第16話 当日

煌はサルマと食事をした後、再度スークへと出向き、いくつの食糧を買い込んで家へと戻った。

 手持ちの魔核を確認するもアクセサリーにするには大きく、武器も防具もそもそも無いため、再度魔核をしまうと早々に眠りについた。


 ┼┼┼ 

 

 次の日。

 空はどこまでも碧が広がり風一つない。

 肌を焦がす太陽は今日も煌々と輝く。


 精鋭の軍人6人を乗せた2台のジープが砂埃をあげながら、ギザにあるピラミッド迷宮を目指し進んでいた。

 道中は人型以外のモンスターとは1体も遭遇することは無かったが、人型モンスターゾンビが点々と目的もなくさまよっているのを何度も目にした。

 後続車に乗車している四人は、その中に幸いにして知り合いを見かけることは無かったが、その惨状に心を痛めていた。

 体がキレイなものは一人として存在していない。腐敗しているのか皮膚はただれ黒くなり、骨は剥き出している。内蔵を引きずるもの、体の一部が欠損しているもの、上半身のみで這いずるもの、そこには目を覆いたくなる光景が広がっていた。

 できれば成仏させてあげたかった。楽にしてあげたかったのだが、今は作戦に専念しなくてはならないと信念に従い、前を見た。


  「間もなく到着致します」

 

 前を進む車を運転している男は、後部座席に座るアリへと報告する。

 「よし、到着次第すぐに突入する」

 

 瞑っていた両眼りょうまなこをゆっくりと開けるアリ。

 迷彩服の上に防弾チョッキを着込み、ブーツの紐を閉め直す。

 気合いを入れ直し、戦場へと赴く男の顔へと切り替わる。

 

 それから数分としないうちにピラミッド迷宮へとたどり着いた。

 

 2台は入り口手前に停車し、軍人達は戦闘準備をする。

 ハンドガンやライフル、マシンガンの重火器を手にした。サバイバルナイフのような近接武器を腰に装着し、食糧と薬草やいくつかの薬がしまってあるストレージを入念にチェックする。

 

 「気を抜くなよ。何度も同じことを言うが怪我は即、死に繋がる。 毒にも気を付けろ。それじゃ、いくぞっ!」

 

 「はいっ!」

 

アリの言葉に5人が続く。

 

 巨大なピラミッドは来るものを拒まない。その口を開け一切のものを呑み込む。今日も入り口からはエジプトとは思えないひんやりとした空気が流れていた。

 

 先頭は斥候スカウトの二人が行く。

 壁はピラミッドを形成している石のブロックである。粗く削られた石壁が続き、天井には点々と仄かな明かりが灯っている。

 輝昌石の様なものが埋め込まれていた。

 

 銃を構え、ゆっくりと進んでいく。モンスターらしきものはいない。斥候が慎重に確認するも罠一つなかった。

 そのまま通路を数回曲がり15分程歩くと、突如、羽ばたき音が聞こえてきた。

 

 「構えろ」

 

 一番後方にいるアリが静かに言った。

 黒い翼をはためかせ、長い牙を鋭く突き立てんとするモンスター。

 ━━ブラッディバットだ。

 

 斥候の二人は焦ることもなく、サイレンサーの付いた銃で撃ち込む。

 パシュッっという、発砲音が数発。転がる薬莢の乾いた音が響く。

 地に落ちたブラッディバットは数回バタバタと暴れたかと思うと、その動きを止めた。

 

 「撃ち込む数が多い。もっと少なく!よりコンパクトに!」

 

 斥候二人は、はいと返事をするとまた慎重に前進し始めた。

 

 それからブラッディバットを十数匹倒し終えたあたりで、下へと続く階段へとさしかかる。

 そこを降りれば、変わらない石壁の風景が続いていた。

 

 突入してから3時間程が経過。代わり映えしないブラッディバットに加え、巨大なムカデに燃えるような赤色の熊。さらには豚の顔した人型のモンスターや醜悪な見た目の獣、ここで命を落とした冒険者のゾンビを倒しながら、下へ下へと降りていく。

 途中、魔方陣のようなものが地面に刻まれた部屋や宝箱がある部屋を見つけたが、その全てを横目に通りすぎた。名残惜しそうに通過するのはアリの部下達である。

 

 分かれ道は迷宮と呼ぶに相応しい程あったが、アリは一切迷わない。罠も一つを除いて他は発動することはなかった。

 その一つというのは、アリが間違えた指示を出し、それにより前に出すぎた斥候がトラップヴィジョンという、罠を発見するスキルの使用を忘れたことによる。

 アリが間違えたのだ。

 膝下辺りを横切る赤外線に触れた。トラップ発動のセンサーだった。突如現れるは光の格子。天井と横壁から発せられたそれは瞬時にして斥候の一人をサイコロ状の肉片はとかえた。

