第20話 ホセイン商会とイブラーヒム一族

━━━ホセイン商会


 香辛料や生地、オイルを主商品として取り扱う。

 小売商のような「商人」ではなく、この国で初めて作られた貿易商であり、元々は厳しい戒律をもつ由緒正しき商会である。

 

 初代頭主のホセインは若き青年時代からやり手であり、僅か一代でエジプト一番の商会へと成長させ、業界でその名を知らしめた。

 そして、現在はエジプトの数ある商会を一手にまとめる巨大組織へとなったのだった。

 

 と、そこまでは表向きに知られている話。

 

 現在では裏業界で武器商会としての名を広めていた。

 もっとも、そこでは商会の名は違ったものとなっている。

 

  先代が亡くなり、その息子ジャラールが商会を引き継ぐことになったのが数年前。ジャラールも商人としての才覚があり、先代以上に繁栄し、商会を拡大させていった。


 妻ができ、子供を二人もうけ、順風満帆と言える生活を送っていたジャラールだった。

 しかし、娘の誕生日祝いにと家族で外食に出掛けた晩のこと、辺りには人気がなく静寂な道を歩くその帰り道、暴漢に襲われたのだ。商人として育ち、戦闘訓練を受けていなかったジャラール。その日は護衛をつけておらず、なす術もなく殺されてしまった。妻も惨殺され、娘二人の尊い命も奪われた。

 

 襲った犯人は捕まらず、憶測だけが広まった。

 最初は路上強盗と思われたが、金品はそのまま残されていたことからその線は外れた。同業者のライバル会社、怨恨、地位を狙う部下もしくは関係者、その他諸々…しかし、犯人は浮上せず、最終的に現大頭領ジャリル・イブラーヒムの父、イブラーヒム前大頭領がその地位を磐石にする為にジャラールを勧誘していたのだが、それを拒み傘下に入らないことに怒り殺害したのだと、そんな噂がいつの間にか事実として市民に定着していった。 

 

 ホセイン商会は一夜にして壊滅的打撃を受けたのだった。

 事件現場をいち早く発見したのは、当時大佐にはまだ就いていなかったアブタラである。後釜として、何故かそのアブタラが頭首となり、ホセイン商会を経営していくことになる。

 

 ┼┼┼

 

 「━━何でですか? どうしてこんなことを……、……サルマさん……」

 

ノーラは腹の傷を手で押さえつつ、両膝と尻を地面についている。サルマを見上げ、その表情を見ようとするが暗くよく見えない。

 「………ごめんなさい……。……どうしても、どうしてもイブラーヒム一族は許せないの……」

 

 ノーラは目尻をピクッとさせる。

 

 「………サル…マ…さん…、あ…なた━━━」

 

 「よくやりましたね! サルマさん! ブラボーブラボー!」

 

 言いかけたノーラの言葉を遮り、アリがパチパチと拍手をしながら近づいてきた。

 

「……ア……ん…?」

 

 ノーラは既にしゃべれないほどに毒が回っていた。

 

 「あと、もって数十分といったところですかね。 あ、なんで?と言った顔してますね、━━護衛官さん?」

 

 アリはノーラを見ながら倒れているダニヤへと近づいていく。

 ローブを剥がし、隠されている顔を露にした。

 まだ幼さが残る女性で、かろうじで息をしている。

 

 ノーラはもう完全に声が出せないため、何かを訴えるような眼でアリをみている。むしろ、その顔は驚きに充ちていた。

 

 サルマは少し手を震わせ、無言でナイフについた血を見つめていた。

 

 「ノーラさん、少しだけお話しましょうか。こちらのダニヤさん━━いや、ダニヤ・ジャリル・イブラーヒムを殺すことがサルマさんの目的。そして、迷宮のクリア報酬をもらうことが私の目的です。 ダニヤさんだけならいつでも殺れたんですが、それじゃ意味がないんですよ。 一族を同時に葬らないと、後々やっかいになりそうなんで。軍隊もこちらへ向かい戦力の落ちている今頃、デススコーピオンが、それに襲われたジャリル・イブラーヒム大頭領とイブラーヒム前大頭領も死んでると思います。あ、ゾンビになってますかね?」

 コロコロ笑いながら上機嫌に話をするアリ。

 アリは未だに震えているサルマから、そっとナイフを受けとる。

 そして、そのまま自分の持つナイフとサルマから受け取った二本のナイフをサルマの腰に突き刺した。

 ナイフを抜き取りストレージへとしまうアリは、笑顔を崩さない。

 

「………なんで……」

 

そのまま訳もわからず、地面へと崩れ落ちるサルマ。

 

 「すいませんね、サルマさん。ここでは誰も生かして帰すなとの命令でして━━。でも、復讐も果たせたことだし、本望ですよね?」

 アリはニコニコと笑顔を絶やすことなく、腕を後ろに組み右に左にと歩く。既にノーラのことはどうでもよく、そして、話を続けた。

 

