マンガ海賊版 ネット公開事件 編

積上げパート

2-1. 魔力列車は人ぎゅうぎゅう

 当社比1.5倍の『ペヨンジャン大盛り焼きそば』の如く、人が乗りすぎてる。


 乗車率、目算で150パーセント。

 10両編成の満員魔力列車。

 せっかく焼きそばに例えたっていうのに、『すし詰め』状態だ。


 金曜の朝。

 都心には珍しく、雪が10センチも降って、ダイヤは大混乱だった。

 SNSのツイッテロで確認すると、|イケブック駅は、まるで、紙で雑に包んだハンバーガーの如く、乗客が駅構内からはみ出し、大変な事になっていると言う。


(会社行きたくねぇなぁ……)


 列車の窓ガラスが曇っている。

 人がぎゅうぎゅうで暑い。

 後ろのおっさんの息が臭い。

 こんなにつらいのに、会社を休めない。



 正直、この世界はどうかしてると思う。



 大雪警報が前日から出てたんだから、会社も「今日は自宅待機で」とかにできなかったんだろうか? 魔力列車が大トラブル起こすのは明らかだったのに。

 ああ……。大学に通ってた去年までは、俺、幸せだったんだなぁと本当に思う。

 なんだよこの強制通勤地獄はよ。



「ユダール駅で発生した魔力付与ポイント故障により、停車しています。お急ぎの所誠に申し訳ございません」

 車掌のアナウンスが響く。

 寿司のシャリ、ひと粒ひと粒が湯気を発しているが如く、暑苦しい魔力列車の中。氷の魔法を唱えてくれる奴も居ない。みんな疲れて、魔力を温存してるからな……。


 俺のすぐ右横には、知らないおっさんが立ってた。

 後ろのおっさんとは違い、息は臭くない。

 土のような顔色と、目の下にはクマ。三本満足棒を列車の中で二本、パクリパクリとやっている時点で、「あぁ、こき使われてるな」とわかる。


 そのさらに右隣で、スーツ姿の可愛い女の子が、苦しそうにしていた。

 すごいちびっ子だ。頑張って背伸びみたいに吊り革に掴まって、なんとか耐えてる感じだ。


 俺からは見えないが、おそらく、そのさらに奥のメガネリーマンが、鞄を足元に置いてるんだ。邪魔だよ棚に置け。女の子が斜めになって困ってるだろ?


 しかし……女の子が満員列車にぎゅうぎゅうは、可哀想だなぁ。

 本来は豊満な胸の膨らみも、圧迫されているようで。


 そして、そんな女の子の隣に俺が行っちゃダメな事は、分かっている。

 列車内で痴漢に間違われると危険なので、「おっさんの壁」で防衛するのが、正しい処世術だと思っている。



 しかし……さっきから、魔力列車が動かない。

 この苦痛の時間は、永遠より長く感じる。

 家で動画サイトとかを見てると、1時間なんてあっという間なのに。


 この苦しみを少しでも和らげようと、乗客はみんな、魔法の小箱を覗いていた。魔力で動く、手の平サイズの四角い魔導機器、その名を『スマートフォン』と言う。


 樽みたいな体をした俺には、不釣り合いな名前だった。


 俺の右隣の、土気色の顔したおっさんは体を斜めにしながら。

 運良く席に座れた、ちびっ子なのに胸のデカい美人女子は、胸の前で両手で持って。

 そうやってめいめい、魔導機器スマートフォンで時間を潰す。


 俺はと言うと、目の前の、大人しそうなおっさんの背中に載せるように、俺のスマホを出していた。相手が女性だとこうは行かない。


 ほとんど「フォン」として使わない、ぼっちな俺。

 通話ではなく魔導パケットばかりを使う。


 『魔導パケット定額制』と言っても、動画を見てるとあっという間になくなる。

 5GMギガマナを超えると魔力制限がかかるので、おいそれと動画ってわけにもいかない。


 イヤフォンは耳に刺したまま、俺はスマホでブラウザを立ち上げ、とあるサイトにアクセスした。


 会社の先輩から、「ペーペーなお前は、世情を知る為に、スマートフォンでニュースを読め」と、しょっちゅう言われる。

 でも、スマートではない樽体型の俺は、申し訳ないが興味ない。



 地獄のような満員魔力列車の中では、心のオアシスが欲しい状況にあんだ。



 そこで開いたのは、『フリーコミックギルド』という、マンガの無料閲覧サイトだった。たくさんのマンガが無料で公開されていた。サイトに「安心してください」と書いてあるから、なんの問題もない。