 助けようとしたもう一人の斥候も腕を細切れにされてしまう。

 幸いにして、光で焼き切れた腕は切断面からの出血を一滴も垂らすことはなかった。

 焼ける肉のにおいと、それを前にした隊員の酸っぱい胃酸の臭いが辺りを包み込んだ。

 

 そのまま進み続け、気がつけば地下30階。休憩をすることもなく到達した。そこはこれまでと違い広間になっていた。

 通路はなく、階段は直接部屋に繋がっている。

 部屋の明るさはここまでと変わらない光量である。

 

部屋の対面には先に続くであろう扉が見える。

 斥候がスキル《エコーロケーション》を使用する。

 音波が波紋の様に広がり反響する。跳ね返った音波により地形や隠れているもの、その大きさ等を調査する探索スキルである。


  斥候は扉の向こうにさらに広間があることをキャッチ。そして、先には何かいるのも確認した。そして、これ以上に地下はなくこの階が最終であることをアリに報告し、指示を仰ぐ。

 

 「この部屋は安全そうだから少し休憩としよう。 そして、ここがどうやら最下層のようだ。扉の向こうにある部屋は恐らくだが、モンスターがいると思われる。ここが最後になるから、ボスのようなものかもしれん。 皆、きついとは思うがモンスターを倒し何としてもクリアしよう。 じゃないと、死んだアイツが浮かばれないだろう。 休憩次第、突入するぞ」

 

 『はいっ!』


  「俺はここらを少し調べるから皆は扉の前まで移動して休憩してくれ」

 

 アリの言葉に4人は警戒しつつ扉を目指す。

 

 万全の斥候なら気付けたであろう。

 片腕を失い朦朧とする意識。

 罠を気にしての行軍で磨り減らした神経に度重なる戦闘。

 そして、仲間を失ったショックと蓄積された疲労感は限界を越えていた。

 さらに、先にボス部屋らしきものがあることで、ここには何もないと勝手に思い込んでいた。

 普段なら気づくであろう罠に気づくこともなかった。

  

 ここには防御を貼れる職業はいない。足の速い職業もいない。壁を壊せるような破壊的な職業もいない。

 ━━全ては仕組まれたパーティー構成であった。

 

 隊員の一人がカチリッと足下から音を鳴らす。

 全員が近くに固まっていたため、響いたその音は4人の足を止めるに十分な音量だった。

 

 「な、なぁ何の音だ?」

 

 パラパラと上から砂が落ちてくる。

 

 ……ズ……ズズズ……

 

 「━━おい!天井がうごいてないか?」

 

 刹那、天井が落ちてきた。階段のある場所と扉周辺を境に、余すことなく部屋の全てを押し潰す。

 気づいてからその間2秒。

 

天井だった石壁の四方には鎖が繋がっている。

 カラカラと巻き上げられる鎖。

 元の天井へと戻ればそこには4人分の肉片と血の海が広がっていた。

 

 「たわいもないな」

顔に笑顔はない。 

アリはそう呟くと血溜まりへと近く。しゃがみこみ合掌のような所作をみせると、その血を腕と腿の生地へ塗り込んだ。

 

 

┼┼┼

 

 アリ達一行が突入して1時間が過ぎたあたり。

 

 「そろそろいくぞ」

 

 「はーい」

 「よっしゃ!」

 「はい」

 「……」 

 

 マハムードの言葉に続いたのはサルマ、サイード、ノーラ、ダニヤである。

 

 マハムードを先頭に5人は慎重に潜入した。

 

 ┼┼┼

 

 煌は家で悩んでいた。

 ピラミッドのことではなく、セカンドジョブである。

 

 サルマと食事の際、ふと聞いてみたのだ。

 武道家ファイターの組み合わせは追跡者チェイサー魔術師マジシャンで、その上級シニア職が拳闘士ボクサーと何だったのかと。

 すると、そもそも魔術師マジシャンではなかったのだ。

 魔法に憧れていた煌はショックを隠しきれなかった。

 

 武道家が不遇職である理由に遠距離攻撃がないとされているが、正確には武道家とそこから派生する職業に遠距離攻撃がないのである。

 サルマに教えてもらったのは、追跡者チェイサー補助士バッファーであり、そこから派生する上級シニア職は、拳闘士ボクサー武闘家モンクとのことだった。数少ない例の為、特性が分からず職業名を知っても違いが分からなかった。

 

  結局決めるには至らず、マハムード達が突入した頃に煌はピラミッドへと向かったのだった。 

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