第4話 ひよこクラブ④

  入隊試験後に受け取った【着隊案内】には駐屯地の部隊編成や周辺地図、着隊時に必要な物品や書類、それに提出書類の記載例などが書かれている。

その中で(持参していただくもの)と書かれているのは、文字通り新隊員が着隊する時に携行しなければならない持ち物だが、生活用品や筆記具の欄に並んだ物の多さに武村はウンザリしていた。

しかし一番驚いたのが、(入隊後購入していただくもの:約2万円)の後にズラッと並んだ物品の数々だった。

ジャージ、運動靴、洗面器、ハンガー、鍵、サンダル、身分証明書入れ、バインダーetc。

「自衛隊って、全部無料むりょうじゃないのか?」

武村はベッドの上に置かれている品々を見て溜息を吐いた。

「こんなの、百均とかカインズ行けばもっと安く買えるだろ」

バケツの蓋を開けると、中にはサンダルと靴手入れ具が入っていた。他にも、どれもその辺のディスカウントショップで手に入りそうな物ばかりだった。

「井口君、俺は地本のオッサンに『衣食住全部無料タダだ!』って言われたんだけど・・」

「あぁ、それね。僕も班長に『これ全部買わなきゃなんですか?』って聞いたんだけど、班長『買いに行くにしても君たち新兵は1ヶ月外には出れないぞ』って言われちゃってね」

肩を竦め苦笑いする井口だったが、それよりも武村は『1ヶ月は外に出られない』の言葉の方が衝撃だった。


入隊する前、武村は外出について地本の広報官に聞いたことがあった。ネットの【自衛隊スレ】の中で、『入隊してどれくらいで外出できる?』という質問をしているユーザーがいた。

これに回答する【自称:元自】のユーザーが多数いて、それぞれ『自分の時は~』と書かれていたが、一人は『入隊後すぐ』、別の一人は『初外出直前に米国でテロがあって暫くお預けだった』と、てんでバラバラで参考にならなかったのだ。

『外出?あぁ、入隊して2週間の所もあれば、10日ってとこもある。部隊によるんじゃないかなぁ?』

と広報官にお茶を濁されていたが、実際は1ヶ月だったという事実。

「なんだよそれ。言ってる事と全然違ぇじゃん」

と愚痴る武村だったが、『限りなく嘘に近い真実』で若者を勧誘するのが広報官の仕事だと知るのは、もう少し後の話だった。


「おーい、ラッパ後めし食いに行くから準備しとけよ」

中条3曹がノックもなしにドアを開ける。

「今日って、俺ら以外はもう来ないんですか?」

「あぁ、みたいだな。多分明日揃うんじゃないか。まぁ裁縫でもしてゆっくりしてればいいよ」

ホントに自衛隊かココ?と思う位な言葉だった。

「それよりも飯いくぞ。隣の部屋の奴らはもう待ってるから」

隣の部屋?そう、第4班はここともう一つ居室があったのだ。

「武村は・・あぁ、階級章はまだ付けてないか。じゃあ、持って来たジャージでいいから、着替えてその戦闘帽も被って来い」


廊下には、戦闘服姿の中条3曹の他、二人の姿があった。

「この二人は武村の後に着隊したから、井口も知らないかな?こっちの眼鏡かけた小っこいのが中谷、反対に熊みたいにデカいのが佐藤だ」

そう紹介されると二人はぺこりとし、武村と井口も自己紹介する。

「よーし、じゃあ食堂まで出発だ」


外はかなり薄暗くなっていた。時間は17時半近いので、営門まで伸びる道路は帰宅する隊員の車で一杯だった。その横を、

「いっち、いっち、いっちにぃ。いっち、いっち、いっちにぃ。いっちにいっちにい」

中条3曹の号令で武村たちは引率されていた。

「まだ君たちは自衛官じゃないけどさ、一応足だけ揃えて歩いてくれれば良いから」

と指導?されたので声に合わせて歩くも、なかなか上手くいかない。

「これ、結構むずかしいね」

井口は先頭の中谷の歩調に合わせようとするが苦戦する。

「いや先頭もムズイですよ。歩くペースが分からないんで」

中谷が少し後ろを見ながら恐縮する。

「お、あれ。やっぱ現役自衛官はすげーな」

武村が指さすその隊員たちは、顔つきはまだ子供っぽさが残るが行進の動作や号令の声は、まさに自衛官!といった感じだった。

「あぁ、あれは高等工科学校の生徒だ。中学を卒業して3年間自衛隊や高校の教育を受けて、卒業後は陸曹か防大に進む連中だな」

「ほえ~、まさに自衛隊のエリートって感じっすね」

中条3曹の説明に井口が感心すると、他の班員もウンウンと頷く。

「君たちも感心ばかりしてないで、ちゃんと訓練して立派な自衛官にならないとな」

ニカッと笑顔を振りまく中条3曹に、班員たちは釣られて笑う。



隊員食堂の晩飯は、なかなかボリュームがあって全員が食べ終わるに時間がかかった。それでも中条3曹は急がせる事無く「ゆっくり食えばいいから」とニコニコして待ってくれていた。

隊舎に戻ると、武村はシャワーを浴び(隊員浴場は班員が揃ってからと言われた)、その足で休憩所の自販機に向かった。

休憩所には何人かソファーに座って談笑しており、早くも打ち解けているようだった。武村は人見知りが激しいが、

「えーと、確か4班の人だっけ?」

と向こうから話しかけてくれるので、それほど苦ではなかった。

「俺は2班の久保田。茨城から来たんだけど、みんな年下ばっかでさあ」

久保田は武村と同じ年だったが、他の班員が高卒ばかりで少し恥ずかしいという。

「誰もタバコ吸いに行かないしさ、一人で行くのもアレだから」

「え、ここ喫煙所ってあるの?」

「あぁ。それこそ武村君の班をもっと奥に行った先の非常階段。そこが喫煙所だってさ」

それじゃあという事で、二人は自販機でジュースを買って向かう事にした。


「・・ふう。うめ~」

「今日はなんだかんだで疲れたね」

喫煙所には(煙缶えんかん)と書かれた赤い金属製のバケツが置かれていた。外はすっかり真っ暗になっていたが、すぐ脇の柵から向こう側は帰宅ラッシュの車列で煌々としていて明るかった。

「なーんか、拍子抜けなんだよね」

武村はタバコの灰を煙缶に落としながら、

「自衛隊って、もっと厳しい所かと思ってたけど、班長も金本って人もすごい優しそうだしさ」

「それな。俺もシゴキ体罰当たり前だって昔自衛隊行ってた先輩から聞かされてたから、腹括って来たものの・・・」

中条3曹や金本2曹の武村たちに対する呼び方は【君付け】だ。

「やっぱあれかな?折角入隊させたから厳しくするとみんな逃げちゃうから優しくするのかな?」

「さー、どうだろ?でも(ゆとり)だなんだ言われてきたからな俺ら」

久保田は自嘲気味に笑いながら煙を吐き出す。

「まー、これだったら3カ月楽勝っしょ」


こうしてヒヨコ達は楽観視するのだった。

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