第19話 ミノタウロス

 ━━━戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 「レオッ! いくぞっ!」

 

 「ガウッ!」 

 

 レオが先行を走る。

 手足の筋肉を限界まで隆起させ、疾風の速さで迫る。

 マハムードも負けじと食らい付く。

 

 サルマ、ダニヤ、ノーラはその後ろから前進する。

 サルマとダニヤは遠距離からの援護射撃の届く距離。ノーラはその後ろで待機だ。

 

 遠距離攻撃の手段を持たないノーラはこの戦いにおいて戦力外。ミノタウロス並の大型のモンスター相手に戦う術を持ち合わせていないのだ。

 しかし、戦いからは逃げない。全身をカタカタと震わせようと、戦いに参加できずとも。

 

氷矢アイスアロー!」「火炎矢ファイアーアロー!」

 続けざまに放たれる魔法。

 氷は金棒と地面を接合させた。

ミノタウロスは迫るレオへ一撃を入れようとするも金棒が固定されて動かない。

 そこへ火炎矢がミノタウロスの顔面を捉える。ダメージというダメージを与えてはいないが、顔を歪ませ視界を奪った。

 

  「ガウゥゥッッ!」

 

 レオがミノタウロスへ到達する。

 そして、脚に飛び乗り、腕から肩へと飛び移る。と、同時にその頸椎へと牙を突き立てた。

 ミノタウロスの血飛沫ちしぶきと呻き声が上がる。

 血液の量に対して傷は大して深くはない。

 

 「うらァッ!」

 

 隙をつき、到着したマハムードが金棒を持つ手首へ斬りかかる。

 ━━━が、樹齢100年を越えた樹木のように太く、刃はくい込むが切り落とすには至らない。

 

 目が慣れたミノタウロスが怒りに拳を振るう。

 

 レオは既に地に下り立ち距離をあけている。

 

 抜けない剣を手放し、横転し拳を避けるマハムード。

 

 「切り落とすにはあの剣じゃだめか。━━ッ! おいおい……、なんていう回復力だよ……」

 

ミノタウロスの首と手首辺りから煙があがり、みるみるうちに傷が塞がっていく。刺さっていた剣も指で挟んで放り捨てた。

  

傷が完全回復するのを律儀に待つ者はここにはいない。畳み掛けるように追撃する。

 

 放たれるは氷矢アイスアロー━━顔面を狙った一撃だ。ミノタウロスは巨体とは思えない反応速度で対応する。

 首を捻り角で受けきった。

 続けざまに射たれた傷の癒えていない手首を狙った火炎矢ファイアーアローも、もう一方の手で掴み握り潰した。

  

 「回復が追いつく前に切り刻むしかないか」

 「あんなに大きいけど斬れるの? 剣も拾うに拾えないし」

 「やるしか━━ない!━━━火焔剣」

 

 サルマがどうやって剣を拾うか考えようとした矢先、手に燃え上がる炎の剣を具現化させたマハムードが疾駆する。

 

 「ブオオォォォォォォッ!!」

 

 吼えたミノタウロスは氷ついた金棒の先を蹴りつけ、まとわりついた氷を粉砕した。散弾のように広範囲に飛び散る氷はまともに受ければ致命傷になる。

 

 

マハムードは一切のスピード落とすことなく、剣を横に振るい進み続ける。

 散弾の蒸発した水蒸気を後に残し、ミノタウロスへと迫る。

 

 距離を保っているサルマとダニヤには全く届いていない。が、お返しとばかりに二人は魔法を放つ。

 

 「火炎玉ファイアーボール」「氷玉アイスボール」 

 示し合わせたように同系統の魔法が飛んでいく。

 ミノタウロスはスラッガーさながらに金棒を横薙ぎにした。

 フォームはメチャメチャではあるが、ホームランを打つヘッドスピードである。

 しかし、玉に当たる寸前で手が止まる。

 

 ━━━レオが横から飛び付き、腕に牙と爪を突き立てていた。

 鋭く伸ばされた爪は三本の長いブレードとなり、大木のような腕の半分ほどまで抉っている。

 レオは体が砂で出来ており、ある程度なら形状を変化することができる。硬く鋭く変化した爪は、そこらの剣よりも切れ味が良いと言えた。

 ━━瞬間、胸へと二種の玉が着弾する。激しい音を鳴らし、体勢を崩すミノタウロス。

 

