく煌。壁に背をつけ寄っ掛かると、奥からふわっと肉が腐ったような臭いが漂ってくる。
そちらに目をやれば……人影である。背が異様に低い誰かが壁にもたれかかっていた。
(……なんだ?)
薄暗くよくわからない為、ストレージからランプを取りだし照らす。
すると、下半身はなく顔の一部は白骨化しているが、知っている顔がそこにいた。
「ハ、ハキムさん!」
煌は呼んだ。上半身しかなく、正常ではないと分かっていても。
「う"あ"あ"ぁぁぁ」
そこにいたのはゾンビへと変異したハキムであった。
煌の声に反応し、呻きながら腕だけでずりずりと這いずって向かってくる。
「ハキムさん……何でだよ」
煌はそっと近づく。ハキムだったものは獲物を捕まえようと腕を伸ばし、噛みつこうと必死になっているように見えた。
眼球は白く染まり、カチカチと歯を合わせる度にポロポロと歯が抜ける。皮膚はただれ、人間の色をしていない。
「…ごめん、ハキムさん」
ナイフを取りだし構えた煌は、後頭部からそっと刃を刺し込んだ。
腐った皮膚も弱った骨も、何の抵抗もなく刃を受け入れた。ぐっと根元までナイフが刺さると、ハキムは伸ばしていた腕も頭も全てを地面に乗せ、本当の終わりを迎えた。
煌はハキムが消滅するまでそこに佇んでいた。
ぼろぼろになった服とデバイスのみを残し、空気中に溶けるように消えてくまで。
無言のままデバイスを拾う。何でここにハキムが居たのか、その手がかりはないかと、電源をオンにし確認してみることにした。
ボイスメモに2件の録音があることに気付く。
━━━《ニケンノロクオンナイヨウガアリマス。サイセイシマス イッケンメ ピー》
あー、儂はハキムじゃ。
息子のモハメドが家にピラミッドに入ってから数日が経った。
ピラミッドの前で毎日待っているが、一向に出てこんのじゃ。
中にはモンスターがいるから、もしかしたら死んどるのかもしれんし、どっかに飛ばされたのかもしれん。
儂はデバイスをある人から貰うことができたから、これから息子を捜しに中に入ろうと思う。
これから儂に何があろうとも、儂の責任じゃ。
《ピー イッケンメシュウリョウシマシタ ニケンメ ピー》
………ハァ……、ハァ………
……儂はもうダメだ。モンスターに攻撃をくらい罠にもはまってしまった……。
もう、すぐに死ぬだろう…。もし、これを見つけ聞いてくれた人がいるならば…、息子に伝えてほしい。
すまぬと。見つけることができず、すまぬと…。
……お前の母を救うことができず本当にすまなかったと。
儂が一緒にいれば…、儂が先に声をかけていたならば…咬まれることは…なかったのに…。…すまぬ…。…すまぬ…。
モハメドよ…ゴフッ、無理はせず幸せに…ハァ…ハァ…達者…に暮…ハァハァ……らせよ…。お前が…ハァ…ハァ…どこにいった…のか…分からない…ことが心残り…じゃが…ゴホゴホッ、…お前の…ことだから…ゴフッ…元気…に…している…ことと思…う…。
……儂も…母さん……も…お前…の…幸せだ…けを…願って…お…る…ぞ…………。
《ピー サイセイガシュウリョウシマシタ》
煌は聞き終え、心痛から涙を流した。
短い間ではあったが大変良くしてもらい、家族のような温かさをハキムに感じていた。その家族を喪ってしまった。
そして、何もよりもその原因が良かれと思ってした
もちろん、知っていたなら止めたし、あげることもなかった。
知らなかった。考えもしなかった。想像すらしなかった。
それがさらに心を痛める。
デバイスを差し上げることで引き起こる危険性。彼が探索や討伐に身を投じる可能性。全く帰宅しない日々。
早くにピラミッド探索をしていれば何か変わっていたかもしれない可能性。
全ては、たら、れば、である。しかし、その悲しみはあまりに大きかった。煌に後悔の念を抱かせるほどに。
煌はハキムのデバイスをストレージにしまう。いつか息子のモハメドに会った時に渡すために━━━。
煌は数分そのまま黙祷し、袖口で涙を拭い、先へ進むために歩き始めた。
とはいえ、罠がどこにあるかわからないのだ。ペースは遅い。
煌はファイターにより、気配察知や身体能力は飛躍的に上がっているが、罠に対する知識もスキルもないのである。
「罠って、スイッチもセンサーも大体は床か床近くだよな。
試してみるか」
歩けば罠にかかる。走ってもかかる。ならば、煌が考えうる方法は作動した罠を受ける前に素早く走り抜けるか、作動しないところを走るかしかない。
煌にはファイターで飛躍的に上がった身体能力に加え、
煌の選んだ選択肢は━━━、両足にぐっと力を込めて、床石を踏み壊す勢いで跳び出した。
ぐんぐんと床と天井の景色が通りすぎ、風の鳴る音が耳元にする。
煌は壁を走っていた。最高速度を出せばもっと速いのだが、行き止まりや曲がり角があるから、床に落ちない程度に速さを押さえている。それでも眼にも止まらない速さではあるが。
たまに現れる敵無視するか、ワンパンチする程度で粉々となった。
後方へと振り返れば、無視した敵の中に追ってこようとする者もいたが、全く追い付かない。すぐに差はひらいていく。
走り続けて数分ほど経過した。
煌は息切れ一つせず、階段へと辿り着く。この速さでは走り続け疲れを一切見せない煌は、ファイターの恩恵だと思っているが、その認識は誤っていた。普通の人がファイターになっただけならばこうはいかない。
煌だからこそ実行できる行為なのである。
ストレージから水筒を取りだし一口飲む。
それをまた仕舞うと、屈伸運動をする。
「大丈夫そうだな。━━一気にいくぞ」
休憩はそこそこにまた走り出した。
曲がり角で壁が来れば跳躍し、正面の壁に着地し勢いを殺さずに走り出す。敵が来れば同じように倒すか無視。罠は一切発動することもない。行き止まりならば戻り、別れ道も迷わず進む。
煌は、この勢いならオリンピックで金メダル取れるんじゃないかと考えたりもしていた。
実際、オリンピックに出場すれば金メダルは間違いないだろう。そればかりか、後にも先にも煌のタイムに追い付ける者はまずいないと言える。
順調に進むこと数十分━━━。
18階へと到達していた。
「さすがに少し疲れたな。どこか━━おっ、そこの小部屋がいいな」
煌は、降りてきた階段から数分進んだ場所へ、大人が一人横になれる程の大きさの小部屋を見つけた。
ドアもなく何の変哲もない部屋である。壁に背をつけ座り込んで、ストレージから飲み物と食べ物を取り出した。
そこまで空腹というわけではなかったが、ここまで集中していたからか、糖分が足りないように感じた。
少しの糖分をと思い、口に運ぼうとした矢先、背中からガコンッと音が聞こえた。
「━━ッ!」
壁と地面がひっくり返る。
急に背中を預けていた壁がなくなり、煌はなすすべもなく言葉にならない言葉を発すると共に深い闇へと転がり落ちていった。
そこは最下層まで一直線に繋がる落とし穴だったのである。
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