林檎と雨と理由

雨音

第1話 夕焼け

死にたがりな君と理由の私


静かな教室窓の外は違う学年が授業をしている、黒板にはこの前と同じ事をしている、誰も注意しないから先生は気づかず進める、前書いたノートを見返しながら、適当に受けていた。

中には寝ている生徒も多く今日も私の隣の席は空いている。

いつも隣が空いているのは少し不安だった、夢にも出てきそうな程に恐ろしくて私は目を逸らす、なんとなく隣の席の人を思いだしながら、窓を見る、そう中々あんな事が起きるわけない、それでも気になって仕方がなかった


****

中学の頃親友が死んだ。


『明日は雨が降るかな?』


彼女の口癖だった、どうだろうと私は普通に返事を返す、彼女はいつも通り「違う」と言って笑っていた。


ちょうどこの席と同じところ黒い影が一瞬落ちていった、他の生徒の叫びで私も気づいて、校庭では泣き叫ぶ子達も多く一気に野次馬が湧いて出た。

理由はなんだったか結局わからなかった今も知らない。

あんなに近くにいたのに私は気づいてあげられなかった、彼女が何に怯えて何を抱えていたなど知りもしなかった。

皆私に彼女の事を聞いてきたけれど、私から言えることなんて何もなかった。

それが怖くて隣がいないだけで不安になった。

あの時駆け寄ったさいに見た彼女の顔は今も忘れられないでいた、黒く淀んだ目が大きく開き私を睨んでいた。


彼女の最後の言葉の意味もわからないまま


そのまま私は一人でここまで生きて来てしまった、葬式の時彼女の両親になんて言えば言いかわからず、無言のまま逃げてしまった。不安に潰されそうになる毎日、隣の彼はどうして今もここに来ない、誰も彼を気にしてはいないようだった、そうまるで彼女のように……


『明石、おい、聞いているのか明石美都音(あかしみつね)!』

『……っ!はい!』


先生に呼ばれ、立ち上がると黒板に書いてある数式を解けと言われる、随分と長く呼んでいたらしく先生はだいぶお怒りの様子だったしぶしぶ黒板の前に立ち先生の顔色を伺いながら、ゆっくりとチョークで解答を書いていると黒い影が掠り校庭から叫び声が上がった。

皆一斉に立ち上がり様子を見に行った、先生達は席に戻るように呼び掛けていた。

嫌な汗が身体中を巡る、気づいたときにはチョークを床に落とし校庭に向かって走っていく、誰かの呼び声に耳を傾けることなく私は校庭に出た、まさかまさかあの時と同じ光景なんじゃないかと恐ろしかった、体が震えそれでも一歩と足を踏み出した。

下の学年の子達がざわつき、影の通った場所に視線を向ける、茂みに隠れ足しか見えない、先生もその生徒に駆け寄り様子を見ていた、近づこうとする私を突き返し生徒の腕を引っ張った。

あぁ、その顔には身に覚えがある、私の隣を空席にしていたあの少年の顔だった、見える所から見えない範囲まで包帯やガーゼにまみれ、消毒液の匂いをさせていた彼の顔はどうも印象的で覚えている。


『今日も、晴れだったよ…』


騒ぐ先生を横目にそれを聞かずに俯いて小さくそうぼやいていた、先生や他の人は気づかなかったようだが私には確かにそう聞こえた。

授業の途中に抜け出したせいで私は担当の先生に教室に連れ戻される、教室は突然抜け出した私と飛び降りた生徒で話題が持ちきりだった。

どうしたのかと前の席の子が聞く私は別にと素っ気なくしてしまう、ざわついた話し声から私の中学の時の噂をしていた、なんでこうも詳しく知っているのか聞いてみたいものだ。

まぁ、別に話す事なんてないが……

少し落ち着いてから、授業は再開され終わったあと呼び出されてしまった、先生に聞かれることはどうせ一緒、男子生徒に駆け寄った理由、男子生徒に何があったのかという理由知っている事があるなら、教えてほしい何度も同じ事を繰り返してきた。

まるで、ロボットのように同じ言葉を並べ、私は飽き飽きしていた、そしてまた私も同じ事を言う。


『知りません……』


そう私は今回も何も知らない……気づけば勝手に体が動いていた。

それは理由にはならない、彼女の時も私は本当に知らなかった、隠していたわけではないのに皆私を責めた。

知らぬが罪、そうと言いたけな顔で皆だって私以上に知らなかったくせに……

放課後男子生徒と私は同じところに呼び出される、私よりも先に男子生徒は長く先生から説教をされていたようだ、腕が折れたのか包帯が巻かれている、そのまま私達は最後に念を押すように釘を打たれ、先生が去ってから互いに顔を見合せては、目を逸らす彼の背中を見てつい引き留めてしまう、振り向くとき足を一歩引きそれでも彼のあの言葉が妙に気になってしまったのだ。


