社畜、五分程休みます
昼時である。
『主。サラダも食べて。』
「無理、青臭すぎる。」
『育てるのは好きなんだから食べるのも好きになって』
「無理・・・。」
今日の分の仕事があらかた片付いたエアーノは、目の前にいる大男とガーデニングテーブルで軽い食事を摂っていた。
今日のメニューは、薄味の豆のスープに保存を利かせるため堅く硬く焼き上げたパン。それに香草の入ったサラダ・・・エアーノが苦手とするものばかり並んでいる。
「しんじゃうわ」
『君は神だから死なない』
大男はこの世の全ての闇を寄せ集めたような目でエアーノを見つめる。
うるせぇ、冗談にマジで返すな。黙っとけよこのデカブツ・・・
と、エアーノは顔に出さない程度に心で彼を罵倒した。
しかし、実際はばっちり顔に出ていたようである。大男は少し困った顔をしながら食事を口に運んでいた。
「無理無理無理。残す。全部残す。今口にある分以外は全部捨てる。」
エアーノは無理やり口内に詰め込まれた香草を心底嫌そうにかみ砕きながらそう嘯いた。
『我儘言わない。食べる。』
片手にサラダの入ったボウル、もう片手にトングを装備し少々強めの口調で食事を胃に詰め込ませようとする。
しきりに食べることを進めるこの大男、名をテーハルトと言う。
エアーノが人間だった時から共に在る。彼もまた、先日彼女の元に来た男と同じく神の眷属である。
何故、人間だった時のエアーノが神の眷属と知り合えたのか。
今はまだ謎のままである。
「やだぁー食べたくないぃ」
椅子からずり落ち、庭の芝生に横たわりぐずり始めるエアーノ。
昔馴染みの相棒が居るからだろうか。神とは思えぬ醜態をさらしている。
『君は食べないと死んじゃうよ。』
男は心配するような、しかしどこか呆れを隠せないような声でそう呼びかける。
『地面、汚いから起きてね』
「一食抜いたぐらいじゃ死なない!」
かっと目を見開き抗議する。必死の形相である。よほど香草を胃に入れるのが嫌らしい。
『死ぬよ。』
『他の神は死なないけど君は死ぬ。食べないと魔力無くなる。死ぬ。』
エアーノの体は普通の神とは違い魔力で形作られている。今彼女が人の形を模していられるのも魔力故である。
「それは死ぬんじゃなくて動けなくなるだけでしょうよ。」
胃からぶわっと薫る草の匂いで吐きそうになりながら彼女は言葉を発する。
エアーノの言う通り、魔力切れを起こしても死にはしない。が、暫くの活動停止は免れない。午後も仕事があるのだ。寝ているわけにはいかない。
「クソ不便な体だわね。仮にも神なんだからもっと効率的な作りして欲しいもんだわ」
魔力の補給方法は様々あるが、一番手軽で効率的に補給ができるのは食べる事である。他には魔力の保有量が多そうな・・・自然物に囲まれた場所で充電する、という手もあるが、生憎数時間まったり出来るような時間は確保できない。
何度も言うが、彼女にはまだ仕事が残っているのだ。
「食べてやるわよ。仕事の為にね・・・。」
駄々っ子は芝生から起き上がり、ちょこんと椅子に座った。
「不本意ではありますが。仕事のために食べます。」
『いい子。』
エアーノは極めて平静を装いながら、ひたすら口に草を詰め込んだ。
彼女には企業戦士なら必須スキルと言える【仕事の為なら何でもする気概】が備わっているようだ。
「でもね、これだけ言わせて。食べながらになるけど。」
『うん。』
「君さっきから矛盾してるのよ言ってることが。」
「神だから死なないって言った後に死ぬよは無いでしょ」
『ごめんね。』
「いいよ。」
それなりに仲の良い二人のくだらない会話は続く。
「次はさ・・・」
『うん。』
「もっと私の好きそうなご飯を出してって、アディに言っといて。」
『うん。』
二人の皿はほぼ空に近い状態になった時、エアーノがそろっと食事の改善を要求した。テーハルトは皿に残った豆をフォークでつつきながら眉を寄せ、素直に頷いた。彼もこのメニューはあまり好まないらしかった。
「・・・じゃ、私仕事に戻るから。」
エアーノは芝や土が少しついた服を叩きながら、椅子から立ち上がる。
『どれくらいで終わるの』
「さぁ?・・・でも、夕飯までには終わらせるわ。」
『ぬ・・・。』
それまで会えないのか、と言いたげな表情で大男は唸った。
「皿の片づけ宜しく」
『今日の夕飯は下に、下界に食べに行こう』
「やだ」
デートの提案を即お断りされてテーハルトは『ぬぬっ』と呻いた。
『僕がおごるよ』
「無理。」
ぴしゃっと毅然とした態度で拒否を示すエアーノ。
「どうせドレスコードが必要なたっかい店でしょ。私そういうの嫌いなの。」
『うーん・・・』
ならば安い店に行けばいいのだが、それはテーハルトの美意識が許さないらしい。心底残念だ、と言う顔をしながらも代案を出すことは無かった。
すねたように背中を丸めて上目遣いでエアーノを見つめるが、無視された。かわい子ぶりは彼女に通用しないようだった。
「話はもうないわね?・・・じゃあねー。」
彼女は書類やら何やらと戦う為、すたすたと自分の仕事場へ戻っていく。
『また後でね。』
テーハルトは彼女に向かって呼びかける。
既に仕事モードに入っているエアーノはそれにこたえることは無かったが。
『また後で。』
なるべく早く会えるように、と念を押してまた声を掛けた。
暫くの間、彼は去る背中を目で追いながらずっと『後でね』と呟いていた。
エアーノが居なくなってからというもの、彼は目に見えて元気を無くし目は先程よりもいっそう深淵さを増した。見る人が見れば悪魔が呪詛を吐いているように見えたかもしれない。
『後でね、また会おうね。・・・必ずね。』
その後もずっと大男は背を丸め小さな声で再開を願い続けていた。
彼と彼女にとっての日常は静かに過ぎていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます