5-3. 金属は人間か?

 リバタニアの都心から車で西へ1時間半。

 大きな森の中に、軍が所有する大規模図書館があった。


 そこへと向かうオーイ教授の人工知能カーには。

 予定をどこから聞きつけたのか、カナンの指導チューターを自認する中肉中背の青年、ケイ・アササギも同乗していた。しかし――。



 ケイ青年は、教授の愚痴に付き合わされることになった。



「ケイ君。リバタニアの上層部は、既得権益しか頭に無い。だから戦争になっている。ニョイニウムを宇宙で採掘しているのはリバタニアではなく、フロンデイアだというのに」


「ええ、そうですね……」


「金も情報も、上へと集まるのが資本主義だが、ニョイニウムまで収奪しようというのが、リバタニアの身勝手なところなのだ」


「ええ、確かに……」


「そんな奴らに従わなければ、アカデメイアは潰される。資本がなければ運営できんからな。学ではなく実用ばかり求められ、あげくに戦争へと派兵。まったくもって、おかしな時代だ」


「ええ、ええ。本当にそうですね……」


 受け流すのも大変そうに、ケイは応答していた。



「すー すー」

 後部の座席から、寝息が聞こえた。

 落第生の少女、カナン・ヒガシノは、話に着いていけなかったのだ。



 カナンは、いつもの『軍服未満』なユニフォームとは異なり。

 ダスティブルーのネコ毛ニットから、白シャツの襟がはみ出て、紺のミニスカートが、シェイプした太ももを映えさせる。


 そんな服装の彼女は。

 両手をちょこんと膝の上に置いて、車の後部ドアに寄りかかり、夢の世界へと旅立っていた。


 車の前部座席に座るオーイ教授とケイ青年とは、後ろをチラ見して、ふふっと同時に笑った。



 ◆


 車は図書館に到着。

 3人は、地下の作業空間へと案内された。


 四角い柱がズラリと並び、地下空間を天井高く支えている。

 リノリウムの床の、だだっ広い空間だった。


 あちこちに本棚がそびえ立ち、通路は広く、キャリーカーも通行している。

 移動を効率化するための、個人乗りキックボードも、あちこちに配置されていた。


「蔵書数……もの凄いですね……」

「これでも、ごく一部だからな。電子データ化もしているそうだ」

 ケイ青年と、オーイ教授とが話している所に、カナンも割り込んだ。

「どうしてそんなことを?」


「……ニョイニウムに、知を注入するためだよ」 

 言ってオーイ教授は、司書達を指差す。


 円形の襟章が付いた軍服。

 それに身を包んだ司書達がテキパキと作業をしていた。


 大量の紙本に載った情報を、司書が電子化する。

 その情報を、『考える金属』であるニョイニウムに、放射状に刺された光ケーブルを経由して、光信号として注入。


 その「注入データ」を選別することで、ニョイニウムには『金属差』が現れる。

 例えば、青塚不三夫の著作を大量に注入すると、そのニョイニウムは『なんでもいいのだ!』と、楽天的な発言をするようになる。



 ――このリバタニアでは、ニョイニウムに対して『個性』という表現は、用いられていなかった。



 オーイ達が向かった、北フロアのD2ブロックに、『ニョイニウムの塊』があった。オーイ教授が搭乗予定のものだ。


 凹凸の少ない、のっぺりした巨大な人形塊が、大型キャリーの上に横たわり、あちこちから伸びた光ケーブルで、知を注入されていた。



機動哲学先生モビル・ティーチャーって言っても、なんか、特徴の無い見た目だなー」

 と言うカナンに、オーイ教授は答える。

「知の注入が終わってからだ。注入した思考に応じて、見た目が変わる」


「……まるで、金属に自我があって、その性格が表に出てくるみたいですね」

 とケイ青年が冗談めかして言うと、カナンもふざけたように言った。

「あれでしょ? 『大人になったら、自分の見た目に責任持てー!』みたいな?」



