5-4. 誰が責任を?

「オーイ教授! いらっしゃいますかー? 部局より、お電話が入っております!」

 と、遠くから司書の声がして、3人の議論は中断された。


「なんだ? ……あ、そういえば、ニュースの取材予約が入っていたな。スマートフォンに連絡してくれれば……おっと、研究室に忘れて来たようだな。君たち2人は、ここで待っていてくれ」


 教授は、司書のところへと行った。

 ニョイニウムの塊の前には、カナンとケイ青年とが残された。


「教授さぁ。頭はすっごく切れるけど、たまーにおっちょこちょいだよね」

 カナンが言って、後ろを振り返る。

 今日は後ろで止めていない、肩までの髪がふわりと揺れる。


「考え事ばかりしてるからだろうね、教授は」

 うなずいて言うケイは、健全な青年だった。


 いつもは見ることの出来ないカナンの紺のミニスカートと。

 清楚さをかもし出す、胸元のVネックからはみ出た白シャツと。

 その外側やら内側やら――。

 そんな諸々の事ばかりを、考えているのだろう。

 カナンに目線を合わせては、すぐに逸らすのを、地味に繰り返していた。


 その時。



『……ぞ』


『……のぞ』


『……ものぞ』


 ニョイニウムの塊から、何かが聞こえてくる。


「ん? ケイくん。この声、なんだろうね」

 言って、その塊へと近寄るカナン。


「おい、カナン。勝手に触ったら怒られるぞ?」

「えー? 大丈夫でしょ。……よいしょっと。訓練ブースみたいに、スイッチを入れないと動かないんでしょ?」


 ウインクしたカナンが、寄りかかるように手で触れると。

 その塊は、ニョイーンと音を立て、カナンが触れている箇所を中心に、急激にくぼみを作った。


「えっ!」

「変形した!」


 塊に体重をかけていたカナンは、ちょうどそのくぼみのミニスカがどうなったかは中に、転がり込む形とご想像におまかせなった。


「カナン! 大丈夫?」

「いたたた……。うん、大丈夫だけど……急になんなの?」


 そして、謎の言葉が、彼女の耳に、はっきりと聞こえた。


 人ではない、ニョイニウムの塊は、こう言っていたのだ。


『我は、何者ぞ』



 ◆



 けたたましいサイレン。

 ズシン、ズシンという地響き。


 騒ぎを聞きつけて、オーイ教授が戻って来ると。

 あのニョイニウムの塊が立ち上がり、歩き始めていた!


 その下、やや後方に。

 汗だくで、服も汚れた状態で、取り乱しているケイ青年を、オーイ教授は発見した。あわてて駆け寄る。


「おい! ケイ君! 何がどうなっている!」

「カナンが……! カナンが塊の中に……!」

「なんだと!?」


 ズシンズシンと移動する、『考える金属』。ニョイニウムの塊は。

 本棚を破壊し、キャリアカーを破壊し――ゆっくりと、どこかへ向かっているようだった。


 歩を進める先に見えるのは、地上へと向う、運搬エレベーター。

 大量の蔵書を、数台の車に詰め込んで、同時に運び込めそうなほど、大きな扉を備えた――。


「教授、申し訳ありません! カナンが乗るのを僕が止めていれば……」


「責任は、指導教授たる私だ! からな! そんなことより、あの塊を止めなければ! カナンの思考に反応し、ニョイニウムが暴走しているんだ!」


 オーイ教授とケイ青年の2人は、モビル・ティーチャーである、それでも充分に巨大な、人型の塊の後を追った。


「暴走!? 何故ですか!」


「あの塊には、3人の哲学者の知が、注入されている! ソクラテス、プラトン、アリストテレスが、書いた本と、はぁ、その3人について、言及された、膨大な資料とがだ。はぁ、はぁ。3人の哲人と、同時に対話して、3人の思考を、同時に誘導するのは、簡単だと思うか? はぁはぁはぁ」

 運動不足気味な壮年教授の息は、切れていた。

 

「なんてピーキーなかたまりなんですか!」


「私にしか、制御、できないだろう! だから私に、出兵が命ぜれられた!」



 巨大な塊の進む先に。


 女性の司書が居た。


 緊急事態に腰を抜かして、立てない状態。



 しかし――。



 その左の方向にも、右の方向にも。

 

 塊をどうにか止めようと、その巨体に取り付こうとして、あえなく吹き飛ばされたであろう、男性の司書がそれぞれ2人ずつ、意識を失って倒れていた。



 ――どう進んでも、誰かが踏み潰される状況。



 ケイが、声をあげる。

「教授! 誰を救えばいいですか!」


 オーイ教授は、きっぱりと答えた。

「愚か者が愚問を! 決まっているだろう!」






(TIPS)

【AIと倫理問題(モラルジレンマ)】


 一時期騒がれていた、この「倫理問題」。


 車がまっすぐ進むと、人を1人ひき殺してしまう。

 でも曲がると、曲がった先にいる人を5人ひき殺してしまう。

 止まることは出来ない。

 

 そんな状況で、AIはどう判断すれば正しいのか?

 正直なところ、簡単に答えが出ないです……。


 人間がこのジレンマに陥ったら、どうなるでしょう?

 

 自分が運転する車が、上記のようなピンチに陥った場合。

 人間はみんな、同じ判断をするでしょうか?


 1人ひき殺す方が、犠牲になる人数は少ないですが、「1人の嫁」と、「5人の他人」なら? あなたなら、どちらを救います?


 そして、人間の場合には、犯してしまった過ちに対する、「ゆるし」という感情があると思います。


「あなた! どうしてそんな行動を取ったの?」

 に、何と返事するか。

 その返答を聞いた他の人は、過ちを犯してしまったその人を、赦せるか?


 ……ここまでは、人間についての話です。



 では、AIについての話です。



 えっと……。



 著作権法において、人工知能は、「(2)弱いAI」を検討対象にしているんでした……よね?


 ということは、「道具扱い」「機械扱い」なんだから。



 ゆるしって、得られるの?

 製造物責任法作った親の責任みたいな話に行くの?



 でも、これまでのプログラムとは違って、AIの機械学習は、データを学習させると、んですよね? 作った人は、そんなところまで、責任持てる? 


 「AIの挙動」と「AIの作成」との因果関係を、人間が把握しきれなくなりそうだけど? (肝は結局、学習後のニューラル・ネットワークにおける、パラメータ・セット)



 実際。


 「AIが生成した著作物が、たまたま、既存の著作物の著作権を侵害していたら……?」

 みたいな話も、某所で議論されてもいるようです。


(AIに「依拠性」があるのか? など、いろいろと論点がありそうですけど、話が際限なく発散する気配なので。ここで一端ストップ。)



 ちなみに。



 「こうあるべき」ではなく、人情の話をします。



 権利は欲しいけど、責任は取りたくないのが人情……かもしれませんね。



 かと言ってね?

 


 精神個性が宿っていない前提の、「(2)弱いAI」に、責任を押し付けることは、できるのかなぁ?



 さて。



 次回、 台無しです。

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