第17話 当日2

エジプトにおいて2強と言われるモンスターがいる。

 孤高にして狩りの名手、砂や土の上では無類の力を奮う砂の猛獣王

━━━砂獅子サンドライオン

 

 そして、見た者全てが恐怖する世界七竜の一角。絶対的強者にして砂漠の絶対王者

━━━砂漠竜デザートドラゴン


 この2強はお互いのテリトリーを侵すことはしない。その力を認めあっており、相対すればただでは済まないことを本能で知っているからだ。 


 

 ┼┼┼ 

 

 マハムードとサルマの相棒の砂獅子サンドライオンのレオが先を行く。

 すぐ後方にサルマとサイード。

 さらに後ろにノーラとダニヤいったパーティー編成である。

 

 外界との温度差は35度以上。流れた汗がスーッと退いていく空気に冷やされた石壁が、ここを別世界の様に感じさせる。マハムードは一歩踏み込んだ瞬間にそういう印象を抱いた。

 

 世界が変わってしまったことに対する探究心と、迷宮で得られるものへの探求心。

 そしてこの未知なる空間への好奇心とが混ざり合い、マハムードは感情が高揚していた。

 それでいて当初の目的も忘れていない。ここのモンスターを殲滅し平和を勝ち取るということを。実際、平和になるかどうかは分からないが、エジプトが元の平穏な生活に少しでも近づける第一歩になればと。

 

 一階、二階と下りるもモンスターは1体として現れない。

 その後も遭遇することなく10階までハイペースで辿り着く。

 

 もしかしたら軍隊の連中がクリアしたのではと、頭を過る。

 

 さらに進むこと15分。ここまで同じように階段を見つけるが、階段手前、右手に円形に切り取られたような小部屋にさしかかった。扉はなく、ゆらゆらと天井からオレンジの仄かな灯りが地面に刻まれた魔方陣を照らす。

 

 「これは転移陣だな。話通りなら他のダンジョンへ飛ぶ可能性が高い。決して入るなよ」

 

 一行は横目に流しつつ10階を後にした。

 

 そして、11階からは罠が現れ始めた。斥候や盗賊のようなトラップに対するスキルを持つ者が一人もいない。

 時間をかければ発見できるが、時間の惜しい一行は基本的に物理攻撃が効かないレオに先頭を任せた。

片っ端から罠を作動させていくレオ。躊躇ちゅうちょなく前進していく。

 下から突然現れる天井まで届く巨大な剣山。横から飛ぶ毒矢に火炎の柱。レーザーの格子にチェーンの付いた半月型のギロチン。全てを正面から受けるが、一切ダメージを追わない。しかし、さすがに落とし穴には一瞬焦った一同である。

 進めば、ちらほらとモンスターも現れ始めた。

 レオが鋭い牙で咬みちぎり、マハムードが斬り倒していく。

 

 道も一本道ではない。

 幾度と分かれる道。行き止まれば戻り、進んだかと思えば元の道に戻ることもしばし。

 

 繰り返すこと数十分。気がつけば、マハムード一行は20階へと到達していた。

 

 「疲れたわね。少し休憩しない?」

 

 黒い艶のある髪を手で後ろにまわしながらサルマが提案する。

 

 「そうだなー。ただ、こういう道ばかりでオチオチ休憩もできないんだよな。部屋みたいのがあればな」

 

階段を下りて見えるのは直線の道だ。小部屋があり次第、休憩しようと言うマハムードに全員が同意し、先を急ぐことにした。

 とりあえず同じように進み続ける。右へ左側へ時にはY字の別れ道を勘で選ぶ。

 すると、少し開けた道へと辿り着く。直線は奥に続いているが、左側に脇道が見える。道が狭いが目を凝らしてよく見れば、横壁は途中で切れていた。奥に部屋があるのだ。

 

 「休憩できるか見てくる。少し待っていてくれ」

 

 周りの返事も聞かずにさっさと行ってしまうマハムード。

 

 部屋に入ると、そこは薄暗いのたがその部屋の中心にポツンとあるのは宝箱だ。

 そこだけスポットライトに照らされ、金の縁取りが眩しい赤色の典型的な宝箱が不自然に置いてあった。

 

