台無しパート
4-3. 盾と剣
『案の定』とは、こういう事を言う。
我が王国は、魔物の侵入を許していた。
戦も災厄も現実も、こちらの準備を待ってなどくれない。
伝説の剣、盾、鎧を集めに言った、
王国兵は善戦していた。
『平時に乱を忘れず』の
報告によると、侵入している魔物は獣タイプ。短い4本足を持つ、人より少し大きい獣で、「マ”ー! マ”ー!」と、しゃがれた声を発するのだそうだ。
王国内には、『ヲット』という、
報告された特徴に基づき、この3本角の魔物を、余は『スリーヲット』と名付けた。
「王国兵6名を1組として、スリーヲット1体に対処させます」
そう報告するトライク公爵は、『三白眼の貴公子』とあだ名される余の側近であり、戦時には参謀ともなる、思考のキレに定評のある男だった。
――神経質であるという欠点も、有してはいたが。
国防を王国兵に任せて、自分だけ城で
緩やかな斜面を呈する、高台にある本陣から、遠見筒を使って、前線の戦況を確認する。
1体のスリーヲットを、複数の王国兵で包囲し、武器の盾で殴っている。特に「はがねの盾」が効いているようだ。
しかし……魔物の数が多い。
そして、どの魔物も、似通った容姿であった。
角が、どの方向から見ても3本に見える。そして、糸目。
「個体差の無い魔物ですな……我が君」
「うむ。まるで1匹の魔物を、3Dプリンターで複製したかのようだな」
「だとすると、その複製行為に、創作性がありませんな。新たな著作物とはいえないでしょう」
またも、
そもそも、モンスターを著作物に入れて良いのか?
人間と魔物の身体能力の差は歴然。
前脚攻撃を受けた王国兵は吹き飛ばされた。
しかし王国兵達は、訓練が行き届いていた。
スリーヲットの攻撃を、防具の剣を使って上手くいなし、受け流している。
盾で攻撃。剣で防御。
日頃の訓練の
「勇壮な戦いぶりだ、我が兵は」
しかし――戦況に変化が訪れる。
より大型の、2本足の魔物が現れたのだ。
「ボエエエエ!」と咆哮も大きい。
その大きさから、余はこの2本足の魔物を『ジャイマンティ』と名付けた。
王国兵が数人がかりで
「緩やかに後退! ジャイマンティの力を受け流せ! 遠距離魔法部隊の前面までおびき寄せて、十字砲火だ!」
我が兵団は良く機動した。
四方から、炎の魔法が放物線を描き、ジャイマンティへと降り注ぐ。
ドドドオ!
しかし――。
「ばかな!」
「直撃のはずだ!」
ジャイマンティには、鱗があるようだった。
降り注ぐ炎は、その装甲を貫通することができない。
ジャイマンティの進撃が止まらない。
配備しておいた、数々の投石器が飛ばした大岩も、直撃してもびくともしない。
「うわーーーー!」
「ひぎゃあああ!」
「ひぃぃぃぃ! 助けてくれ!」
ある兵は引きちぎられ。
ある兵は踏みつぶされ。
明らかに冷静さと士気を失った兵達の悲鳴が、波のように戦場を伝搬――。
まずい……。
城下町まで侵入を許してはだめだ。女子供も暮らしているんだぞ。
「何としても、ここで食い止めろ!」
そう
思わずギリリと
「我が君。ジャイマンティの群れがこの本陣まで参ります。城までお逃げ下さい」
トライク公爵が青ざめた顔で進言する。
「馬鹿者が! 余が逃げたら、総崩れとなるのは
「しかし、どうしようもありません。ご覧ください、あの惨状を!」
トライク公爵の指差す方。
2本足のジャイマンティが、兵士達を文字通り「蹴散らし」て出来た血の通路。
そこを通って、4本足の魔物、スリーヲットもまた、本陣へとにじり寄っていた。
「くっ……」
余は、右手の盾を、強く握る。
手持ち戦力ではどうすることも出来ないことは、もはや明らか。
全軍撤退……?
遠征軍ならばそれでいいだろう。逃げ延びて再起を図れば良い。
しかし我々は、国防軍なのだ。
ここで引くことは、国の滅亡を意味していた。
あの魔物の群れが、大挙して城下町へとなだれ込む光景を想像し、余の背中を、冷たい滴がタラリと伝った――その時だった。
「わが君! あれを!」
トライク公爵が言う。
兵士を襲う、魔物の群れ。
その一角に、突然。
外側から、丸いハンマーが打ち込まれたように。
吹き飛んだのは、3本角の魔物、スリーヲット。
砂が舞う。木の葉が舞う。巨木が舞う。スリーヲットも舞う。
(風か……!)
それは、宮廷魔法士ですら、驚愕するであろうほどの。
暴風が、魔物の密集する領域を、文字通り吹き飛ばした!
空いたスペースの、中央に。
細身の女性が、右手を天高く上げていた。
左の手の平を、右前腕の内側に添えるようにして。
「あれは……イレーヌ!」
――彼女だけではなかった。
暴風が収まる。
その風に耐えた、ジャイマンティの巨躯を。
斬ッ!
――横薙ぎに。
斬ッ!
――縦薙ぎに。
振るわれる剣旋。
彼が剣を振るうたびに、ジャイマンティが、次々と打倒される。
「なっ!」
遠見筒越しに、余は驚愕した。
なんだ? 盾と剣の、あの使用法は!
勇者は、利き腕とは反対側の腕に持った盾で、魔物の攻撃を受け止めている。そして、利き腕に持った剣で、魔物に切りつけ、そして急所と思しきポイントへと突き刺していた。
我が王国における『武器』である、盾と。
我が王国における『防具』である、剣とを。
用途を逆にして用いる、勇者。
そして。
イレーヌの風の魔法と、勇者の近接攻撃とによって出来た、細い回廊の中を。
背広の男が、小柄な老人と、大箱とを台車に乗せ、我が本陣へ疾走する。
あれは……森田と、モーゼス老。
勇者一行は、戻ってきた!
◆
血路は開かれた。
モジモジと語らない森田。彼が引く台車。
そこから降りたモーゼス老の白ヒゲが揺れた。
台車の上には、巨大な箱、すなわち伝説の3Dプリンターの他に、もう一つ、小さな箱も乗っていた。
「遅くなりまして」
「よくぞ戻った……。モーゼスよ。伝説の武器防具はどうなった? 勇者殿の、あの戦い方は何なのだ?」
「王様……まず、あの戦い方。剣を武器として、斬る、刺す事に用いたほうが、より有益ではないかと考えました。盾は、厚みを生かして防衛に用いると。用途を逆転したのです」
「なんと……」
余は、彼らの発想の転換にうなった。
そうか……。物本来の用途に……例えば「盾は攻撃のためのものである」事に、こだわる必要は無いのか。
興奮した余が、
「して、どうだった? 伝説の武器防具は見つかったか?」
と聞くと、モーゼス老の表情が明らかに曇った。
そして彼は、歯切れ悪く答えた。
「入手は致しました……しかし……」
「おおお! でかした! しかし……どうしたと言うのだ?」
再び問うと、小柄な老人は、迷いの中に居るような小さな声で、こう述べたのだった。
「しかし……なにぶん伝説の装備。その創作者が誰であるのか、その著作権の権利期間が切れているのか、全くもって不明なのです……」
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