神内部。

サササザキ

弟子と仕事と私

エアーノは悩んでいた。


机には山脈のように連なる山積みの書類、また書類。

傍らには彼女のもとに来てまだ日の浅い眷属が一人。仮の名前を新米弟子君という。彼は物珍しそうにあたりを見回している。


書類の期限は明日までの物が6割弱。一応公式の文書な為、弟子に任せることは出来そうにないが・・・。サインを描くだけのものが多い様なのでこれだけなら楽だ。

だがしかし。物事はそう簡単には進んでくれないのである。

ものぐさ上司はあろうことかその書類たちを提出期限も、引き渡し先すらもごっちゃにして彼女・・・エアーノに渡してきたのだ。

一番最初にやるべきことは提出期限と提出先の神ごとに書類を仕分けする事だろう。

この、最低でも12000枚はありそうな書類全てを。


書類だけならまだ許容できた。今日は押し付けられた弟子もいる。

・・・おや、いつの間にか隣に居たはずの弟子君が消えている。まぁいい。どうせ探索にでも行ったのだろう。

話を戻そう。

これが何を表すかというと・・・。彼女は加速的速やかに書類整理を終わらせ、これから彼女の弟子となる彼に我が家の案内をし、他の弟子に紹介し、彼女の眷属の世話をした後、やっと書類に本腰を入れて取り掛かることになる。

ちなみに。今の時刻は正午を大幅に過ぎて4時。夕方と言っても差し支えない。

整理に係る時間はざっと見ても2時間はかかるだろう。案内に1時間、紹介に1時間、自分の眷属の世話に1時間かかるとして・・・。書類に5時間。それを届けるのに2時間。


どう考えても明日を軽やかに跨いでいる。

そう。俗にいう、詰みである。


「はぁ・・・。」

エアーノは避けようの無い現実を見て、一呼吸毎に溜息をついていた。

『えーっと、主。自分は何をするべきでしょうか。』

周囲の探索に飽きたらしい、こちらに戻ってきた新米弟子君が私に問いかける。

「あぁ、うん、どうしようね・・・。取り敢えずくつろいでていいわよ。」

彼女は机に突っ伏しながら、くぐもった声でそう言った。


新米弟子君・・・彼の生い立ちについて、何故ここに来たのか、等については特に重要な話でもないので割愛する。


ただ、エアーノの元に来る眷属達は外見、中身問わず何かしらの問題があってここに預けられている、という事だけは覚えていて欲しい。

つまり・・・基本的に皆ろくでなし、と。

そう言う事だ。


書類も眷属も、全て彼女の上司に当たる人物から押し付けられたものだ。

上司、と言っても一人ではない。複数人いる。数えきれないので詳しい人数は省く。多分一万と少しだったはず。

なぜそんなにいるのか疑問に思ったかもしれない。理由は以下のとおりである。


神の世界は年功序列。故に年上が一番偉い。

エアーノは神になってからまだ700年しか生きていない若輩者である。

なので・・・大半の神は、彼女の上司という事になる。


別にエアーノが能無しのろくでなしだから昇格できない、という事ではない。

むしろ、能力はまぁまぁある。そりゃ、神になるような人物なのだから、実力はあるのが当然である。

実力があるのが当然だからこそ、神の世界は年功序列制度の下動いているのだ。


「はぁ・・・。無理。歳取りたい」

本日n回目のため息を零す。ついでに愚痴もこぼれた。

『時を操っては如何ですか。300年ほど飛ばせば、今よりは待遇がましかもしれません。』

「私にそこまでの力は無いです。」

『でしょうね・・・。』

興味深そうに頷く新米弟子君。エアーノは彼の態度と物言いになんとなくイラっとしたようだ。


・・・さて、無駄話をしている暇はない。私は目の前の白い山を掘削して神に届けるという責務があるのだ。イライラを取っ払う為にも、仕事を何とか今日中に終わらせるためにも、早く取り掛からねば。


彼女は顔を上げよし、と手をパチンと合わせる。頭を仕事モードに切り替える時の癖らしかった。

「さて、取り敢えず書類整理だけしちゃうわね。貴方はその辺で暇つぶしでもしててよ。」

机の上に投げ捨てるように置いてあった書類をひとつかみ。 憎き宿敵と向き合う。さぁ、自分の仕事も満足にできない脳足りんなクソ上司共に目にものを見せてやろうじゃないか・・・!