 「これは……、罠……だよな」

 

 「グルルゥゥ」

 

 マハムードの独り言にいつの間にか隣に来ていたレオが返事をした。

 

「おーい、どうでした?」と、大きな声でサイードが近づいてきた。後ろからは他のメンバーもついてくる。

 

 宝箱を見た一同の意見は二つに一つ。開けるか、開けないかだ。

 アゴヒゲを擦りながらう~んと唸っているマハムードを見て、いやいや、開けないでしょ!と顔に書いてあるノーラが言った。

 

「それは後にしてとりあえず休憩にしません?」

 

全員が肯定し各々休憩とした。横になるもの、ストレージが取り出し飲食するもの様々だ。

 

 サルマは目を瞑り思い出そうとしていた。

 (宝箱……宝箱……うーん……何だっけな……宝箱が何とかって聞いたような……ダメだ、思い出せない)

 

 10分が経ち、サイードが立ち上がり宝箱へと近づいていく。

 

 「罠っぽいけどさ、お宝入ってるんじゃね?折角、ここまでき来たわけだし、この先何もなかったら手ぶらだよ?」

 

 そう言いつつ宝箱へと手を伸ばしていく。サイードの顔はそのパーツ一つ一つが小躍りしているように興奮していた。

 

 あっ!と、何かを思い出したようにサルマが声を出したが、既に遅かった。

 

 宝箱にサイードの手が触れた瞬間、周りに出現するモンスターの集団。

 巨大なムカデキングセンチピード燃えるような赤色の熊ファイアーベア、豚の顔した人型のモンスターオーク醜悪な見た目の獣アシッドドッグ。合わせたその数、実に20。見えない位置から聞こえる羽ばたき音も合わせたら、その倍はいるだろう。

 

 「ちっ、やっぱり罠か。 数もそうだが、やっかいな奴等ばかりだ。 宝箱はほっといて階段戻るぞ!下に降りる。レオ、道を空けてくれ。 みんな急げ!」

 

 「ガルァッ!」

 

 マハムードは走りながら指示を出す。すぐさま火炎剣を造りだし、手持ちの剣とで双剣になった。

 目の前のオークが斧を振り上げるが、それが振り下ろされる前にマハムードは十字に切り裂く。

 

オークが最期の断末魔上げ、それを機に場が動き出す。

 レオは牙を剥き、爪をたて目の前のアシッドドッグ3体を蹴散らしていく。

 生身で触れれば肌だただれてしまうが、レオには効果はない。

 さらにアシッドドッグは増え、酸の涎を垂らしながらレオに咬みつく。しかし、咬まれた部分は砂となりすぐに修復した。お返しにとレオがその胴体に食らい付き咬みちぎる。

 両サイドから連携をとる2体も両の爪で叩き潰した。

 高層ビルの屋上からスイカでも落としたかのように飛び散るのは脳髄だ。

 

 「後ろに壁をつくるわ━━━ファイアーウォール」

 

 横から前からの敵を蹴散らす全員の背後に、サルマの唱えた高熱の炎壁が燃え上がる。巻き込まれたアシッドドッグとオークはノロノロと数歩動いたかと思えばそのまま倒れる。室内の温度が一気に上昇していく。

 数匹のモンスターが炎を物ともせずに抜き出てくる。

 ファイアーベアだ。

 ファイアーベアは炎をものともしない。

 

 「アイスウォール」

 

 ダニヤが最後尾を行くサイードとファイアーベアの間に氷の壁を出現させた。

 詠唱破棄での魔法行使の為、強度がそこまで高くはないが足留めに成功する。

 さらに羽ばたき音のする上空へと続けざまに氷の散弾を放つ。

 

 「アイスショット」

 

 耳障りな声を発しながら、バタバタと闇へと落ちていくその何かは、近づくこともなく姿を消す。

 

 前方からもその腹を満たさんとするファイアーベアが大口を開けて突進してくる。

 相対するはレオだ。

 ファイアーベアが爪を一振りする。火に包まれた爪からは火の粉が舞う。避けることもしないレオ。爪の軌道で3本の炎が鞭となった。レオの体躯を切り裂くように打ち込まれるが、それは通り抜け地面に傷痕を作る。