 「これで問題なく大佐が報酬を手にすれば、次期大頭領へなれるんですよ。ライバルになりそうなのは元々現大頭領くらいなものでしたし。商会を手に入れ、金も名誉もあり、ここの報酬で力も手に入れた大佐は大頭領という権力も漸く、ふははは━━あ、商会のことですがサルマさん。最後なので教えおきますが、犯人はイブラーヒムではなく、大佐でした。間違ってすいません。大佐━━アブタラ・ホセインはジャラール・ホセインの実兄でして、サルマさんの叔父です。生き残りの親族であったからこそ、商会を引き継げたんですねー。いやー、謎が解けてよかったですね、サルマさん」

アリは全く悪びれた様子もない。

 

  「━━う、うそよ。そんな………うそ……なんてことを…い、妹はどうしたのよ!?……ち、治療は?━━ゴホッゴホッ」

 消化器官を傷つけられ、血を吐き出すサルマ。

 

 「妹さんには会えますよ、もうすぐね」

 

 アリはピタッと足を止め、指を天に向けた。

 

 「うそ!うそようそうそ」

 

 「ほんとですよ」

 アリはこれ以上ないくらいの笑顔を見せる。

 

 「うあぁぁぁぁーーーーー」

 サルマは怪我していることはどうでもいいかのように取り乱し、声にならない声をあげた。

 

 

 ━━━ジャラール・ホセインの娘二人は助かっていた。その二人とはサルマとその妹であり、そして現場をいち早く発見し、助け育ててくれていたのがアブタラであった。

 

 アブタラは二人に「生きているとわかれば犯人に狙われる可能性があるから黙っていろ」と言い、世間には一家全員が殺害されたと公表。そして商会をも手に入れた。親族としての正式な手続きの上商会を手に入れたのだが、親族ということは二人にももちろん、おおやけにはしなかった。


 サルマは怪我を負うことはなかったのだが、妹は襲われたことが原因で両足を失った。そして、この事件がきっかけとなり心的外傷後ストレス傷害も患っていたのだ。

 治療はアブタラが一手に引き受けると約束し、サルマには犯人であるイブラーヒムの姪の動向を探るようにスパイさせていた。

 復讐を望み、恩のあるアブタラには感謝していたこともあり、これまでずっとサルマはダニヤと行動を共にしていた。友人として、今はパーティメンバーとして。

 そして、アブタラはこの世界にかわり、殺人という行為がやり易くなったことで、基より渇望していた大頭領という座、それを奪う計画を遂行することにした。

 

 サルマには復讐する機会を与え、同じタイミングで大頭領へと刺客を放つこととなった。

  

 途中、サイードが怪我したことは意外であり、危うく戻ることになりかけたが、サルマの機転により最下層へと導いた。

 それ以外は全てが順調に作戦が進んだのだった。

 ちなみにアリが軍隊を連れて中へ入ったのは、事前に道や罠については知っていたが、モンスターはどこで出くわすか分からず、全てを一人で相手にするのは大変だろうと思ってのことである。最下層へたどり着けばもう用はなしであった。


  アリは報酬がある扉へと向かった。その足取りは軽快であり、無事にに任務を終えることができたことに気分をよくしていた。警戒心など、既に皆無である。

 

 

開かれた扉をくぐり抜けると、部屋の真ん中には大理石の様な磨かれた石の棺が一本あるだけであった。

 部屋は駄々広く、奥行きがわからないほどに薄暗い。棺だけにスポットライトが当たり、その雰囲気は寒い空気をより寒々とさせた。

 

 アリは棺を開けようと蓋に手をかける。

 

━━━その時、背後から不穏な空気を感じる。

 バッと振り向くアリ。

 しかし、そこは暗くよく見えない。

 目を凝らし、じっと見つめた。

 

 ゆっくりとゆっくりと光が顔に当り、現れるは━━竜。

 鮮やかな黄色に彩られた体表に、はめ込まれた黄金の瞳は砂漠の王者であるドラゴンの証。

 世界七竜の一角━━━砂漠竜デザートドラゴンが現れたのだ。

 

 「━━なっ!」

 

 アリは驚愕し顎が外れる。

 恐怖から腰が抜け、動くこともできない。

 

 「グガァァァァァァァーーーーーー」

 

 口を開き、綺麗に羅列した歯が見えたかと思えば、棺の中を一目見ることもなく、アリはおびただしい血液と膝から下を残しこの世を去ったのだった。

 

 

 ドラゴンはそのまま扉など気にもせず破壊し、広間へと出てきた。そして、また咆哮をあげる。それは、起こされたからの怒りなのか、ただ単に吼えたかっただけなのかは分からないが、空気きをビリビリと揺らす。

 

 「グガァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 そして、倒れている人間を目にする。

 一番近いのはマハムードである。ノシノシと近づいていく。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああーーーーーー」

 突如、ドラゴンの真上から声が落ちてくる。

 

 それはドラゴンの体にワンバウンドし、地面へと転がる。

 

 「━━━あいたたた………ん?ここは━━━」

 

 降ってきたソレは煌であった。

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