4-2. 魔物はすぐそこに
我がフィエロ王国の城には、『円卓の間』という大広間がある。
今そこでは、『王国著作権委員会』が開かれていた。
余も
彼らが伝説の装備を携えて戻ってくるまでの間に、国内の法的諸問題を解決しておこうという算段であったのだ。
フィエロ国王である余は、『円卓の間』の奥、すなわち上座に腰を降ろした。
『
王に対し遅れることは不敬に当たると考えたのか、20名程度の委員は全員、既に着席していた。貴族然とした着衣。一糸の乱れもない。
「剣や盾などの実用品は、創作保護の著作権ではなく、工業デザイン保護の意匠権で対応すべきなのが、常識と言うものです」
とある若い委員の、その発言をきっかけに、議論は活発に沸いた。
「私めも同意にございます。なにしろ意匠権の権利期間は登録から20年、著作権は死後50年までですからな。権利の長さが桁違いで、意匠法が活用されなくなってしまう。それを避けるには、法律の棲み分けを行いませんと」
「今度、
「列強諸外国に合わせようというだけですが」
「その是非の公開検討が足りていないではないか。収支が赤字状態の権利期間を伸ばそうというのだから」
「わが国は王政であり、公開議論などそもそも必要ありません」
委員達の議論が、あらぬ方向へと向かっていた。
余はゴホンと咳払いを1つ入れる。
その意を
「伝説の剣や盾などの実用品を、伝説の3Dプリンターで複製する行為を、はたして法的にどう扱うか。今はその点を議論してもらいたい」
すると、新進気鋭のオーバーノ教授がスラリと手を上げ、演説を始めた。
「皆様ご承知の通り、著作権法における実用品の扱いには、大きく3つの潮流がございます。すなわち、(1)
「しかし、先日の椅子の判決の後、(3)をベースにした判決が続いていないではないか……」
と、別の委員が、またも余の理解を超える方向へと行こうとするので、余は小さく咳払い。
それを再び
承知しましたと、オーバーノ教授は席を立って語り始めた。
「(1)の峻別論は、美術工芸品だけは著作権を与えるが、それ以外の応用美術には与えない、という、区別を行う考え方です」
ふむふむ、と余はうなずく。
はっきりと分ける、ということだろうか。
「(2)の純粋美術同視説は、彫刻などの純粋美術と同視できるほど美的であれば、著作権を与えようとする考え方です」
またもふむふむと、余はうなずく。
美の度合いで見る、とういうことだろうか。
「(2)はさらに2つに分かれまして、
うむ……だいぶ難しくなってきおったな。
「最後に(3)美の一体性理論は、応用美術だからと特別な規準を設けずに、他の著作物と
ふむふむ、と余はうなずいた。
3つめのものが、一番シンプルで分かりやすく、そして、デザイナー等が喜びそうな理論だろう。
そこまで把握した余は、ついつい気になって、こう聞いてしまった。
――本来ならば、議論を行わせ、よい知恵をより多く引き出すべきであったのに。
「して、肝心の、3Dプリンターが産み出す剣や盾については、その3つの理論のうち、どれを採用するのが良いのか?」
そう聞いた途端、20人余の専門家達が、まるで白磁の彫刻のように固まった。
「どうした? なぜ答えぬ?」
すると、白髪の委員長が、口端を震わせながら、小さな声で言った。
「恐れながら国王陛下。現在、判例も
「ふむ……たしかにな。いつ頃、結論が出るのだ?」
「実際に
なんとも歯切れの悪い返答。
「何を悠長な事を!」
余の一喝で、場は静まり返った。
この時点で余は、余自身の失態を自覚していた。
議論は本来、上からの圧で、萎縮させるべきではないのだ。
自由
しかし、為政者として情けない限りだが、余の口からはこの時、感情の吐露が、止めどなく溢れてしまったのだ。
「争いは、既に起きているではないか。委員会がモタモタしている間に、魔物がこの国まで押し寄せてしまうぞ!」
(TIPS)
【学説や判例で決着しないことも】
現世日本の判例を、何個か挙げてみます。
ファービー人形->著作物じゃない。
動物フィギュア->著作物じゃない。
妖怪フィギュア->著作物です。
アリスフィギュア->著作物じゃない。
幼児用の椅子->著作物です。
これらの判例に接した著者の感想。
「え? はい? ……統一された切り分けの基準はあるの? 特に……椅子……」
交通整理のために、世界を「切り分け」る条件を、「条文」という言葉で表現しても。その言葉が、社会実情とピタリ一致するとは限らない。
条文で足りない部分は、学説や判例で補おうとしますが、それでもわからなくなったり。
神ならぬ人間がルールメイクするのって、難しいんだなぁ……。
【3Dプリンターと著作物性(現世の日本)】
以下は学説ですので、確定はしていません。という前置きで。
(1)CADデータなどの3Dモデル
著2条1項1号の定義に「有体物でなければダメ」とは書いてないので、データ(無体物)である3Dモデルにも、著作物性は有り得るでしょう。表現として完成していれば。
ただ、「原作品ってなんやねん!」という未解決問題が発生!
(展示権)
第二十五条 著作者は、その美術の著作物……(中略)……をこれらの原作品により公に展示する権利を専有する。
CAD「データ」はあるけど、
ハードディスクが、原作品になっちゃうの? みたいな。
(2)3Dプリンターで『具現化した物体』は著作物か?
ファイブスターストーリー事件判決(京都地裁平成9年7月17日)
(引用)
『漫画キャラクターを立体化した商品は、実在する物を忠実に再現する一般のスケールモデルとは異なり、その立体化の過程に制作者の思想・感情の表現が看られるのであって、当該キャラクターが描かれた漫画又は当該キャラクターという美術著作物の変形として、二次的著作物としての著作物性を有すると認めるのが相当である。』
おおお! 絵の立体化に、思想・感情(個性)があれば、著作物だって言ってるじゃないですか! (ただし、「二次的」著作物)
他にも。大阪高裁のチョコエッグ事件判決でも、個性の話をしてます(引用は割愛)。
とすると。
3Dプリンターによる立体化で、『個性』って、どうやって出すんでしょうね……?
【この章の世界観】
小説書き始めた頃の作品、『フィエロ王国戦記』を魔改造してます。
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