第6話 カイロ
━━朝焼けの明るい光が部屋を朱に染める。
煌は日の明かりと空腹で目を覚ました。
もうすっかり日付が変わっていた。
「ふぁ~ふ。 あー、腹へったぁー。 おぉふ、あのまま寝ちまったのか」
煌のお腹が早く何か食べろと煽るように音を立てる。
そこへハキム。
「起きたか。しかしすごい腹の音じゃな。 外の瓶の水で顔でも洗って待っとれ」
煌は言われた通り顔を洗いに外へ。深呼吸をし、朝の澄んだ空気を肺にいれる。すっかり疲れもとれた体を綺麗な酸素が巡る。
それから裏手にある瓶を見つけ、近くに置いてある柄杓で水を掬い顔を洗った。
(空気も水もきれいだし、いい環境だなぁ。)
そんなことをぼんやりと考えながらテーブルに戻り、少し待っているとハキムがテーブルへとやって来た。
「ほれ、朝食じゃ。時間がちと早いがのー」
「おー! ありがとうございます。これはなんです?」
「アエーシとフールじゃ。アエーシはエジプトのパンでフールは豆の煮込み。どっちも庶民の朝食じゃよ」
どちらもエジプトの代表的な家庭料理で朝食メニューの一つである。
ふっくらと膨らんだ焼きたてのパン。割ると中は空洞で湯気が立ち上った。煌は少しちぎって食べてみる。ほかほかと温かく、もちもちした食感が味わえた。
「うまーい」
ハキムは煌の向かいの椅子に腰を下ろし微笑んで見ている。
フールはたっぷりの水で煮た空豆をスパイスや塩胡椒で味付けし、刻んだ玉ねぎをのせ少量の油をかけた料理だとハキム説明する。
赤く煮込まれた色彩と鼻をくすぐるスパイスの香りが煌のお腹を刺激した。
大きなお腹の音を鳴らし、すぐさまアエーシをちぎりフールを掬い口に運ぶ。
「うまいなぁー」
煌はうまいうまいとだけ言い、パクパクとあっという間に平らげた。キュッと縮んでいた胃袋がほどよく膨らみ満腹を告げる。
┼┼┼
「で、これからどうするかは決めたのか?」
満腹になり一息ついた煌よりも満足そうな表情でハキムは言った。
「うん、もちろん最終的には日本に帰りますよ。 でも、手段がないから、とりあえずは世の中がどうなったかを整理しつつ、その方法を探します。 で、相談なんですがお金が無いので少しの間お世話になってもよろしいでしょうか……?」
「そうかそうか。 わしは構わんから好きなだけ居なさい」
「…ありがとうございます…」
見ず知らずなのに、こんなに良くしてくれるハキムの優しさに煌は胸と目頭を熱くした。
「じゃあ、とりあえず街を見てきます」
「ああ、気をつけてな。あ、煌よ、これを着ていきなさい。 その腕にはめている機械…ヴリュードじゃったか?外を歩くときはそのローブで隠すのじゃ。 それを奪おうとして襲ってくる者がおるし、金持ちの力のある連中が下の者から奪取しとる。なんでも、壊れたら直せる者がおらんし、もう購入もできんからモンスターと戦うには数が必要になるんだと。…とにかく気をつけてな」
「ありがとうございます。 借ります」
煌は白いローブを受け取り羽織る。目元以外、頭まですっぽりと隠れる仕様だ。
「しかし横暴ですね。 ヴリュード無しじゃ、外も歩けないのに…、…あ、そう言えばハキムさんは付けてないですね」
「買えなかったんじゃよ。 うちはそこまでお金回す余裕なかったんでのー」
「そうなんですね……。 じゃあ、少し待ってて下さい」
煌はそういうと、外の瓶がある人目のつかない場所へと移動した。
周りを確認しヴリュードを外すと、地面に置いた。近くに薪割り用の斧があったので、手に取り振りかぶる。━━ブォンという風を切る音が鳴る。
(よし、膂力はファイターのままだな。 思った通り一度ジョブを選択すればヴリュードを外しても変わらないみたいだ)
煌はもう一度斧を振りかぶり、ヴリュードへと叩きつける。
カァーンという小気味よい音を響かせ真っ二つに割れた。
(よし、うまく割れた!あとは…)
煌は壊れたそれらへ手をかざし、元のきれいなヴリュードをイメージする。
━━
光の粒子と金の羽が宙を舞う。ヴリュードへと流れた光が消え去り静寂がおとずれると、そこにはきれいな元のヴリュードが
煌はにっこりと満面の笑顔でそれらを拾う。
「よし。後は初期化すればオッケーだな」
一つを腕にはめ直し、もう一方を操作し初期化処理する。
「これで情報は一つも残ってないな? 後は……うん、大丈夫そうだ」
まっさらになったヴリュードを抱えハキムの元へ戻った。
「お待たせしました!…ってあら?」
目を瞑り煌が戻るのを言われた通り待っていたハキム。先程と変わらない体勢でイスに座ったままだが、よく聞けば寝息が聞こえる。
「寝るの早やっ! ハキムさん起きて!」
「んん……? あぁ、ごめんごめん。朝早かったから眠気が抜けんでの。で、どうしたんじゃ?」
「そうでしたか。起こしてすいません。どうしてもこれを渡したくて……」
「それはええんじゃが、と、これはヴリュードではないか。今や貴重な物なのにええんか?」
「いいんですいいんです。ハキムさんにはお世話になりっぱなしだし、たまたま2つあったのを思い出したくらいの扱いの物ですし。ぜひ使ってください」
「煌よ、ありがとな。じゃあありがたく使わせてもらうよ」
「はい! じゃあ、ぼちぼち散策してきますね」
煌は振り返らずにパタパタと手を降りながら家を後にした。
┼┼┼
煌は現在、街の中心部にまでやってきた。
住民も観光客もいるはずなのだが、決して活気に満ち溢れているとは言えない。
理由もちろん世界が変貌したことに起因する。
モンスターが突然現れ、エジプト各地で被害者が続出。とりわけカイロは人口が多いだけに被害者数は多数に上った。
それを受けて大統領は禁足令を発表した。安全性が確保されるまでは基本的に外出禁止。
ヴリュードでモンスターを認識できることが解ると、例外として所持してる者同伴でなら外出許可を出した。
ただ、罰則を設けたわけではないから生活のためにと外出する者は後を絶たない。
これによりヴリュードの需要は過熱。しかし、人口に対するヴリュードの数は圧倒的に少なく、瞬く間に売り切れとなり市場からは姿を消した。
モンスターに挑み壊す者、扱いが悪く故障させた者の中には、購入がストップしたことにより所持している者を襲い始めた。力試しにという理由で人を襲うもの、売る目的で狩る、ヴリュード狩りも現れ治安が悪化の一途を辿る。
大統領は軍隊を導入し、何とか鎮圧に成功するが完全に治安回復とはならなかった。
この様な現象は世界中でも実は起こっていた。煌の知るところではないのだが。
人々は、モンスターや悪意のある人間に恐怖し外出できず、身内や知り合いがゾンビになることで悲しみ、時間と共に神経が疲弊していった。
大統領はこの状態を打破するべく、カイロに突如出現したピラミッドの解明に躍起になっている。軍隊を向かわせているが、現地の力のある富裕層に先遣隊を組ませ突入させようとしていた。
迷宮踏破すれば報奨金を出すと宣言している。もちろん、先遣隊問わず誰でもと。
この大統領の発言は一部の人々を活気づけ、重い空気に包まれているエジプトに少しの光が射し込んだのであった。
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