第18話 当日3
レオに先行を頼み、代わりにサイードを担ぐマハムード。
後ろから頬に感じるサイードの吐息は弱々しく、全身を震わせていた。
(これは痙攣か……?)
「おい、キングセンチピードは針にも毒はあるのか?!」
「あると思います。 もしかして痙攣が始まりましたか…?」
追随するノーラが後ろから声をかける。
「━━━そうだ。 どうしたらいい?」
「毒消しをありったけやってこれなんで、……切るしかないです…」
「……くそっ」
眉をひそめ歯を食いしばるマハムード。
「時間はあまりありません」
「レオ、止まれ! サルマ!ダニヤ! 話しは聞こえていたな? レオは前方、二人は後ろから敵がこないか見張っていてくれ! ノーラ、俺が切るから、後処理を頼む」
「わかったわ」
「うん」
レオは足を留め、すぐに前を警戒する。
サルマとダニヤも切らした息を整えつつ最後尾で敵の気配に注意した。
「わかりました。 一分お待ちください」
ハンドスキャンでサイードを診察する。ヴリュードへ結果を写しだすが、やはりバイタルの値は悪い。
ストレージから増血剤と消毒薬、麻酔薬、栄養剤に真っ白な包帯を取り出す。そして両手を広げ天に平を向けた。
「
イメージした道具がノーラの掌へ具現化された。メス、注射器、手術針と手術糸だ。
すぐさまサイードの片足の生地をメスで破き足を露出させ、つけ根より直ぐ下を糸でぎゅっと縛り上げたかと思うと、麻酔薬を注射する。
そして顎を押さえつけ、口を開ると増血剤を流し込んだ。
「マハムードさんお願いします」
マハムードは剣を抜き大量の消毒薬を流しかけた。
糸に縛られた場所と針に貫かれた傷の間に狙いをつける。ヒュンという風切り音が聴こえたかと思うと、綺麗に足を
それを見たノーラは、同じ消毒薬を両手に塗り込む。
「━━━いきます」
ス━━ッと息を吸ったかと思うと、両手が目にも止まらない速さで傷口を縫い上げていく。機械的であり、寸分の狂いもない。血管の口を閉じ皮膚を縫い合わせキュッと縛る。
レオは警戒を怠らないが、それ以外の全員がノーラの神業に目を奪われ息を呑む。何度も立ち会い見たことがあるのだが、その度に驚いてしまう。それほどに神がかっており美しく芸術的だ。
手際もよく、判断力も早い。ノーラは
ノーラは、ふぅと息を吐き最後に栄養剤を注射し手術を終えた。
「━━━とりあえずは大丈夫かと思います。 それでもあまり時間はないので先を急ぎましょう」
ほっと安堵の溜め息を吐く一同。
「━━よし、では先を急ぐぞ。レオ、サルマは先行を頼む。ダニヤとノーラは後ろを」
そう言いつつサイードを担ぐマハムード。
気を取り直しての出発となった。
┼┼┼
それから数十分と経ち、罠は相変わらずレオが、敵はレオとサルマの連携で問題なく対処していった。
━━そして30階へと到達する。
階段を下りると、その部屋は鉄分の臭いが充満していた。
階段を下りる途中から既に匂いを感じてはいたが、下りてみればそれはあまりに濃く、すぐに血溜まりが目についた。
奥の扉前には血に濡れた軍服を着用する者が
それを見たマハムードはすぐに呼び掛けた。
「おい! そこのお前、どうした?! 何があった?」
「そ、その声はマハムードさん?」
男は顔を上げマハムードを見る。
「━━アリか?」
「はい……。……あぁ、良かった。もうダメかと……」
距離がありよく聞き取ることができない。
「よく聞こえないな。サイードはここに1度置いていくぞ。一緒に待っていてくれ」
「マハムードさん。彼は怪我してるかもしれないので一緒に行きます」
「じゃあ、ノーラ以外はここに居てくれ。行ってくる」
サルマとダニヤは小休憩とし、ストレージから飲料水を取り出した。
サイードは横たわり、レオが近くで温めるように体を丸める。