『何』

『いや、あのさ……』


あの言葉は何と訪ねる、少年は悩んだ振りをしては何も答えず、微笑んでわざとらしく手を平つかせ私の元から去っていく、またね、そう彼は言った。

ため息をつき、私も今日は下校した、また次の朝彼がここにいないなんてきっと皆わかっているだろう。

もう、飛び降りないでほしいと願うしかなかった。


**

彼は今日もいない。

また何処かにいるのだろうか、何故来ない、何故自殺をしようとする、彼女もそうだ。

どうして二人ともそうするのか、結局誰もわからない。

そんなとき教室で噂が聞こえてきた、彼の話だった、家の事前の学校の事皆嘘かどうかわからないのに、よくまあ続くものだ。

皆嘘や噂が好き過ぎる……あぁ帰りたい。

お昼を過ぎた時まだ彼はいない、友人達と昼と一緒に食べながらまだ彼の昨日のあの顔がちらついた。

次の授業もいない、そして、また下校の時間になる、夕日が窓に差し込み教室を赤に染め上げた。

黒板には薄くまだ文字が残っていた、荷物をまとめ廊下に向かう、すると扉を開けた人物が来た。


『あ、また会ったね。』


それはあの少年だった、彼は何食わぬ顔で教室に入る、何をしていたのか訪ねる気にもなれず、彼は私を追い越し空席にしていた席に座った。

なんのつもりだろう。


『……ねぇ、もう授業終わったよ。』

『うん、いいんだ』


勇気を出して少年に声をかけた、無視されるだろうと思っていたが彼は優しい声で返事を返す。


『僕はここで人を待ってるから』


夕焼けのせいか色ずいた彼の顔は風に煽られ何処か苦しそうに無理をして笑っているように見えた。

こんな時間に……と思ったがこれ以上聞いてもいいのだろうか。

私は逃げるようにその場から立ち去ろうとする、すると彼から初めて声をかけられた。


『教えてくれてありがとう。』


対した事ないのに、彼はそう言った。

また、最後に「またね」と言った、私は振り返り彼に頷いて背を向けた。

また次もそのまた次も彼は夕方のあの時間に来ていた、その度最後に帰る私に「またね」と言う、今日も来るのだろうか、少し話でもしてくれるだろうか。

いろいろ聞きたいことはある、それに答えてくれるかはわからない。

怖くても、またあの時のような後悔はしたくない、彼が死にたいのならそれなりに理由はあるはずだ、無力な私に止める権利なんてない、目障りで鬱陶しいかもしれないが、身勝手に私が聞きたいだけ、彼が生きている間にどうしても聞きたかった、うるさく思われようがそれでも何も知らないなんて……もう嫌だ。

窓の外を眺めて夕焼けの光が私を包む、古びた扉の開く音が聞こえた、振り返るとそこにはあの少年がまたここに来てくれた。

手を振ると、彼は少し驚いた顔で振り替えしてくれる、とても嬉しそうな顔でこちらに駆け寄る。


『あれ、今日は帰らないの?』

『うん、ちょっとね』


お隣だった事を初めて知ったと彼は言って私の事を「お隣さん」と呼んだ、私も彼の名前はうるおぼえで名前は、と訪ねると彼は目を丸くした。

どうせ、この時間にしかいないのだから、聞いたって意味がないと彼は言う。

私は自分の名前を言った、毎回会うのだからと変な事を言って彼を困らせた、するとボソりと呟くように彼は自分の名前を言った。


『聞いてもいいでしょ?』

『…あー、わかったよ、鴉崎(からすざき)……』

『下は?』


下の名前など必要ないと彼は言う、私は下も名乗ったのに何故そんな隠そうとする、彼はまた困った顔でため息をついていた。

いつも不思議な雰囲気だった彼は普通の少年のような顔でそっぽを向く、生憎人の名前で、笑うほど私の性格は歪んでいない、そんな酷い名前であるのだろうか、少し覚悟しつつ少年に聞くと目を逸らしたまま彼は言う。


『林檎……』

『りんご?果物の?』

『……そう』


『鴉崎林檎』と私が復唱すると照れ臭そうに机の上に顔を伏せた。

別に変な感じはしなかった、確かに一般高校生男子にしては随分と可愛い名だが私的には彼に似合って良いと思った。

むしろ、こんな彼を見れてなんだが懐かしく思え久々に人前で思いっきり笑えた気がした。

馬鹿にしていると指を指されるがそうじゃないと笑いながらも必死に訴えた。

学校の鐘が鳴る、そろそろ私も家に帰らないと……

気づけば夕焼けが落ち徐々に暗くなってきた。


『そろそろ帰った方がいいじゃないかい?』

『うん、君は帰らないの?』

『あぁ、もう少し待ってようかなって』


彼は巻かれた腕を擦りながら何も書いていない黒板を見つめた。

誰かを待っている、相変わらずそれは誰かわからない、もしかしたらきっと誰もいないかもしれない、それでも彼にはきっと意味があるのだろう。

少しずつだけど彼の事を知りたいあの時のように何も知らないような気はしない。


『またね』

『怪我早く治るといいね』


彼の言葉に私は手を振ってその場から立ち去った。


『明日も君はいるのかな?……』


廊下に立ち尽くし、誰にも聞こえない声で呟いた。

そう、また明日、また貴方に会えたら、それでいいだからもうあんな思いはしたくない、次こそは次こそは助けて見せる。

彼女のように何もできないなんて嫌だ、それが例彼にとって迷惑な事でも私のただの我が儘だとしてもどうしてもあの頃のような思いはしたくない、そうして私は歩きだした。


ーENDー



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