第2話 雨と晴れ

昔、中学生のまだ彼女が生きていた頃。

『みつね、みつねってば!』

『っ何?、そんな大きな声だして……』

私達はいつも一緒だった明るくて少し変わってる私の大切な親友、私がどんなにぶっきらぼうでも彼女はいつも一緒にいてくれた自分でも少し変わりたいと思ってる、でもどうも私は彼女のように笑顔はうまくできない、笑ったり怒ったりあまり顔には出ないほうだった、いつからだろう。

彼女がそう思うようになったのは……


私が冷たく見えるから……

私がもっとちゃんと話を聞いてあげられればよかったのかな

私がもっともっと進んで話をすればよかったのかな


ねぇ、私は貴女が大好きだった、ずっと大切だった。

無邪気に笑う、貴女に憧れでもあった気がした、なのになのに貴女はどうして……


真実が知りたい私は葬式後に貰った彼女の日記を開けずにいた。

怖くて開けられない、それから開けれず今まで放置していた。


***

いつも通り今日も私はここにいる。

相変わらず隣の席は空白、誰も気にすることはない、あれから彼は何度も変わることなく学校に来ては自殺をしようとしていた。

いつも未遂で終わり、怪我だけが増えていた。

前の席の女の子に聞いてみた、彼はなんで包帯まみれなのか自殺をするのか、話題を振ってみるすると彼女は単なる世間話のようにペラペラと喋り出す。


『んーなんでだろうね、あぁでも虐待されてるとかいじめとかそういう噂は聞いたことあるよ!本当かわかんないけど……』

『へぇ』

『それでわざわざ皆がいる時間帯とかやめて欲しいよねー』

『……皆がいる時間帯……』

『そうだよ、ほらこの前だって』


そう言われれば彼はいつもこの昼間辺りから問題を起こしていた、来るのは夕方だし、そんな事全然気ににも止めていなかった、皆がいる時間……死んだ彼女もそうだった、皆がいる、その人目に晒されるあの場所時間で死んでいた。

