第3話 初戦闘
━━world of fantasy ━━
日本にある総従業員20名ほどの小さなゲーム会社が長い歳月をかけ、社運を懸けた一大事業で生み出したデバイスの唯一あるゲームソフトであり、MRmmo《複合現実型大規模多人数同時参加型オンライン》という技術の粋を結集したものである。
ワールドオブファンタジーは、そのあまりのリアリティーさに加え、数十種類以上もの豊富な職業やプレイヤーが競い合うランキング形式、多種多様なイベントに熱狂的ファンが瞬く間に増加。
それにより現アクティブユーザーは全世界において8000万人以上である。
日本の人口は一億人程であり、そのユーザー数を見ればどれだけ人気があるのかは言う必要はないだろう。
━━リストバンド型ウェアラブルデバイス、"Virtual Reality Experience Wearable Device《仮想現実体験型着用装置 》"━━通称
手首に着装 するデバイスであり、防水防塵耐久性に優れている。
筋肉の動き、脈拍数、発汗量等を感知しすることで、その
データを入力として取り入れることが可能となり、従来のコントローラーが必要なくなった。
また、電気パルスによって脳へ信号を送ることにより、ヘッドマウントディスプレイなく肉眼で仮想映像を捉える。その映像をもって脳がパルス信号を全身へ伝達することで、体温調節中枢や痛覚等の神経系を刺激。それにより物理的、精神的感覚を体感することに成功する。
これにより、ハイパーリアリティーの世界を実現したのである。
これを受け、世界中のあらゆる企業が参入、提携し、様々な機能を有することとなる。
オンラインショッピング、マネーバンク機能、通信機能、GPS etc...
生活しうる上で必要な機能はヴリュード1台で全て備えており、これにより普及しているスマートフォン等のモバイル端末は衰退の一途をたどる。
ヴリュードは瞬く間に世界中へと広がり1人1台所持する時代へと変わったのである。
そして、現在━━
和やかな光が森の隅々まで広がり闇を後退させていく。
煌は
(うぅ……なんだ…どうなった…
たしか空に顔が現れて……world of fantasy がどしただっけか)
思い出そうとしたが少し混乱しており、状況が掴めないでいた。
(時間はまだ7時…。とりあえず足跡を追って洞窟に向かい、暗くなる前にもどるか)
煌は時間を確認するためにヴリュードをオンにし、確認するとすぐにオフにした。荷物をリュックに詰め込み他の荷物はそのままに砂浜を抜け森の中を進んでいく。
頭の中は昨日のことでいっぱいだ。謎の顔、謎の言葉。
煌はworld of fantasyのプレイヤーである。ランキングは低く、他の5人に比べるとそこまで熱狂してるわけでもなかったが、定期的に発生するイベントに参加するくらいには好きである。スケジュールは頭に入っていたはずだが、昨日のイベントは知らない。
world of fantasy はあまりにもリアルである。だが、あれはそれとは違う異常なリアルさであると感じていた。
それと同時に一晩経っても帰ってこない5人が気になってモヤモヤしていた。
20分程歩き続けると、洞窟の入り口へと辿り着いた。
中は一切の光を喰い尽くすように闇が広がっている。
(━━ん?)
洞窟の奥からか突如風が吹いた。風といっても髪の毛か少し揺れる程度のそよ風だ。ただ、それは自然の風という感じではなく獣の吐息のような生暖かさだった。
見ると、入り口付近地面の草が少し潰れている箇所があり、何かの足跡のようである。
近づこうとすると、右手草むらがキラッと光った気がした。気になった煌は半歩そちらへ体をずらした。
━━刹那、風が頬を掠めた。
(イタッ!)
頬に一筋の傷がつき、ツーっと血が流れる。
(……え? なんだよ……)
目を凝らして見たが前にも後ろに何もない。何もいない。
しかし、何かある。
煌は腰に刺していたサバイバルナイフを素早く取り出す。
気配を感じ、違和感を頼りにそれを屈んで躱しつつ、手を地につきナイフを頭上へかかげると衝撃があった。しかしそこには何もない。
「━━なんだよ! どうなってんだよ! わけわかんねぇ。
クソッ……、……何かいるよな」
煌の呟きに答える者はいない。
それから警戒しつつ少しその場に留まるが何も気配は感じない。
煌は何も起こらないことに安堵し、目の前の洞窟へ意識を向けた。寒気を感じる闇の濃い空間に意識を持っていかれ、先程の見えない何かと草むらが光ったことに対する興味を失っていた。
「おーい! 誰かいないかぁー!」
洞窟内へ叫んでみたが、自分の言葉が反響しているだけで誰からの返事もない。
煌は悩んだあげく、奥へ入ろうと決めた。ライト機能があればと思い、ヴリュードをオンにした。
━━ッ!
オンと同時に闇に2つの光が現れた。
煌は慌てて入り口から下がると、ソレはゆっくりと姿を見せる。日の光に照らされるは輝く銀色の毛並み。
「━━おいおい、……シルバーファングじゃないか……
ゲームは起動してないぞ…」
ワールドオブファンタジーで有名なモンスター。銀の毛色が眩しい狼である。序盤で遭遇しようものならば、プレイヤーはほぼ殺されてしまうだろう強敵である。
出会ったことは無いが、情報だけ知っていた煌はただただ驚くしかなかった。
焦ってヴリュードをオフにする。
━━すると、シルバーファングは目の前から姿を消した。
「……消えた……?」
━━ブシュッー!!