 教授は、『オーイの苦笑』を見せた。

「そもそも、ニョイニウムの塊に、自我が在る事を、証明できないだろう?」


「あの、教授? ニョイニウムから、人間と同様の答えが帰ってきたら、どうなります?」

 優等生のケイがそう聞くが……。オーイ教授の目が、少し険しくなった。


「人間ですら、時に違う回答をするのだが? また、ニョイニウムが、人間と同様の受け答えをしたとして、ソレが『哲学的ゾンビ』ではないと、言い切れるか?」


「うう……」


 場が緊張する。しかし――。



「ゾンビ? 怖いのは勘弁してほしいなぁ」

 無邪気に放たれたカナンの言葉で、場が再び弛緩した。


 オーイ教授は、ハリネズミ状にケーブルを刺されたニョイニウムの塊から、カナンのぱっちりした目の方へ向き直った。


「ホラーな意味でのゾンビではないのだ。哲学的ゾンビとはな。物理的化学的電気的反応としては人間と同じであるが、意識クオリアを持っていない人間のこ……いや、この説明ではカナン君にはわからんな」


 教授はすこし考えてから、オーイの微笑をひらめかせ、言い直した。


「……要は、『人と同じ挙動をする、弱い人工知能』だな。昨日の宿題をやってきたカナンなら、意味は分かるだろう?」


「う、う……」

 途端に口ごもるカナン。彼女の大きな目は、苦しげに細くなる。



「教授。カナンをあまりいじめないで下さいよ」

「ははは」



 すると、落第生を自認するカナンは。

 思考のオーバーヒートを起こしたらしく、とんでもないことを言い出した。


「あー! もう面倒くさいから、ニョイニウムは人間ってことにいいんじゃないです?」



「ぬ?」

 教授は……なぜか絶句した。


「いやいや、ニョイニウムに、意識があるか分からないんだよ? 人じゃないじゃん」と、ケイが言うが――。


「じゃあさケイくん。脳震盪のうしんとうで意識を失った人間は、?」


「それは……」

 口ごもるケイ青年。


 ……オーイ教授は、渋面になって言った。

「カナン・ヒガシノ君。君は今、真理の一端を突いたな。意識の有無を証明できない点で、人間とニョイニウムとは同様だ。デカルトの『我思う、故に我在り』は、の証明だからな」


 ケイ青年は、混乱したような表情で聞く。

「待ってください、教授! では、人間もニョイニウムも、等しく人間なのですか?」



 教授は――。

 首を「横に」振った。



「いや。『ニョイニウムは人ではない』と、人間がだろうな。その方が、人間にとって住みやすい世界になるとから」


「はー。……人間って、排他的なんですねぇ」

 と、肩までの髪を小さく揺らしてカナンが言うと。



 教授は……また少し考えた後、言った。



「カナン。例えばだが……『サル』は人間か? 『川』は人間か? どこまでを『人間』だとして切り分ける? それは、『判断をする人間』側の理屈なんだ」






(TIPS)

【サルは著作者になれるのか(現世の外国)】

 サルが自撮した写真の著作権は、サルにあるのか?

 訴訟がありました。和解で終わっています。(出典は「7.おまけ」にて)



【川に法的人格を認める話(現世の外国)】

 なんと! 『川』に法人格が認められたケースがあります(出典は「7.おまけ」にて)。

 『人格』でなはく『法的人格』ならは、人以外に与えられることも?



【では、AIは?】

 著作権の文脈において。

 前回お話した「(2)弱いAIは道具に過ぎない」を前提に、現世の日本は、検討をしているようです。

(参考:平成29年3月『新たな情報材検討委員会 報告書』)



・著作権を得るには、創作的意図と、創作的寄与が必要。

寄与が無いものは、著作権無し(AI著作物)。


 という、現状の整理になってます。

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