マハムードとノーラがゆっくりと進むと、アリも腰を起こし、片腕を押さえ足を少し引きずるようにして歩いてきた。
「アリっ! どうした?!」「アリさん! 怪我してるんですか?!」
押さえられている手を前に突き出し、大丈夫とアピールをする。
「怪我は大丈夫です。 とりあえず死にはしないんで」
と、やせ我慢をしているかのように苦笑いをするアリ。
「そんなことよりも、部下の斥候が調査したところ此処が最下層であると判明しました。 中には生命反応もあります。 もう、私一人ではどうすることもできないのでお願いします」
「その部下達はどうした? 何があった?」
「ウゥ……じ、実は━━━」
アリは、途中の罠で仲間を一人失ったこと、アリ自身も怪我したこと、ここに辿り着いたが、仲間が罠に嵌まり全員命を落としたことをマハムードとノーラへ説明した。
「━━━というわけなんです……ウゥゥ…」
そして、一人ではどうすることもできず、マハムード達が来てくれることは信じていたので此処で待っていたと続けた。
「……そうか。 仲間のことは残念だったな…。 お前はこのまま休んでいろ。━━後のことは俺に、俺達に任せろ」
アリは涙を拭い、力の籠った目でマハムードをみやる。
「嫌です! 僕も行きます! 何もできないけど……でも、それでも見届けたいんです。 お願いします! 遠目に見てることしか出来ないかもしれないけど、連れていってください」
アゴヒゲを擦りながら思案するマハムード。アリの顔を見れば必死であることが窺えた。
「………わかった。 その代わり、入口で待機していろよ? それからサイードもそこに連れて行くから看ててくれ」
「わかりました」
┼┼┼
扉の前へと移動した一行。1度作動した罠は暫く動かないのか、天井が落ちてくることはなかった。
サイードはレオが背中へと乗せ、アリはマハムードの肩を借りての移動となった。
「いくぞっ」
マハムードがその分厚い扉を押し込んだ。ギギギと重々しい音をたて、両開きに奥へと開いていく。
開ききると、中から白い冷気が流れ出してくる。
これまでとは明らかに違う空気がそこにあった。
寒々とした雰囲気の中、ゆっくりと歩みを進めていく。
「アリはこの辺りで待っていろ。 サイードのことは頼んだぞ」
「わかりました。 マハムードさん!皆さん!絶対死なないで下さい」
「あぁ! しなねーし、誰一人死なせはしない」
マハムードは拳を握り、アリとそれをぶつけ合う。
サルマ、ダニヤ、ノーラはアリの言葉に頷いた。
レオは既に前を見て警戒をしていた。
広間はこれまでに見たことない程の大きさであり、サファイアのようなものが細かく壁に埋め込まれ、淡く輝く青い光が深い闇を押し退けている。至るところに尖った巨大な鍾乳石が上からも下からも生えていた。
そして、その中央にはビルの2階相当の大きさを誇るモンスターが鎮座していた。纏う空気は凛として冷たい。目を閉じ戦いに挑む者を待ち構えていた。
手にはトゲの付いた巨大な金棒を携え、頭から湾曲した二本の角を生やす牛の鬼、
「こいつはァ! どえらいもんが出てきたなァ!」
ミノタウロスは推奨討伐人数20名で本来挑むべきボスモンスターである。
「マ、マハムードさん、……逃げますか?」
カタカタと小刻みに震えているノーラ。ミノタウロスに相対した恐怖なのか、この冷たい空気に依るものなのか。
「それはもう無理だな! 見ろ!」
マハムードが指差す方を見ると、ゆっくりと閉じていた目を開けるミノタウロス。真っ赤に煌めく
すると、どこからともなくフロアに響き渡る声。
《試練ニ…挑ミ…シ…者達ヨ…力…ホシク…バ…力ヲ示セ…》
「ヴォォオオォォォ━━━━━━!!」
ミノタウロスが天に向かい咆哮し、戦いの狼煙をあげた。
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