第7章:南方の戦士(1)

 眩しいほどの太陽光が、さんさんと浜辺に降り注いでいる。朝からこの強さでは、昼の気温も高くなるだろう。だが、この南海諸島では、それが当たり前の事だ。

「ああー、今日も良い天気だぜ!」

 波打ち際を歩く背の高い男は、並びの良い白い歯を見せて、思いっ切り伸びをしてみせた。褐色の腕は筋骨逞しく、適当に切り揃えた髪も、日に焼けた赤茶色をしている。典型的な南海諸島人の特徴を兼ね備えていた。

 黒の瞳を細めて周囲を見渡していた男は、しかしある瞬間、はっと視線を戻し、その目を驚きに見開いた。

 浜辺に倒れている者がいる。この暑いのに黒いローブをまとい、砂浜に突っ伏して微動だにしない。

「おい、あんた!」

 男は声を張り上げながら駆け寄る。反応は無い。膝をついて抱き起こせば、潮に濡れて解けかけた三つ編みの薄い緑髪が、ぺったりと男の腕に張り付き、海水を吸ったローブの重みが、のしかかってきた。

 思わずまじまじとその顔を見つめてしまう。年頃の少女だった。だが、顔色はひどく白く、髪色と同じ睫毛が長いまぶたは固く閉じられ、薄く開かれた唇に手を当てれば、呼吸の手応えが返らない。咄嗟に胸に耳を当てても、心拍音が聴こえない。

「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」

 こんな綺麗な顔をした娘を、見殺しにする訳にはいかない。世界の大きな損失だ。男は彼女を砂の上に横たえると、「許せよ」と詫びながらローブの前を開き、大きな手で心臓マッサージをし、その合間に唇を重ねて肺に空気を送り込む。

 それが何度繰り返されただろうか。駄目なのか、と諦めの雲が男の脳裏に漂ってきた頃。

 ぱちり、と。

 まぶたの下から紫水晶のような瞳がのぞき、数度瞬きすると、少女は男など視界に入っていないかのように、ゆっくりと身を起こした。

「お、おい」その平然ぶりに、男は思わず間抜けな声を零してしまう。「あんた、何ともねえのかよ?」

「はい」

 やっとこちらの存在に気づいたとばかりに、少女が振り向き、こくりと首を上下させる。どこか作りものめいた動きだが、発せられた声は高くて耳に心地良く、血の通い始めた顔は、やはり美しい。

「わたし達摂理人形テーゼドールは、危険を感じた時、仮死状態に陥る事が出来ます。安全を確認出来たので、再起動しました」

 言っている事は、男には半分以上理解出来なかったが、「安全を確認」という言葉に、彼女が自分を危険な相手と判断していない事を悟り、「ふへえ」と相好を崩した。

「あんた、シュレンダイン大陸から来たのか? 何だかよくわかんねえが、大陸には便利な人間がいるもんなんだな」

「わたしは人間ではありません」

「ん? んじゃ、魔族?」

 即座に首を横に振る少女に笑いかけ、「まあ、何でもいいや」と、砂を払いながら立ち上がり、手を差し伸べる。相手も細い指の手を伸ばしてきたので、ぎゅっと握り締めて、立たせてやる。南方の戦士の中でも上背のある男から見たら、大分小柄だ。

「俺様はキラ」男――キラは朗らかに名乗る。「あんたは?」

「システです」

「システ」甘い木の実を噛み締めるように、その名を口の中で繰り返し、何度もうなずく。「うん、いい名前だ」

「ただの個体識別の為の名称です。正式名は」

「ああ、いいのいいの、そういうの。あんたはシステ。それでいい」

 解せない、とばかりに眉間に皺を寄せ、首を傾げるシステを制し、キラは白い歯を見せて、娘に顔を近づけた。

「ところでさ。あんた、俺の嫁になる気は無い?」

 唐突な申し出に、しかしシステは必要以上に驚かなかった。きょとんと紫の瞳をみはり、しばし顎に手を当てて考え込んだ後、「成程」と、一人で得心がいったように洩らして、キラの瞳をまっすぐに見つめ返してきた。

「助けた見返りに、婚姻を強要するのですね。南方の蛮族は、婚姻関係を結ぶ事で所有権を誇示し、妻の多さを競い合うという情報が確認されています」

「だー!!」

 一体どこから発したのかという変な叫びをあげ、赤茶の髪をかき回しながら、キラはぶんぶん首を横に振る。

「そんなんは、百年も二百年も前の話! 俺様はあんたに惚れたの! あんただけを嫁さんにしたいの! わかる、そこんとこ!?」

 システはこちらの言葉を咀嚼するように、再び黙り込む。しばらくして、「……成程」とまた同じような反応を、紅潮もせずに返してきた。

「所謂一目惚れというものですね。ですがわたしは秩序システムに基づいて行動する為、生憎、初対面での第一印象だけを、その人物を評価する材料には出来ません」

 彼女の言っている事は、キラには相変わらず不可解な部分が多い。だが、それが一層興味をそそるのだ。

「じゃあ、どうすればいい?」

 それに、攻略対象は手強い方が、落とし甲斐があるというものだ。不敵に口元を持ち上げると。

「そうですね……」

 システは少しうつむいてまたも考え込み、ふっと顔を上げた。

「貴方の誠意を見せてください」

 しばし、沈黙が落ちる。

「……誠意?」

「ひとつわかりました」

 要領を得ない要求に笑顔で固まるキラを見て、システが目を細め、嘆息した。

「貴方は所謂、『馬鹿』なのですね」

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