知れば知るほど彼らは何処か共通するものが多く思えた。


『嫌だね。』


私は友人に微笑みそう答えた。

本当に嫌。


こんな事にも気付かない私自身が……


授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。

鴉が木々を揺らし赤色に染まる空を悠々と飛んでいく、ガラリとまた扉が開く、彼は微笑んだまま私の隣に座る、いつの間にか腕のギプスは外れたが包帯は付けたままだった。


『あー、またいるんだ。』

『悪い?君と同じく暇なの』


別に暇じゃないと彼はそっぽ向く、何処と無く彼女を頭にちらつかせながら、喋るとなんだが懐かしい感じがした。

曇りがかった夕日の色に私はなんとなく明日の天気の事を呟いた、明日は雨だろうか。

そう呟くと彼は立ち上がり笑う、ふらふらと黒板の方へ向かい私の名前を呼ぶ。


『いや、きっと晴れだよ。』


どうしてと言葉は飲み込み、その表情仕草に彼女と全く同じように重なって見えた。


『っ、朱音…?』


【鳩芭朱音(はとば あかね)】懐かしい彼女の名前が口から溢れる、何も知らない彼は私の言葉を聞き返す、その言葉を濁し私は彼に「明日は雨だ」と告げる。

もしそうなら、突然ゲームをしようと彼は言う、理由も答えずに私が何を言おうとお構い無しで続ける、その内容は明日の天気についての事だった。


『明日雨なら君の勝ち、

晴れだったら僕の勝ち』

『ゲームって……天気当てるだけ?』

『そうだよ~』


彼はふらふらと前の出入口の方へ向かい私にこう告げた。


『当たったら一つなんでも言うこと聞いてあげる』


扉を開け振り向き様にそう笑った、言葉を失う私に対し冗談だと嘘なのか本当なのかわからず彼は私よりも先に帰っていった。

それほど自分に自身があるのだろうか、そんな賭け事のようなゲームが始まった。

その場から私も廊下へ出たもう彼の姿は見えないが足音は聞こえる、彼の行きそうな場所もしもその言葉が本当から、彼女と共通しているのなら、彼はきっとあそこにいる。

あの場所に全てが変わった、あの場所に……

階段を必死に駆け登り、彼の姿が見えた瞬間その手を伸ばした。

掴めない物にすがるように手を伸ばし手に触れた瞬間私達は同時に倒れた。

思ったよりも体を強く打ち肘や鼻が顎が痛い。

彼は私よりも強く体を打ったのか中々起き上がらない、慌てて彼に駆け寄ると不思議そうに彼は私を見る。


『……痛いのデスガ』

『ご、ごめんなさいっ……』


だって、あのまま彼も彼女のように消えてしまうのではないかと思ったのだ、彼のあの笑いかたがあまりににも私の見た最後の笑みによく似ていたから……

突発的な行動に申し訳なくなった、ふと彼の顔を除き混むと鼻先に絆創膏を押し付けてきた。

真っ赤に擦り切ったと指示され思わず鼻を擦る、口を開けたまま受けとると彼は立ち上がり階段をそこに置き去りになっていた鞄を手にし階段を降りて行った。


『意外だったな、明石さんが走ったりそんな顔するなんて』

『どういう意味』

『だっていつも興味なさそうな顔だからさ』


そんな冷たい人に見えていたのだろうか、確かに彼女が居なくなってから私は人と関わるのが怖かった、それに俯いていると彼は安心したと優しそうな声でそう言い帰っていた。


なんで、こうも振り回されるのだろうか、彼も彼女も一体何を考えている、絆創膏を鼻に付け酷く大きなため息をついた。

でも、あの姿って……

いや、そうだとしても彼とは学校は違うし知り合いなはずがないだ、きっと現状が似ているだからそう思うのだと私は感じた。

変な事ばかり頭にちらつき深読みばかりしてしまう、なんだが二人よりも死んだはずの彼女の方に振り回されているようだった。


**

なんだが今日は体が重く感じる。

きっと、それは昨日の件のせいだろう、あんな事があれば仕方がないとはいえ精神的に悪い、ふと窓の方を見た。

天気はどうだろう、昨日からの天気の悪さからにして今日は『雨』だった、という事はゲームは私の勝ち。

でも、彼は自分の命日と言った、雨なら死なないのか、晴れだったら死ぬのか、答えも聞けずに私の隣の席は空席のまま……

放課後になっても彼は今日は来なかった。

次の日も雨が続き、真っ暗な空が目立つ頃の放課後も来なかった、不安ばかりが私の心を締め付ける、どうにも彼女と重なって仕方がない。

両手でろくに信じもしない神様に祈る真似事をしては彼の来る放課後まで待ち続けた、どんよりとした暗い空からは止まない雨が降り続ける。


『今日も……来ないの』


こんな時彼女ならどうしていただろう。

『明日は雨が降るかな』……彼女の声が脳内で再生される、うん今日は雨だったよ、昨日もそうだった、今週はずっと雨だったよ。

ねぇ……ねぇ、貴女はどうしてそんな事を言ったの。

どうして……死んだの、考えたって問いかけたってもう彼女は私の質問に答えてはくれない。


もう一生その答えは聞けないんだ。


彼も……彼女も……

私は……一体……


席から立ち上がり、彼女が行ったあの場所に向かう、雨の日に何がある、晴れの日に何が起きる、雨音が響き渡る階段を登って行き屋上の扉の前に立つ、鍵は開いているのだろうか。

ゆっくりと錆びたドアノブを回すと、簡単に扉は開く立て付けが悪く壊れているのか緩くなったドアノブが外れないように扉を掴み外へ出た。

小さな屋根に守られ出入口だけ濡れずに済み、雨粒が白い柱を作り屋上の床に強く叩きつけている、うるさいくらいによく響く音、真っ暗な雲に覆われた空しか見えない。

雨の日なんて何も見えない、晴れたって何も変わらない、意味なんてわからない。

そんな時ふと、人影が見えた気がした、私は思わず声をだして雨の中に飛び込もうとした、手を伸ばし冷たい雨が指を突き刺す、足先が水溜まりに触れ靴を濡らす……


『そんな事したら濡れちゃうよ。』


冷たい指先を掴み、扉の外へ突き飛ばされる、ぐらつきながらも立っていると、その姿は彼だった。

久々に見る彼の姿は雨に打たれずぶ濡れだった、急いで中に入れようともう一度向かうと手を顔に押し当てられた。


『明石さんは駄目』

『駄目って何

なんで君はそこにいるの。』


彼の濡れた髪の先から滴が落ちる、なんで私はその先に行っては駄目なの。

どうして……貴方はそこにいるのに、貴女はそこにいるのに私は駄目なの、どうして何も何も教えてくれないの。

自分でもどうかしている程に声を荒げた、酷く枯れきった声が雨音を強くした。

彼は驚いたように目を丸くする、もう優しく微笑まないでもうそんな彼女と同じ顔をしないで……


『今日も雨だよ!

ゲームは私の勝ち!だからだから』


苦し紛れの言葉を振り絞った、そうゲームは私の勝ち……勝ったらお願いでもなんでも聞いてくれると言っていたそれが本当なら……


『お願い聞いて……!』


私の質問に答えて……君を彼女を知りたいんだ。

お願い、私に教えてよ……

そう言うと彼は黙りこみ静かな音が耳に痛いくらいに辛かった。

彼は困ったように眉を歪ませ扉に手をかける、閉められないように扉を押さえると彼はようやく口を開く。


『うん、確かに明石さんの勝ちだね、

言うこと聞かないと…ね』

『……』

『僕はね……』


いつか聞いたことのある言葉であの時と同じような言い方で彼はその言葉を吐いた。


『僕は、ここで『姉』を待ってるんだ。』


俯いたままの顔を上げ手に力が抜ける、すると彼は私の質問に答えたと笑って扉を閉めた。

ガチャりと外からは鍵が掛からないはずなのに歪んだドアノブは真っ直ぐに直っていた。

立て付けが悪いのを彼は知っていたのかはたまた私が来るのを知っていたからわざと開けていたのか……わからないがそれが答えになるのか釈然としない思いでいっぱいだった。


『でも、【姉】って……』


彼は確かにそう言っていた。

お姉さんがどうして屋上に……まるでわからない、年が離れているはずなら、ここにいなくても……

ここでお姉さんが死んだの……もしもそのお姉さんが屋上で死んでいるのなら、余計彼女と接点が増えていった。

訳のわからない天気の事、死んだこの場所、どこなく似た雰囲気……


雨音の音が私の耳を塞ぐ、接点があるからといって赤の他人と重ねるなんてどうかしてる。

私はどうしようもない気持ちを抱えたまま、その扉に背を向けた。



ーENDー





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