4-2. 魔物はすぐそこに

 我がフィエロ王国の城には、『円卓の間』という大広間がある。

 豪奢ごうしゃな調度品が並び、庭からの光の入りも良い。


 今そこでは、『王国著作権委員会』が開かれていた。

 余も臨席りんせきする。

 

 くだんの珍妙なパーティ構成の勇者一行には、『一刻も早く、伝説の剣、盾、鎧をそろえて戻ってまいれ』と命じ、旅立たさせた。


 彼らが伝説の装備を携えて戻ってくるまでの間に、国内の法的諸問題を解決しておこうという算段であったのだ。


 フィエロ国王である余は、『円卓の間』の奥、すなわち上座に腰を降ろした。

 『旅の罠トラベル・トラップ』という、美的意匠があしらわれた、王専用の一品製作椅子であった。


 王に対し遅れることは不敬に当たると考えたのか、20名程度の委員は全員、既に着席していた。貴族然とした着衣。一糸の乱れもない。


「剣や盾などの実用品は、創作保護の著作権ではなく、工業デザイン保護の意匠権で対応すべきなのが、常識と言うものです」

 とある若い委員の、その発言をきっかけに、議論は活発に沸いた。


「私めも同意にございます。なにしろ意匠権の権利期間は登録から20年、著作権は死後50年までですからな。権利の長さが桁違いで、意匠法が活用されなくなってしまう。それを避けるには、法律の棲み分けを行いませんと」



「今度、著作を100年現世日本は70年に伸ばすのだろう? なし崩しに」

「列強諸外国に合わせようというだけですが」

「その是非の公開検討が足りていないではないか。収支が赤字状態の権利期間を伸ばそうというのだから」

「わが国は王政であり、公開議論などそもそも必要ありません」



 委員達の議論が、あらぬ方向へと向かっていた。

 余はゴホンと咳払いを1つ入れる。


 その意を忖度そんたくした、白髪の委員長が言った。

「伝説の剣や盾などの実用品を、伝説の3Dプリンターで複製する行為を、はたして法的にどう扱うか。今はその点を議論してもらいたい」

 


 すると、新進気鋭のオーバーノ教授がスラリと手を上げ、演説を始めた。



「皆様ご承知の通り、著作権法における実用品の扱いには、大きく3つの潮流がございます。すなわち、(1)峻別しゅんべつ論、(2)純粋美術同視説、(3)美の一体性理論であります」


「しかし、先日の椅子の判決の後、(3)をベースにした判決が続いていないではないか……」

 と、別の委員が、余の理解を超える方向へと行こうとするので、余は小さく咳払い。


 それを再び忖度そんたくした白髪の委員長が、「より詳しく説明するように、オーバーノ教授」と告げた。



 承知しましたと、オーバーノ教授は席を立って語り始めた。



「(1)の峻別論は、美術工芸品だけは著作権を与えるが、それ以外の応用美術には与えない、という、区別を行う考え方です」



 ふむふむ、と余はうなずく。

 はっきりと分ける、ということだろうか。



「(2)の純粋美術同視説は、彫刻などの純粋美術とであれば、著作権を与えようとする考え方です」



 またもふむふむと、余はうなずく。

 美の度合いで見る、とういうことだろうか。



「(2)はさらに2つに分かれまして、通常よりも高い現世日本の美のハードルを多数の判例設けるとする『段階理論』と、実用目的から現世USの分離して美を見出せるかユニフォームの判決を規準とする『分離可能性論』とがございます」



 うむ……だいぶ難しくなってきおったな。



「最後に(3)美の一体性理論は、応用美術だからと特別な規準を設けずに、他の著作物と同様に扱うべき現世の欧州とか?という考え方です」



 ふむふむ、と余はうなずいた。

 3つめのものが、一番シンプルで分かりやすく、そして、デザイナー等が喜びそうな理論だろう。


 

 そこまで把握した余は、ついつい気になって、こう聞いてしまった。


 ――本来ならば、議論を行わせ、よい知恵をより多く引き出すべきであったのに。



「して、肝心の、3Dプリンターが産み出す剣や盾については、その3つの理論のうち、どれを採用するのが良いのか?」


 そう聞いた途端、20人余の専門家達が、まるで白磁の彫刻のように固まった。



「どうした? なぜ答えぬ?」


 すると、白髪の委員長が、口端を震わせながら、小さな声で言った。


「恐れながら国王陛下。現在、判例も錯綜さくそうしておりまして。学者の意見も様々です。関係者の意見も聞きながら、慎重に検討しませんと、なかなか結論が難しいかと」


「ふむ……たしかにな。いつ頃、結論が出るのだ?」


「実際に争い訴訟が起きてみませんと、どうにも……」


 なんとも歯切れの悪い返答。


「何を悠長な事を!」

 余の一喝で、場は静まり返った。



 この時点で余は、余自身の失態を自覚していた。

 議論は本来、上からの圧で、萎縮させるべきではないのだ。


 自由闊達かったつな意見の応酬の後に、それを取りまとめれば良かったものを――。


 しかし、為政者として情けない限りだが、余の口からはこの時、感情の吐露が、止めどなく溢れてしまったのだ。



「争いは、既に起きているではないか。委員会がモタモタしている間に、魔物がこの国まで押し寄せてしまうぞ!」






(TIPS)

【学説や判例で決着しないことも】 

 現世日本の判例を、何個か挙げてみます。


 ファービー人形->著作物じゃない。

 動物フィギュア->著作物じゃない。

 妖怪フィギュア->著作物です。

 アリスフィギュア->著作物じゃない。

 幼児用の椅子->著作物です。

  

 これらの判例に接した著者の感想。

「え? はい? ……統一された切り分けの基準はあるの? 特に……椅子……」


 交通整理のために、世界を「切り分け」る条件を、「条文」という言葉で表現しても。その言葉が、社会実情とピタリ一致するとは限らない。


 条文で足りない部分は、学説や判例で補おうとしますが、それでもわからなくなったり。


 神ならぬ人間がルールメイクするのって、難しいんだなぁ……。



【3Dプリンターと著作物性(現世の日本)】 

 以下は学説ですので、確定はしていません。という前置きで。


(1)CADデータなどの3Dモデル

 著2条1項1号の定義に「有体物でなければダメ」とは書いてないので、データ(無体物)である3Dモデルにも、著作物性は有り得るでしょう。表現として完成していれば。


 ただ、「原作品ってなんやねん!」という未解決問題が発生!


(展示権)

 第二十五条 著作者は、その美術の著作物……(中略)……をこれらのにより公に展示する権利を専有する。


 CAD「データ」はあるけど、ブツが無い……。

 ハードディスクが、原作品になっちゃうの? みたいな。

 


(2)3Dプリンターで『具現化した物体』は著作物か?

 

 ファイブスターストーリー事件判決(京都地裁平成9年7月17日)

(引用)

『漫画キャラクターを立体化した商品は、実在する物を忠実に再現する一般のスケールモデルとは異なり、その立体化の過程にが看られるのであって、当該キャラクターが描かれた漫画又は当該キャラクターという美術著作物の変形として、と認めるのが相当である。』


 おおお! 絵の立体化に、思想・感情(個性)があれば、著作物だって言ってるじゃないですか! (ただし、「二次的」著作物)

 他にも。大阪高裁のチョコエッグ事件判決でも、の話をしてます(引用は割愛)。


 とすると。

 3Dプリンターによる立体化で、『個性』って、どうやって出すんでしょうね……?



【この章の世界観】

 小説書き始めた頃の作品、『フィエロ王国戦記』を魔改造してます。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881270884

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