「ガアァァァァァァッッ!!」

 

 先程とは比べ物にならないほどの低い唸り声をあげる。

 着弾面は炭化してる部分と凍りつき白くなっている部分が見え、焦げ付いた匂いが漂う。


 「レオ、ナイスだ!━━ふんッ!」

 

隙をついたマハムードが、切れかけた腕を完全に切り落とした。金棒を握ったままゴトンッと地面に落ちる腕。切断面は瞬時に焼かれ、出血は一切ない。

 


「うしっ!━━━そらっ、火炎竜巻ファイアートルネード!」 

 

落ちた腕をトドメとばかりに燃やすマハムード。凄まじい熱量をもち、呼吸する喉が焼かれそうになる程だ。

 

 自分の腕が焼かれ炭化していく様を目にし、ミノタウロスはいつの間にか叫んでいた呻き声を無くしていた。

 

静かに、ただただ静かに立ち尽くす。全身を脱力させていると、次第に皮膚が紅く染まりあげていく。切断されたままの腕を皮膚が覆い隠し、傷が塞がっていった。

 

 しかし、そのチャンスを見逃すマハムードではない。一気に

 距離を縮め斬りかかる。袈裟斬り、返す刃で横に薙ぐ。最後に鳩尾みぞおちを突き刺す。すぐにバックステップで下がり、様子を見た。

 

 「━━━ッ!」

 

 全くの無傷でマハムードを睥睨していた。

 無表情のようにも見える。

 

 マハムードはダメージを与えられなかったことに唖然とし、言葉にならない。本能がこいつは危険であると脳内に警鐘を鳴らす。

 

 ミノタウロスはゆっくりと落ちた金棒を拾った。

 真っ赤な双眸がマハムードに向けられた瞬間、体がブレる。

 金棒を目にもとまらぬ速さで横に振るった。

 マハムードは警戒を怠たったわけではないのだが、驚きからほんの一瞬だけ気を抜いてしまった。それが命とりになると知っているにも、だ。

 しかしそれを差し引いてもミノタウロスの動きは速かった。反応できたのはレオだけである。

 

ミノタウロスが金棒を振るったところでレオは飛び込んだ。

 マハムードと金棒間に体を滑らせ、形状を風船のように瞬間的に変えた。

 ━━レオの弱点はここにある。物理攻撃無効だが、それは体を砂に変化させ攻撃を透過させることでダメージを負わないようにしていた。

 しかし、身代わりになるような状況下において透過をレオはしない。誰かを守るときは身をもって攻撃を防ぐ。故に、このときのレオには攻撃が通ってしまうのだ。

 

 主人であるサルマが一番であるのだが、戦場を共にしてきた戦友であるマハムードが殺られるのを見て見ぬふりができなかった。


 振り抜く金棒がレオごとマハムードを吹き飛ばす。

 激しい破壊音が鳴り響き、壁を破壊していた。重なりあうように埋もれるマハムードとレオ。

 レオは起き上がることができないダメージであった。倒れ、ピクピクと痙攣をしている。虫の息だ。

 

 マハムードは口から血を垂らしているがレオがクッションになったおかげで、そこまでのダメージはない。

 

 「レオォォォォォォッ!」

「今はダメ。行ってもやれることはない……」

 叫ぶサルマ。取り乱し、今にも手当てに行こうとするがダニヤが抑えている。


  「━━私が行きます」

 

 今まで傍観していたノーラがレオの様子を見に走っていった。

 

 「レオ、すまない」 

 

 横目にレオを見やり、近づいていくノーラを確認した。

前を向き直しミノタウロスを睨むマハムード。

 口についた血を腕で雑に拭うと、身体強化の魔法を全身に行う。

 「━━殺す」

 一瞬目を閉じ、詠唱を始めた。

 

 「漆黒よりも暗き紅蓮の炎 我が手に集いし深淵の業火 我が身一つに成りて まことつるぎとならん 黒き焔を纏い 立ち塞がりしの者を塵と化せ━━獄炎剣ヘルズソード

 

