第3話 ひよこクラブ③

【ようこそ!第105教育大隊へ!】

もう何年も使用しているであろうその看板は、ティッシュフラワーで飾り付けされて華やかさはあるものの、全体的に日焼けをしていて使用感は隠せなかった。

その看板は【隊舎】と呼ばれる建物の中央入口の上部に設置されていた。入口のドアは両側とも開放されていて、その奥には受付らしき隊員たちの姿があった。

長机には書類が並んでいて、隊員たちはパイプ椅子に座り談笑をしていた。新品ではないが、こなれ感のある迷彩服に迷彩帽という出で立ちは、まだ自衛官を見慣れていない武村を軽く緊張させた。


『うーん、話しかけていいのかな?』

生来人見知りな武村は、看板の手前で立ち止まってしまった。が、

「おーい、君、新兵だろ?来い来い」

隊員の一人が声を掛けてくれたので言われるまま隊舎へ入る事ができた。


「えーと、武村君ね。出身は・・静岡か。随分と遠くから来たね」

武村が手渡した【採用予定通知書】と手元にある名簿を見比べながら鉛筆でレ点チェックしていく隊員の胸元には【31普:金本2曹】と書かれたネームが付いていた。その上には月桂樹にダイヤモンドの【レンジャーバッチ】も付いていたが、武村は『なんだこれ?』としか思わなかった。

「武村君は・・おぉ、中条3曹の班だな」

名前を呼ばれ、金本2曹の隣で用紙をチェックしていた隊員が顔を上げた。

「武村君か。俺は君の班長の中条3曹だ。よろしくな」

「あ、よろしくお願いします」

人懐っこい笑顔で握手を求められたので、武村も手を差し出す。

【31普:中条3曹】のネームに、右側の胸ポケットの上には黄色の台形に陸自のマークである桜が描かれた【営内班長】の徽章が付いていた。

『あれ?隣の人と違うのが付いてるな』

などと思っていると、

「武村君は2区隊4班だから、この正面の3階まで上がって左へ行った奥側の部屋だ。居室の前には名前が張り出されてるから、名前を見て居室に入ってくれ」

金本2曹が道順を教えてくれたので、武村は「ありがとうございます」と礼を言って階段を上がって行った。


武村を見送った金本2曹は、

「今の奴が、中条の班で2番目に歳食ってる奴か」

「はい、確か自分と2コしか違わないハズです。24歳だったかな?」

「24?また随分と遅いな」

「いや、あいつはまだ若い方ですよ。もう一人26歳の奴も自分の班です」

「適性年齢ギリギリじゃん!?なんだ、みんな娑婆が嫌になったのか?」

「さぁ、それは分かりませんが、今年は例年に比べて社会人経験者が多いみたいですよ」

「そうか。確か着隊予定者の名簿に書かれた年齢も、二十歳はたち超えたのが多かったな」

金本2曹はギシッと深く座り直し、戦闘帽を脱いで短く揃えられた【レンジャーカット】の頭を軽く撫でた。

一回、深呼吸した後、


「こりゃ、今期は大変かもな」




武村が階段を上り終えると、正面にはテーブルとソファー、それに隅には自販機が何台か置いてある。どうやら休憩所のようだった。

言われた通り左に曲がって真っ直ぐに行く。廊下は所謂『軍隊っぽさ』が全然なく、どちらかと言うと学校のような感じだ。

各部屋のドアは開いていて、中には先に到着した【同期】たちがベットの上に座って何かをしていた。

『ホッ、良かった。二段ベッドじゃなくて』

映画とかでよく見る軍隊ならではの『二段ベッドがズラッと並ぶ』部屋だったらどうしようかと思っていた武村は、少し安堵した。

そうこうしてる内に部屋の前に着くと、貼られた紙を確認した。


4班:営内班長 中条3曹

班員:井口 村松 水木 武村 増田


どうやらこの部屋のようだ。一呼吸置き、ドアを開ける。

「どーも・・」

何て言って入ればいいか分からなかった武村は、小さな声でそう言うと

「あぁ、こんちわ」

中にいた一人が応じてくれた。


部屋にはベッドが2個と3個に分かれて置かれていて、それぞれ大きなロッカーが備え付けられていた。ドア側の壁にはTVがあり、脇には靴棚もあった。

「ベッドに名前が貼られてるから、そこが自分の場所らしいよ」

そう言われ武村は名前を見つけてベッドの上に荷物を降ろした。

「僕は井口潤。僕は昨日着いたんだ。よろしく」

井口は迷彩服に水色のジャージズボン(だっせえ!)を着ていたが、なんだか着られてる感が半端なかった。

武村が自己紹介して握手すると

「ほんとによく来てくれたよ~。昨日は昼過ぎに着いたんだけど、班長から『良かったな。つかの間の一人部屋で』って言われて、そしたら本当に誰も来なくて、夜がすっごい寂しかったんだ」

まるで何日も漂流していた遭難者のような感激ぶりに、武村は苦笑いした。

「そうそう。武村君、ベッドの上にある物は見た?」

見るとベッドには水色のバケツにOD色の作業服に、帽子等が並べられていた。

「これに封筒の中にある階級章を縫い付けるんだって」

井口はそう言うと右肩を前に出して自衛官候補生の階級章を見せつけた。

「えぇぇ、俺、縫い物なんて中学の家庭科ぶりなんだけど」

「だよね!?僕もすっごい苦戦して、何回刺しちゃったか・・」

指に巻かれた絆創膏の数々が痛々しい。

「これを今からか・・・」

「あぁ、でも僕らの他に揃うまで二日くらいあるから、まだ大丈夫だよ」

「二日?」

「うん。着隊って、遠方の人もいるから数日は余裕をみてるんだって。入隊式はその後」

そうなのか、【着隊=入隊】ではないのか。

「だったら、そんな急ぐこともないのにな」

なんだか損した気分だった。



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