 砂獅子は身体が砂でできている。これによりあらゆる物理攻撃を受けることはない。炎も酸もその体に傷をつけることは敵わない。

 レオは後ろ足二本で立ち上がり、ファイアーベアの両肩を前足で固定し、限界に開いた顎で咬みつき頭をもぎ取った。

 

 レオは足をベアから離しまた走り出すと、背後から巨体が地面に倒れる音が響いていた。

 

 先行を走るレオとそれに続くマハムードの力により、前方にはもう敵はオークが1体のみ。

 そのオークも、片手で持つ長剣が振り下ろされるよりも速く、マハムードの火炎矢ファイアーアローがその頭蓋に風穴を空けた。

 

 一行は息も絶え絶えに何とか来た道へと戻ってきた。

 

 レオ、マハムード、サルマ、ダニヤ、ノーラに最後尾がサイードである。

 

 「みんな無事?!」

 

 サルマが息をきらしながら訊ねる。

 顔には汗がびっしりと張り付いている。

 

 「サ、サイードさんがっ! 」


 ノーラは背後に指を向ける。

 ノーラはメスと魔力糸を使いオークを数体倒していた。しかし、その攻撃が効かない相手が目の前に現れた。

 このハウスで1体しかいない強者。全身黒光りする甲殻に黄緑と赤の線が毒々しく走る。足が体のラインに沿って百本並ぶ。口にある牙には猛毒が滴り、噛まれたら全身の筋肉が痙攣を起こし溶け始め30分で命を落とす。

ノーラの足元に滴る毒が煙を上げていた。

 

 そして、その牙が迫る寸前でサイードの助けが入ったのだ。

 サイードが相手にするのは━━━キングセンチピード、巨大ムカデだ。

 

 戦況は悪かった。防戦一方な上、追い付いたアシッドドッグとオークが周りを囲んでいる。

 幸いにして今は手を出してこない。最初に手を出そうとした数体がキングセンチピードの攻撃に巻き込まれたからだ。

 

「くそっ、このままじゃジリ貧だな━━くっ、体が」

 

 全身からの汗が止まらない。迫る牙を何度と受け、体にダメージは無いのだが、揮発している毒の煙を少しずつ吸い込んでいた。

 「一気にいくしかないな」

 

 迫る牙を掻い潜り、下から足数本を切り飛ばす。

 悲鳴をあげるキングセンチピード。

 納刀し、足に力を入れ跳躍。背中に飛び移り放つ居合い切り。

 節と節の間を切り込む。

 横一線、頭から節二つ分が切り離された。

 断末魔の金切り声を部屋中に轟かせた。


  「どうだ? やった━━━がぐあ"あ"あ"ぁぁぁぁっ」

 

 サイードは声にならない声を上げ、下を見る。左腿から突き出ている黒い突起物。

 

 「サイードォォォー! くそぉぉっ」

 

 モンスターを間に挟んだ先にいるマハムードはサイードを見て叫ぶ。

 キングセンチピードは頭と反対にある先にも、鋭く毒をもった針を携えていた。

 切られた痛みにサイードを刺したまま暴れる。人形のように成すすべもなく軽々と振り回された。

 針には返しがついていないため勢いよく抜け、宙を舞ったサイードは、運良くマハムード達側へと投げ飛ばされた。

 

 「くそっくそっ、 止血だ!!おい、ノーラ!止血しろ!早くっ!」

 動揺して敵がまだ居ることも忘れて治療を始めようとするマハムードである。

 「とりあえずここから離れないとだめです! レオ、サイードさんをおねがい」

 

 ノーラのお願いにグルゥと返事をしたレオは、背中にサイードを乗せると出口へ向かった。

 

 「レオ、こっち! 急ぐわよ」

 

 無言のダニヤと、怒りにファイアーボールやファイアーアローを敵に撃ち込んでいるマハムードの手を引っ張るノーラが続く。

 

 揺れるレオの背中に乗るサイードの顔はみるみると青ざめていった。

 背中越しに聴こえるモンスターの叫び声をバックミュージックに20階を後にした。

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