2-2. 著作権ディストピア

 ゴルゴダ駅へと向かう魔力列車。

 その中で俺は、『フリーコミックギルド』にアップされているマンガ、『名無し室長の人身掌握術』を読んでいた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 鬼が来たりて、人の願いを喰らう。

 「もっと時間を」「金を」「健康を」「才能を」。

 人が望んだそれのみを、狙い撃ちにするように。

 願いの核を打ち砕かれ、途方にくれる人類。

 その時現れた、えんじ色ネクタイの男。

 人類を導く彼の名は不明。職業は……室長。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 飄々ひょうひょうとした、俺TSUEEEEな室長が、絶望に打ちひしがれる民草の人心を掌握し、みんなとの協力プレイで、世界の闇を打ち砕いていく物語だった。


 過激な表現が多く、序盤から人が大量に死ぬ。

 ただ、かわいい女の子がたくさん出てきては、室長といい感じにくっつく。

 グロとエロと退廃が三重奏になってるのに、章の終わりは必ずハッピーで締められるという、そんなマンガだった。


(おいおい……エリさんが、敵のイケメンに捕まって……。室長はまだ、気づいてねぇのか……。ヤバいって! 早く助けに行かないと……エリさんが……)


 ここから先は、読んじゃダメだ。


 いや、だって……男性ならわかるはずだ。

 満員列車の中で、お色気シーンは、色々とまずい。


 魔力列車は、上り坂に差し掛かった。

 乗客は片足に体重がかかる。俺も右のめりになる。

 進行方向に向かって立ってる人は、後ろの人に、完全によりかかっている。


 丘にある、ゴルゴダ駅。

 到着しようと、魔力列車は減速していく。

 俺は今度は左のめりになる。間違って、おっさんの防壁をぶち破り、女性に触ってしまわないように、気をつける。


 樽型の俺が間違って触れようもんなら、になる自信がある。いやな自信だが。そんなスリルに、ヒヤヒヤドキドキしていた、その時だった。



 フォォォォォッ!  フォォォォォッ!



 けたたましい音が、列車内に響いた。

 まるで、大災害の発生を告げる、警告音の如く。

 誰かの、スマートフォンが鳴ったんだ。それは――。



 



 ドアが開く前から。

 「ぎゃあああ!」と悲鳴。

 「早くけよ!」と怒号。


 まるでジャーで、白米を「おどり炊き」しているかの如く、列車内は混沌。もみくちゃになっている。駅に到着。ドアがようやく開く。


 霧吹きから出た微細水滴の如く列車から飛び出る、乗客という名の濁流。

 その濁流に飲まれながら、俺もまた、列車の外へと


 どうにか、駅ホームの端っこまで、俺は逃げおおせた。

 アレには、絶対に巻きこまれたくは無い。


 丘にある、ゴルゴダ駅。

 列車ホームの端っこから見る、外の景色は、いつもなら、緑に生い茂っている。

 しかし今朝は、珍しく降った雪で、白が一面を覆っていた。



 天候にかかわらず。

 アフターカーニバル後の祭りが、今日も始まる――。

 


「待てよ! 俺は何もしてねぇよ!」

 一人の暴れる男が、列車の中から引きずり出された。数人がかりで押さえつけられながら。痩せた男だった。暴れる男の左手には、フォォォッ! という警告音鳴りやまぬ、スマートフォンが握られていた。


 手当たり次第に、他の乗客の袖をつかもうとする、その痩せた男。

 しかし皆、逃げ惑う。つかませない。

 巻き込まれるのは、列車のドアに服が挟まるぐらいで、もう充分だった。

 


 ピーピーピーピ ピーピーピーピー!

 ピーピーピーピ ピーピーピーピー!


 まるで、サンバのホイッスルのように、笛を吹きながら。

 顔面をシェードで覆った駅員が、何人もやってきた。


 彼らは「断罪駅員」と呼ばれる集団だった。

 彼らは言葉を発しない。


 ただ無言で、を捕まえる。

 痩せた男は、両腕を羽交い締めにされる。


 そして断罪駅員達は、やはり無言で、とある方向を指差す。


 その方向には、遠くに、丘の頂上があった。

 頂上には杭が、幾本も刺さっていた。

 雪の白い帽子をかぶったその杭は、朝の太陽を浴びていた。


 断罪駅員に担がれた神輿の如く、痩せた男は連れて行かれた。


「動画をアップロードしただけじゃねえか!」

 痩せた男の、そんなわめきと悲鳴とが、だんだんと遠ざかる。

 

 ――。


 そして、駅ホームのアナウンスが告げた。

「ただいま、お客様の中に、著作権侵害行為を行った方がいらっしゃいました。処置完了確認後、再びご乗車頂けます。お急ぎの所、誠に申し訳ございません。今しばらくお待ち下さい」


 事務的に告げるその口調。

 俺が体を震わせたのは、雪と寒さだけが原因ではなかったと思う。


 俺だけじゃない。列車から逃げ出した乗客は、みな押し黙り、氷の彫刻にでもなったかの如く、フリーズしていた。


 雪は音を吸収する。

 静寂の中。もう一つ、小さな騒ぎが起こった。


 隣の車両から、痴漢が出たらしく、駅員と、押し問答をしていた。スカート姿の女性が怒っていた。


「このハゲヅラ、痴漢です! 魔導機器スマートフォンで、あたしのスカートをめくりました!」


「俺じゃないよ? なんで朝から、浮遊魔法なんか使わなきゃいかんの? 魔力を温存しとかないと疲れるでしょ? これから仕事なんだから!」


「毎日毎日続くから、スカートに探知魔法をかけといたんです! 往生際が悪いですよ!」


 駅員がやって来て。

「……駅員室までご同行いただけますか?」

「俺は何もしてねぇよ!」

「まぁまぁ。話は駅員室で、ゆっくり聞きますから」


 駅員は、ていねいな口調で、痴漢と思しきおっさんをなだめていた。そしてそのおっさんは、ゆっくり歩き出した。しぶしぶながら、駅員室に行くのだろう。羽交い締めなどにはされていなかった。



 ――そんな、痴漢にまつわるエトセトラがかわいく思える程に。



「ぎゃあああ! 痛てぇ!」

「皮が! 皮が!」

「熱い! 熱い熱い熱い!」


 雪で白く染められた丘の頂上、杭の辺りから、が、風に乗って、小さく聞こえていた。


 まるで……丘を、血の色に染めそうな、声色で。






(TIPS)

【この章の世界観】

 かなりディストピアな異世界設定になっております。

 魔力やらドワーフやら、バリバリの異世界フィクションに。


(別名:魔改造)


 ただ……現実に、「ぎゃあああ!!」「熱い熱い!」となる程に罰則を厳しくしたら、あかんと思います。(ぶるぶる)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る