第4話 洞窟
一歩足を踏み込めば前後左右に漆黒の闇が広がる。鼻腔を抜ける、刺激ある湿ったカビ臭が充満し、深呼吸しようものならすぐに咳き込むだろう。
煌はウィンドウ画面を表示しストレージを確認する。
ストレージとは、ゲーム内での武器、防具、アイテム等を保管する場所、所謂アイテムボックスとか倉庫と言われている機能である。
収納容量は有限であるが、時間は停止しており物は劣化をしない。ただし、食べ物等の
煌は暗闇を照らしてくれるアイテムを探していた。
「んー、
輝昌石━━
永遠と輝き続ける石。ローソクの代わりに燭台に設置したり身に付けたりと汎用性が高いが、効果範囲はそこまで広くない。
光玉━━
光が封じ込めれている手のひらサイズの玉。閉鎖された空間で使用すればその全ての闇を取り払う。ただし、眠っている
煌は安全を考え、輝昌石入りのランプを人差し指でそっと押す。
するとウィンドウ画面からポンっという効果音が聞こえてきそうな勢いで飛び出した。それは燦然と輝き辺りを照らす。
浮かび上がるは到底自然に空いたとは言えない洞穴の壁。天井も横壁も地面も全て磨きあげられたような黒い鏡面の石壁であった。
一本道の通路で道幅が10
「なんじゃこりゃ…… 施設とか隠れ家? いや、世界が変わった影響なのか?」
煌は驚きつつも警戒は怠らず進むことにした。
幸か不幸かモンスターに遭遇すること無く、代わり映えしない一本道をしばらく歩いていると下へ降りる階段へとたどり着いた。
先は行き止まりである。
「降りるか……あの見えないけど倒したっぽい奴もシルバーファングだとして、合わせて2匹なんだよなー……この一本道に残りがいると思ったんだけどな」
シルバーファングは基本群れをなす。最低でも5匹でグループをつくり、巧みな連携をもって獲物を狩るのである。
最低でもあと3匹は近くにいるだろうと煌は予想し、警戒していたのだがそれは杞憂であった。
煌は辺りにモンスターの気配がないことに少し気を緩めつつ地下1階へ降りる。
5
階段の段数は多く、一段一段慎重に踏みしめる。淡い光の中の黒階段は視界が悪く、鏡面でつるつるとして滑りやすい。転げ落ちた日には怪我どころの騒ぎじゃないだろう。
と、ゆっくり降りていけば1階へとたどり着く。そこは最初と同じ一本道が続いていたのだが、50
そこには深紅に彩られ、氷の様に冷ややかな金属扉が行く手を阻む。大人の身丈程の高さで両開きの扉はピッタリと口を閉じている。
横壁を見ればそこにはメッセージが彫られていた。
『力ほしくば汝、力を示せ。 然らば道は開かれん。 一度この扉通らば戻ること罷り成らん。 数多の試練待ち受けし道、最奥にて待たむ』
「う~ん……行くか……」
煌は、寒気のする雰囲気に一瞬引き返そうかとも思ったが、5人のことも心配であったため、戦々恐々としながらゆっくりと扉を押し開けた。
広間からお馴染みのカビ臭に加え、鉄分と腐った肉の混じりあった様な臭いが漂い、煌の胃をひくつかせた。
このまま中には入れそうにない煌はストレージにしまってあった"ボロきれのスカーフ"を顔に巻いた。
「くっさ! この布くっさ! うっぷ…」
結局、巻こうが巻きまいが臭いのは臭かった。
広さは野球でもできそうなドーム程の広さ。鏡面の黒石が全てを造り、ポツポツと天井に貼り付けられた輝昌石が光を灯す。
よくよく目を凝らせば、広場の中心には黒い影に被われた巨大な体躯の塊がいた。
小刻みに動いている。
そこには血溜まりがあり、ソレは一心不乱に何かをむさぼり食っていた。倒れているのは銀色の毛皮。シルバーファングだ。
先の2体の仲間だろうか。3体程見えるシルバーファングは血溜まりを作り、その身を肉の塊へと姿を変えていた。
煌はその光景を眼にいれた時、戦闘は避けられないだろうと理解する。
相手が気づいていない今、先手必勝である。
気配を殺し音のないように…音のないように…慎重に━━
━━ドンッッッ!!
