第2話 ひよこクラブ②
およそ1週間前・・・。
JR東海の時刻表は調べても、(静岡鉄道)の時刻表は確認しなかったその男はかなり焦っていた。集合時間に余裕をもって家を出たはずが、今は時間ギリギリ間に合うかどうか分からない。
静岡鉄道の電車は、男に「まぁ落ち着けよ」と言わんばかりにゆっくりとした速度で走る。新静岡駅から4つ目の柚木駅までが長く感じる。
柚木駅に着くと男は猛ダッシュした。入隊試験を受けると決めた日から駆け足はほぼ毎日行っていたので、そこそこの速さで走る事ができた。
それでも疲れるのだが・・・。
【自衛隊静岡地方協力本部】は柚木駅から東、護国神社の裏手にある。
入隊案内書に記載されていた持ち物が入ったバックはパンパンで重たかったが、それでも遅れまいと走ったお陰で、なんとか間に合う事ができた。
「おはよう武村君。君で最後だよ」
胸に空挺とレンジャーバッジを付けた静岡地本の担当官は、笑顔を絶やさず武村に着席するよう促した。
「諸君、おはよう!私は静岡地本の戸山1曹だ。入隊試験に見事合格した君たちを、これから我々が車両で各駐屯地や基地に送っていく。場所によっては長時間乗る事もあるから、乗車前に必ずトイレに行くこと。では、乗車区分を伝達する。聞き洩らさないように・・」
静岡地本の駐車場にはジープやトラック・・ではなく、ライトバンやマイクロバスが並んでいた。一見、一般車両に見えるが色がOD色(オリーブドラブ)だったりナンバープレートが違ってたりする。
「自衛隊にもこういうクルマってあるんだな・・」
武村は自衛隊の意外性に少し驚きながら、マイクロバスに乗り込んだ。先ほどの空挺とレンジャーバッジを付けた担当官(戸山1曹)がベレー帽を被り、乗り込んできた。
「ひの、ふの、みの・・・」
人差し指で空中を突いている。どうやら乗っている人数を数えているようだ。
「・・にじゅうに・・。よし、乗車完了だな」
担当官は運転手の肩を軽く叩き「じゃ、出発よろしく」と声を掛けると、マイクロバスはゆっくりと駐車場を出る。
武村が窓の外を見ると、静岡地本の職員たちが手を振っている。見送りのつもりだろうか?
「あの女の自衛官、俺に手を振ってるよ。おーい!」
武村の後ろの席から少しテンションの高い声が聞こえた。
「いや、お前だけじゃないだろ・・」
武村は聞こえないくらいの声でツッコミを入れた。
「俺はどっちかって言うと、出兵の見送りみたいに見えるけどね・・」
これも小さい声で囁いた。
「え~、このバスは武山駐屯地まで向かう。途中、トイレ休憩もあるがどうしても我慢できない場合は遠慮なく申し出てくれ。車内で漏らされたら敵わんからな」
どっと笑いが起きると、少し車内の空気が緩んだ気がした。
「このマイクロの中にいるのは、これから君たちの同期になる人間だ。中には一般曹候補生もいるが、同じ釜の飯を食うんだから、道中は仲良くしろよ」
この後、質問の時間が設けられたが、到着まで寝てて良いと言われたので武村は窓に寄りかかり目を閉じた。
途中、トイレ休憩で起こされたが、再び目を閉じ、暫くすると車内がざわつき始めた。
「おい、起きろよ。もう着くぞ」
隣に座る男が起きろと言うので身体を起こすと、マイクロバスがちょうど【営門】と呼ばれるゲートを越すところだった。
『敬礼!』
警衛所の舎前哨が【執銃時の敬礼】をする。
車内にいるにも関わらず聞こえたその声に、皆騒がずにはいられなかった。
「すげぇ!あれ持ってんの銃か?」
「おぉ!マジで揃って行進してる!」
「女の自衛官がいっぱいいる!自衛隊っていつから男女共同になったんだ!?」
ワイワイと騒いでいる様子を、戸山1曹はただ笑顔のまま見つめていた。
やがてバスが止まると、
「お疲れさん。ここから各教育大隊ごとに分かれて移動!場所は・・」
武村は重たいバックを手にしてバスを降りると、トイレ休憩で降りた時と違う空気感を感じた。
「なんか、世界が違うような?」
TVでしか見た事のない自衛隊車両がズラッと並んでいる。
隊員たちが本物の銃を持ちながら行進している。
すれ違う隊員は敬礼しあっている。
何を言ってるか分からないが、怒声があちこちで聞こえる。
武村はすうっと肺一杯に空気を吸い、空気を味わう。
「あぁ、本当に自衛隊に入ったんだな・・・」
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