漆黒の炎がマハムードを包み込む。黒い炎というよりも、それは闇だ。光を通すことのない暗い深淵の闇が全身から手の先へと集まり、影のような実体がない一本の剣を顕現する。

 炎であるが熱をもたない黒の剣。触れればそれが燃え尽きるまで闇が消えることはない。

 これは、マハムード最大の魔法であり、膨大な魔力を必要とする。故に、10秒程度しか維持できない。それに加え、一度行使すれば暫く動くこともできないのである。

 

 それをあっさり使うほどにマハムードはキレていた。レオがやられたことへの怒りと自分への不甲斐なさに。

 

 「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 強化された脚力により一瞬にして距離を詰め、ミノタウロス目掛けて跳躍するマハムード。地面が抉れるほどの力で踏み込む。

 ミノタウロスは反応していた。

 金棒を大きく振り上げ、目で捉えることができない速さで振り下ろした。風圧が地面を叩きつける。

 

 金棒に重さを感じない。

 マハムードを狙った金棒は取っ手を残し、熱せられたチョコレートのように溶けていたのだ。

 

 マハムードは金棒を溶かし、そのままミノタウロスの胸へと剣を突き刺し、その場から飛び退いた。

 ミノタウロスは叫び、胸にある闇を取り払おうとするが掴めない。熱くはないが刺さった箇所から炭化し、ボロボロと崩れていく。再生は追いつかない。

 

 そのままなす術もなく、全身を闇に覆われ真っ黒な炭へと姿を変えていった。

 

 「はぁ………はぁ………」


 両膝を地面につき、息を切らすマハムード。

 もう、魔力はなくヘルズソードを使用した反動で動くことができない。

 

 「おめでとうございます!マハムードさん! やりましたね!」

 

 後ろから唐突に声をかけたきたのはアリだ。

 

 「ミノタウロスを倒したからか、奥の扉が開いてますよ!これで終わりですね。 それとレオは命に別状はないみたいです」

 

「よかった………迷宮はこれで終わりか……はぁ……はぁ…」

 

 マハムードはアリを見る。ふと、違和感を感じるが分からない。疲労で頭が回っていないのだ。

 奥に目をやれば、確かにさっきまでは開いてなかった扉が全開していた。奥には宝箱ではなく、棺のような物が見える。

 

 マハムードは周りを見渡す。

 ノーラが介抱したであろう包帯に巻かれ、横たわるレオ。安堵から座りこむノーラと駆けつけたサルマとダニヤが見えた。

 

 「アリ、悪いが肩を貸してくれ。奥へ行こう」

 

 「はい!」

 アリはマハムードを抱えるように歩き始めた。

 

 「あっ、最後の仕事が残ってました!」

 

 突如、足を止めるアリ。

 なんだ?と言い、横を見るマハムード。

 ━━━ズブッ

 マハムードは腹に熱いものを感じた。

 下をみる。

 アリの手が禍々しい色したナイフを握り、腹に突き立てていた。

 あぁ、違和感はそれかとマハムードは思った。アリの動きが速いのだ。足を引きずっていたはずなのに、音もなく唐突に背後に来ていた。アリが元気なのだ。アリは重症だったはずなのに、それを微塵も感じさせない。肩を借りているが、それは到底無理だったはずだと。

 

 「マハムードさん、これでほんとに終わりです。報酬は貰っていきますね!ありがとうございました」

 

 腰を折り、頭を綺麗に下げるアリ。

 マハムードは何故なのか疑問をぶつけたいが言葉がでない。

 

 「あ、喋りたかったですか?すいません。そのナイフ、毒の効果を持つマジックアイテムなんです。即効性で筋弛緩効果もあって、喋れなくなっちゃうんですよ。でも、神経にも働きかけるから苦しまなく死ねますんで!ではっ!」

 

 言葉とは裏腹に無表情のアリ。

 マハムードは首の力を振り絞り3人を見る。警告したいが声が出ない。

 

 「━━何でですか? どうしてこんなことを……、……サルマさん……」

 

 しかし、聴こえてきたのはサルマにナイフを突き刺されているノーラの声と、その横に倒れているダニヤが目に入った。

 

 それを最後にマハムードは意識を手離した。

 

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