突如、勢いよく後ろの扉が閉まる。
煌はその音に首だけを振り返る。が、ハッとし正面を向けば黒い塊は食事を止め、屈んだまま鋭い眼光でこちらを見ていた。
徐に立ち上がり━━
「ぐぉぉぉぉおぉぉぉーーー!!」
雄叫びを上げた。扉の音で食事を邪魔されたからなのか、煌がこのフロアへ足を踏み入れたからなのか、牙と殺意を剥き出し威嚇した。
━━━淡い光に照らされ総身が露になる。
口の上下から牙を生やし血に顔を赤く染め、三白眼で全身毛に覆われている。筋骨隆々で片手には遠目でも分かるほど大きい無骨な鉄の棒をぶら下げている。
煌は顔に巻いたスカーフを取り払い小さく呟く。
「━━
狂食族━━
その食に対する執着は凄まじく、人間、敵、味方、モンスター関係無く襲いかかる。それ故、族とはいっても群れをなさない。群れをなせない。あまりに狂暴、かつ獰猛で諸説にはドラゴンや魔王といった格上の相手にでも襲いかかったとされている。一目見た者は口を揃えて同じことを言う。あれは鬼である、と━━━
刹那、地面を蹴って
予備動作もない突然の攻撃にも煌は反応し、バックステップで避ける。
「ッ……!」
が、その一撃はあまりに早く僅かに頭を掠めた。血が額を伝い顎から滴り落ちる。
一瞬クラッと意識が飛びかけるが、歯を食いしばり耐え、さらにバックステップで距離をとる。
地面へ降り下ろされた鉄棒は大気を震わす轟音を響かせ、地面の黒石に亀裂を入れていた。
煌は地面の状態からその一撃に計り知れない威力が込められていると理解し、背中に冷たいもの流れるのを感じる。
(一発食らえば即アウトだな…)
イーターは鉄棒を肩にかけると足にグッと力を入れた。
「ぐがぁぁぁああああーーー」
空気を揺らす雄叫びあげ、イーターは再度疾風のごとき早さで至近距離。
鉄棒を降り下ろす。
煌がそれを体一つ分サイドステップでかわせば、地面を叩いた反動で下から斜め上へ鉄棒をひるがえす。
煌は腰を落としそれを避ける。
凄まじい風圧が足下から頭へ抜け煌の髪をかきあげる。
イーターは三度避けられると思っていなかった。
一瞬体を硬直させる。しかし、それは命の奪い合いでは命取りである。
腕を振り上げたイーターの胴部ががら空きになる。
煌は
「はああああああぁぁ! 正拳突きーーー」
魔闘気を一瞬にして
━━ドッグォォォオ!
「ぐぉぉおおおーーーー」
激しい打撃音と共にイーターは唾液を撒き散らし悶絶する。
煌は間髪入れずに畳み掛ける。
「
一度舞うように
高密度の魔闘気を帯び蹴りを下顎へと叩き込んだ。
下から生える牙2本がへし折れ、ぐるんっと白目を剥いた。
ゆっくりと顔から硬い黒石畳へと倒れ全身で地面を叩いた。
煌は
煌が
最後のスキル━━━
「
足で地面を踏みつけ地面を揺らす技である。
━━ドォウゥゥンン!
イーターは背中を支点に体をくの字に曲げる。
衝撃は腹に抜け黒石畳に亀裂を入れた。
蜘蛛の巣状にヒビが入り、すり鉢の形に陥没する。
フロア全体が揺れ、その衝撃の強さを知らしめる。
細かい粉塵が舞い上がった。
煌は足をどけ、少し下がり距離をとった。
首筋を一筋の汗が伝う。
(頼むから起きるなよ……)
煌の願いが通じたかどうなのか、イーターは悲鳴をあげる間も無いまま、光の粒子となって空中へと溶けた。
見れば先のシルバーファングも血溜まり一滴残さず跡形もなく消えていた。
「ふぅ~、まさか狂食族とはね。きっつかったぁー。本当、鬼だな! こいつって、数人がかりで倒す奴だったよな……倒せて良かった良かった。…しかし階段降りてすぐこれって…この洞窟どうなってんだよ……まさかまだ終わりじゃないよなー、……はぁ…」
煌はこんな事がこの先も続くのかと思うと辟易し、天を仰いで嘆息した。
さて、どうするかと目線を降ろすと、先程まで無かった奥へと続く道が開放されていた。
(━━いくか)
煌は大人1人通れる出口を抜け通路を進む。
奥はそこまで道は長くなく、突き当たりにはまた下り階段が見える。
近づいて行くと階段の手前左手に三畳程の小部屋があった。
ドアは無く開放され、中の床には幾何学模様の魔方陣らしきものが描かれている。
入口の壁には"回復の陣"と彫られた表札の様な石板が掲示されていた。
(回復…? 休憩所みたいな感じか? そういや、イーターに頭をやられてるから少し寄るか…)
煌は怪我よりも緊張感と戦いで磨り減らした神経に疲労感があったため、少し休憩を挟みたいと考えていた。
魔方陣の上へと移動する。
━━すると、幾何学模様が蒼く光出し回転する。光は地面から天井まで竜巻の様にうねり伸びる。
癒しの光のように思われたが、治癒力は弱々しい。戦いの傷は完全には治っていないが頭の痛みは小さくなったようである。
━━突如、脳内へ言葉が入り込んできた。
━━此処……にて…回復…頼るも……の…この先…難し……。試…練改……めよ。…悪し…か…らず……。
メッセージが終わるや否や━━
━━━煌は転送された。
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