3-4. 仮想権利能力

 自分に出来ることから広げていくのが、とても大切なんだと思います。



 私が『アースホース』に投稿した【歌ってみた】【朗読】などの動画は、再生数もコメント数も、なかなかのものでした。


『かわいいー!』

『結婚して!』

『毎日聞いてたいよ』

 

 と、うれしいコメントもいただけて、バーチャルアースホーサーバーホーサーを始めて、本当に良かったと思いました。



 一方で、【踊ってみた】【ゲーム実況】【やってみた】などの動画は、未だに下火の状態です。


『踊り下手すぎ』

『しゃべりのテンポがなぁ……』

『なんか、暗いよね』


 みたいなコメントが、総じて多くつきました。

 バーチャルの世界でも、まだまだ私は、はじける事が出来ずにいました。

 きっと、自信が足りないんでしょうね。



 ――はい。学生時代からの、「失敗」という名の経験が、たくさんありますから。



 ちなみにここまでは、単なる「動画投稿者」にすぎません。

 バーホーサーの本当の意義は、人気が出た後に発揮されるものでした。


 橋本Pが言うには。

 私のチャンネルにある動画の、累積再生数が1万回を超えると、晴れて私は、に成れるのだそうです。



 ……と言っても、私は元々、人間です。


 

 累積再生数が1万回を超えると。



 私の分身アバターである「カリノタイ」が。

『アースホース』というバーチャル空間の中で。

 人間として認められる。



 そんな仕様なのでした。



 例えばお金の問題です。

 動画再生数に応じた収益が、アースホースを運営するグルグール社から、仮想通貨の『ビビットコイン』で支払われます。もちろん、現実世界の現金に両替することもできます。


 ただ、そもそも。

 ビビットコインを受け取るのは、バーチャル空間『アースホース』内で、人間として認めてもらった後になるのです。


 この条件は、「仮想権利能力」と呼ぶらしいです。

 仮想世界の中で権利、義務の主体となることが出来る力のことです。


 実際、橋本Pも昔、そうやって、バーチャル世界の人間として認められたのだそうです。「なつかしいなぁ……」と、灰色の棒な姿の橋本Pは笑っていました。



 は、仮想世界で頑張りました。



 バイトが終わったら、アパートに一目散に帰り、寝る間を惜しんで、動画の作成です。心なしか、お化粧のノリが悪くなりました。


 今の累積再生数、2321回。

 まだまだ足りていません。


 何に対してか? と言いますと、声優磐田晶いわた・あきらさんのチャンネルで、とある企画が持ち上がっていたのです。



「バーチャル空間『アースホース』内にある、仮想武道館で、初のシークレットライブを開催!」

 というものです。


 いえ、バーチャル空間を利用したライブは、これまでも沢山ありました。

 磐田さんの公開ライブも、何度もありました。

 アースホースの動画で、自由に観れるものもありました。


 今回の企画は、それらとは、まったく違うのです。


 言わば、仲間内のみクローズド

 チケット自体は、ビビットコインで買う事が出来るのですが、しか、ビビットコインを持つことが出来ないのです。


 そんな、選ばれし者の為のイベントなのでした。


 磐田さんのシークレットライブまで、あと、2ヶ月半。

 ワタシが仮想権利能力を得られる再生数まで、あと7679回。

 急がなければなりません。


 私は、エレキバンみたいな黒いセンサーを毎日取り付けました。

 センサーの貼り付け過ぎで、赤い斑点が点在する、の肌にです。


 そして、バーチャル世界のワタシこと、「カリノタイ」を操作して。

 ……いえ、カリノタイと


 歌ったり、踊ってたり、朗読したり、流行りのグッズを紹介してみたり……。

 とにかく、沢山のことをやって、沢山の動画を投稿しました。


 仮想世界は目立ってナンボ。

 お店に進入してみたり、何かを爆破してみたり。

 そういう過激な事をしたくなる、他のアースホーサーの気持ちも、正直、よくわかりました。


 ですが私は、そういう派手なことはせず、とにかくコツコツと、出来ることをやり、たとえ地味でも、動画を積み上げました。橋本Pの力も、お借りしながら。


 数は力です。

 チリも積もれば山となるのです。

  

 磐田さんのシークレットライブまで、あと残り1ヶ月を残し、私はついにやり遂げました。


 累計再生数、10126回。


 しょぼしょぼの目をこすって、私はアパートのベッドに膝をつき、両手を胸の前で、祈るように組みました。


「やった……やった……! 私、やれば出来るんじゃないか!」

「磐田さん。あたし、貴方に会いにいけます」

 そう独りごちながら、何度も、ベッドの上で飛び跳ねました。


 あとは、仮想権利能力が付与されるのを待って、そして、チケットの手配をするだけ……のはずでした。



 その時です。

 私のORゴーグルに、とある通知メッセージがやって来たのは。



「ちょっと……これ、どういう……こと?」



 それは、利用規約の変更を告げる通知でした。 



「そんなのって、ないよ……」



 私は首を何度も横に振りました。頭が理解を拒否しています。

 


 それとは関係なく。

 ORゴーグルは、私の感情と言葉と行動とを丁重に無視し、とある決定を、テキストとして、ただただ吐き出したのでした。



~~~~~~~~~~~~~~~~

 利用規約一部変更のお知らせ


 アースホースのご利用、誠にありがとうございます。

 この度、仮想権利能力を得られるための、条件の引き上げを行います。


 来週月曜日以降、アースホース内で権利能力を保持するためには、以下の3つの条件を満たすことが必要となります。


 ・チャンネル登録者数、1万人

 ・年間の累積再生数、20万回

 ・年間の動画再生時間、2万時間


 なお、既にアースホース内にて権利能力を有しているユーザーの場合であっても、上記の条件を満たさない場合、権利能力は直ちに失効し、該ユーザーが保持するいかなる権利も、無効となります。

~~~~~~~~~~~~~~~~






(TIPS)

【利用規約は絶対ではない】

 利用規約が、法律を上書きオーバーライドしようとする事があります。

 でも、必ずしも、上書き後の利用規約が適用されるのか? という、疑問のお話。


 例えば、強行法規に反する契約条項は無効ですよね?

 ……とまぁ、ここは弁護士さんマターですので、私の身の丈では、これ以上踏み込んではいけない部分だと思います。



【お見事! と唸った利用規約】

 バーチューバー『キズナアイ』さんの利用規約は、読んで感嘆しました。


<引用。ルビは筆者>

>(1) キャラクター

>その存在を他と区別するために、名称を付与され、その他音声、外見、性格等によって特徴づけられた抽象的概念を表現するために創作された、絵画の著作物ここ! うまい!をいいます。

(引用ここまで)


 キズナアイの3Dモデリングデータをダウンロードする時に表示される利用規約ですが、著作物の定義として、「3Dモデル」でなはく「絵」をベースにしている点がうまい!


 「絵」が著作物なのは、正直、疑いようもないほどの常識ですもの。

 その形態変形(例えば立体化とか)は、絵(美術)の著作物の、複製権、翻案権等で管理出来るだろう、という発想ですね。


 なんというか、利用規約の条項から、キャラクターに対する誠実さ、愛みたいなものを感じるんですよね……。(完全に私見な感想ですけど)

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