突如、煌の脇腹から血が吹き出し、歯形の様な傷がついたと思えばそのまま肉を抉られる。
「うぐぅぅ!」
多量の血液が流れ、内臓の一部までも抉れた脇腹。その惨状に死が目の前まで迫っていることを煌は悟る。
煌は後退りながらヴリュードを起動する。すると、口を深紅に染め上げ血の涎を垂らすシルバーファングが再度姿を現した。
腰を低く落とし、足に力を込めている。爪は土にめり込み数秒待たずして攻撃してくるだろうことは誰の目にも理解できた。
「……くそっ、まずいな…」
シルバーファングは待ってはくれない。
━━ドンッ!
シルバーファングは力一杯に突進した。その瞬間速度は凄まじく、最高速度に達した新幹線とかわらない。
煌は左腕の肘を横に曲げ胸の前に突き出した。
限界まで開かれた真っ赤な顎|あぎとが勢いそのままに煌の前腕へとかぶりつく。
「ぐあぁぁーー!」
腕の痛さに加え突進された衝撃が脇腹に響き、覚悟してたにも関わらずその激痛に叫ばずにいられなかった。
シルバーファングは突き飛ばしながらも口は一切弛めない。
煌は多量出血により意識朦朧としている中、右手をそっとシルバーファングの顔に添え小さく呟いた。
「
━━煌の周囲の空気がぶれる。黒い揺らぎが現れ、背後に天使を象った黒いオーラが発現。大きな2対の翼を広げ煌を後ろから包み込むように寄り添い、それは微笑みながら煌の右腕を介しシルバーファングへ力を注ぎ込む。
━━ボコォッボコォッボコォッッ
全身を沸騰でもさせているかのようにボコボコと膨らませる。
そして醜悪な体貌へと変化し、悶え苦しみ腕から離れた。
「グガァァァー!」
その断末魔の声を最後に爆発した。頭から爪先まで余すことなく木っ端微塵となり、辺り一帯を肉片と血で紅く染め上げた。
「はぁはぁはぁ……。危なかった…。
派手に噛みつきやがってバカヤローが……。クッ、とりあえず回復しないとやばい…」
煌は出血が止まらない脇腹へ手を添え言葉を紡ぐ。
「
右手に金色のオーラを纏う。綺麗な円形を形成し、それは指先へと集まり凝縮。一滴|ひとしずくの涙程の大きさになり、ポチャンと傷口へ落ちた。すると一瞬にして、何事もなかったように元の傷一つない肌へと変わる。煌は同じようにして腕と頬の傷を治す。
「……はぁはぁ、危なかったー。
…でも、傷が治っただけで血が足りないな……。
クラクラする…、……はぁはぁ…」
ヒーリングは傷を治すが無くなったものを戻すことはない。
煌は現状、失った血液量が全体の30%近くまで達しており、出血性ショックの症状が現れていた。顔は青白く体温は冷たくなっていた。
煌は目を閉じイメージする。
血液が身体の隅々までを巡り、冷えきった指先まで温める。
ついでにと破れた服も修復された形をイメージ。
そして言の葉を紡ぐ。
「
煌の周りの空間が揺らぎ、金色のオーラが発現。金色の輝きは煌の背後へ収束し、翼を正面に交差させた大天使を顕現した。
今にも飛び立つ勢いでバサッと広げれば、光の粒子と金の羽が宙に舞う。
麗らかな日和に降り注ぐ温かく優しい光のように、煌の全身を柔らかく包み込む。
青白かった顔はみるみるうちに血色が良くなり、体調が全快する。パァッと光が収まれば、破れた服も元に戻った元気な青年がいた。
(……ふぅ)
一先ず落ち着いた煌は、洞窟や周囲の森から他にモンスターが来ないか意識を向けつつ考えることにした。
「━━さてと、一旦整理しよう。
…んと、空に突然あのよくわからないのが出てきて、この世はworld of fantasy になった様なことを言っていた…。
イベントか? …じゃないよなー。聞いたことないし、何か違う気がするし。 世界がリアルにworld of fantasy になった? 言葉通りならこの世の全世界か?
ということは、生き残る為にはヴリュードは必須だな。
起動しないとモンスターは見えず、攻撃を受ければリアルに死ぬ…と。ヴリュードを無くしたり壊れたらやばいな……
それから、奴の目的は世界の浄化? それが何かはわからないしどうすれば元の世界に戻るのか、だな。
それから5人のことも心配だし、とりあえず本島に戻らないと…」
煌はそんなことを考えながらヴリュードを操作していると、今まであったworld of fantasy のアイコンは無くなっており、見たことのない"personal info"というアイコンがあることに気付いた。
━━とりあえず押してみる。
すると、目の前にウィンドウ画面が表示され、氏名に現在の職業、スキルやランキング等が表示された。
職業は"
「……ゲームの世界そのままだな。 ストレージも使えるみたいだ。中身はと……お、残ったままだ! よしよし、んなら、改めてみんなを探しにいくか」
煌はウィンドウを消し、闇の深い洞窟内へと姿を消していった。
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