 昨日と同様、『名無し室長の人身掌握術』の続きを読む。

 念を込めて「名無し」とフリック入力したら、すぐに、『名無し室長の人身掌握術』と候補が示唆サジェストされた。


 このサイト、検索しやすいなぁ。


 「リーチサイト」と言うらしい。マンガへのリンクが、ジャンル事にうまくまとまっていた。キーワード検索も容易だった。

 スマホの中に住んでいる『使い魔コンシェルジュ』を呼び出すと、面白そうなマンガのお勧めまでしてくれる。

 

 ただ……広告がうざい。

 スマホの念タップがしやすい所に、バナー広告が巧みに配置されていた。


 スマホのオペレーションシノプシスを提供してるグルグールは、こういう邪魔な広告を禁止すべきだと思う。アッポーパイヌはやってるぜ?


 このサイト、噂によると、サイト主は広告収入だけで月収200万くらい稼いでいるらしい。まぁ、無料でマンガを読める俺としては、ラッキーだし、別にいいけど。



 魔力列車が、ちょっと進んでは、また止まりを繰り返している。

 雪で完全に足が止まっている。

 炎の魔法が使える上級駅員も、沿線全域をカバーする程の人数は居ないもんだから、どうしても山間で列車が止まる。その影響が、この列車まで派生している。


(あーもう!)

 イライラしても、列車は動く事はない。

 苛立ちをぶつける先は、おっさんの背中に載せたこの魔導機器スマホをおいて、他にない。


 しかし、最近の魔導機器は優秀だなあ。

 しもべ妖精『使い魔コンシェルジュ』も、俺の特徴を把握して、マーケティング的に広告バナーを表示しているらしく。ハルバートとか、バトルアックスだとか、樽型な俺に似合いの武器を紹介してくる。


 いや……たしかに、俺の会社での仕事は、モンスターをハントすることだけど。

 こないだは、先輩達と一緒に、ミノタウロスを退治したけど。


 でもたまには、弓矢とか、魔法銃とかをお勧めされてみたいもんだ。

 こないだ、『ZONZON法衣』っていう無料の法衣を着たからだと思うけど、そこから俺の身体サイズがバレたらしく。スマホ広告のお勧め鎧も、あからさまにD型のものばかりだった。


ドワーフD型体型のお前には、オノだろ?』

 と、サイト広告がバカにしてくる。


 ざけんな。

 今の仕事をしていると、自然とシェイプされてくるって、言われてんだよ。俺は始めたばっかだけど。


 なにせ、モンスターをハントする仕事だ。あからさまな肉体労働。激やせするに決まっている。


「エノリ君、痩せたら結構、格好いいと思うんだけどねぇ?」

 って、従姉妹のリン姉ちゃんにも言われた事がある。


 仕事ハント頑張って、痩せて、かわいい彼女をゲットするんだ。


 簡単くぁんたんじゃないか。なぁ?


 キ、キイイイ。

 車輪がレールをこする音がした。と同時に、俺達の体が、横へ向かってゆっくり並行移動を始める。

 

 魔力列車が、ようやく動き出した。


「列車が遅れ、誠に申し訳ございません。当列車は、お隣、ゴルゴダ駅まで参ります」

 男性車掌の、少し疲れたような声での車内アナウンス。


(ようやくか……)

 魔力列車は、ついに動き出した。



 ――あの、恐ろしい駅へと向かって。






(TIPS)

【リーチサイト】

 著作権者の許可を得ずにネット上にアップされたマンガや書籍に、ユーザーを誘導するリンク(URL)を集めて掲載するサイトのこと。要はリンク集。

 大抵、広告等が貼られていて、サイト主様は広告収入を得ている模様。

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