『あっ、待ってください。その前にやるべき大事な用が残っているのでは!』


新米弟子の言葉を聞いて、エアーノは立ち止まり 折角やる気が出たのによくも邪魔してくれたな という表情をしながら彼の方を振り返った。

「・・・そんなの、あったっけ?」

正直、彼女には何一つとして心当たりがなかった。目の前の書類以外に大事な事など特には・・・

『自分の名前を付けて頂きたいのですが。』

あ、忘れてた。


元雇用主の神が彼に付けた区別名は【ベティ】。

名を与えるというのは、一番簡単に出来て一番影響力の強い支配の形であり、呪いである。と、誰かが言っていた。

眷属の忠誠心などにも影響が出る場合がある。

つまり。仕える神が変わった以上、呪いをかけなおす方が利点がある。

のだが。


「元の名前と同じで良くない?」

この女、特に呪いをつける必要性を感じていなかった。

「どうせ一時預かりよ?」

書類を分けつつ彼に話しかける。

『・・・いつか戻る日が来たとしても、今この場所に属していることには変わりないのではないでしょうか。』

「もっとはっきり言いましょうか。名前を考えるのがめんどくさい。」

イライラしているのを隠さずに言い放つ。書類を分ける手の動きが乱暴になってきた。

『そう言わずに!』

「お断りよ」

『不安なんです名前が無いと!付けてくれるまでわめきますからね!』

「勘弁してよ!」


『名前が欲しいです!!!』


新米弟子君は必死に大きな声で訴える。

『名前が!!!!!』

「うるっさいわねぇ!」

『ください。』

「・・・じゃあ後でね。」

『いえ、今でお願いします。』

「なんで!」

喋りながらの書類整理は無理があったらしい。途中まではきっちり分けられていた書類達が上に行くにつれ送り先も期限もごちゃごちゃになってしまった。彼女はマルチタスクが苦手なようだ。

「どうせ名前なんて形式だけの物じゃない。大勢いる眷属を区別する為だけに付けてる人が大半でしょうよ。だから後でもいいでしょう。」

『それでも・・・、名前というのは自分達にとって大切な物なのです。

奴隷に首輪を付けずに放っておいたらどうなるかはお判りいただけますよね?

・・・どうか、お願いいたします。』

「・・・分かったわよ」

半ば脅しのような言葉を聞き、ため息交じりに了承する。

書類整理は一時中断だ。


「別に、名前つけるのはいいけど。私にはネーミングセンスがないって事だけ覚えておいて。」

『何でもいいですよ。雑草とかでも』

「卑屈が過ぎるわよ?」

『冗談です。』

彼は笑いながらそう言った。冗談には聞こえなかったが、まぁいい。

うーん、と呻きながら何か名前に使えそうな単語は無いかと手元の書類から探す。

「あぁ、じゃあ・・・これとかどうよ。没個性。」

単語を指さし彼に見せる。少し怪訝な顔をしたようだった。

『それを選んだ理由を聞いてもよろしいでしょうか?』

「貴方がここに来たのは個性を消したいからでしょう?ズバリ、貴方が行くべき道を示した名前だと思ってね。ピンときちゃった。」

『成程・・・一理ありますね。』

弟子からの納得を得られて彼女は少し安心したようだった。

「でもこれだと長いから・・・えーっとそうね、名前をもじって・・・

イッセ。イッセで行きましょう。」

『イッセですね、分かりました。これからどうぞよろしくお願いいたします。』

「えぇ、よろしくね。」

二人は軽く握手を交わし、新たな従属関係を結んだ。


ともあれ、名前についてはこれで一件落着の様だ。

これでやっと書類整理が進むとエアーノは一安心。順調に仕分けをし、書類を区別するため、栞をはさんで・・・。


「・・・栞がない!なんで!?」

ハプニング発生である。

「机の上に置いて置いたはず・・・」

書類を持ち上げ下を見る。無い。

引き出しを開けて引っ掻き回す。無い。

椅子周辺を見回す。無い。

・・・本当に机の上に置いてあったかどうかも疑わしくなってきた。

「いや、昨日動かしたかもしれない!ちょっと探してくるわ!」

『あっ、お待ちください!自分も手伝いますよ!』

「そう?じゃあついてきて!多分あっちに置いたから!」


ばたばたと慌ただしく部屋から出ていく行く二人。残された書類達は西日を受けてオレンジ色に塗り替えられている。時間が経てば、これらは白に戻り所々を黒や赤に染めることになるだろう。

書類達は元居た所に帰るために、ひたすら耐えて待つことを選択した。


この後エアーノが無事仕事を終わらせられたかどうかは、また別の話である。

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