1-4. 足ツボの施術ですから!

 今、御音みおんに必要なのは。

 足ツボスキルの発動ではない。


 ――癒やしなのだ。


 男の《足ツボスキル》をもってすれば、彼女の腕を倍速で動かして、ピアノを速弾きさせることもできるだろう。


 だが。


 御音みおんの「単体の」能力を、《足ツボスキル》でどうこうしたところで、「多数決の原理」は揺らがない。それが異世界の、民主主義という概念。


 そして御音みおんは、政治家や法律家になりたいわけではない。


 

 意志を持った者が、自由に音を楽しめるように。

 子供に音楽を教える。


 素敵なことじゃないか。

 彼女が、こんな事でくじけて良いはずが無かった。


 だから。


 彼女を癒やしてあげようと、その男が取った選択肢。

 それは……。


(やっぱり、歌だよな)

 着ぐるみの中で、男がそう独りごちた。


 この異世界へと転移する前から。

 男はいつも、煮詰まったら銭湯に行き、湯船で鼻歌を歌った。

 体の疲れとともに、胸のモヤモヤも軽くなる。デトックス。


 それが、くすんだ金髪の彼女にも必要なのだ。

 「通常の」足ツボ施術も、当然ながら男には可能であった。


 失踪した父に代わって、足ツボの施術院を1人守りつづける、彼ならば。



 ◆



 窓から差し込む光が御音みおんを照らす。

 彼女は今、テーブルの上に乗っている。

 黒ヒールを脱ぎ捨て、素足を差し出している。



 さぁ。



 楽しい施術おんがくの時間だ。



 男は押し棒を右手に構えた。

 ――まるで、指揮棒のように。



 両手は肩の高さ。背筋はピンと伸ばす。深呼吸。

 指揮棒は、御音みおんの足裏へ。



「あっ」

 漏れる声。彼女のソレは美しかった。 



「いっしょに、歌うぼびゅっしぃ」

「それは、SCRAP管理団体が……」

「大丈夫。お風呂で作った鼻歌ぼびゅっしぃよ。SCRAP管理団体に、曲も委託してないぼびゅっしぃ」


 男は足ツボを押し、彼女は足ツボを押される。

 のハーモニー。


 男のテノール声に対し、彼女の歌声は、鈴が鳴るようだった。

 ブレスと吐息が混ざる。息を吐き切っているからこそ、大きく吸える。

 そして、鈴の音には、空気感エアリーが混ざっていた。


「きれいな声ぼびゅっしぃね」

「んっ、はぁ……ありがと」


 男は、彼女と一緒に歌いながら、御音みおん先生の足ツボを、押し棒指揮棒で刺激していった。


 彼女の足裏は小さく、オーダーメイドのオカリナのようだった。

 着ぐるみ男の手に、ピッタリと吸い込まれ、押すといいが鳴る。



『シャープは目のつけどころ♪』

 男は、ラルゴ最も遅くから、鼻歌に入る。

「シャープは……つけどこぅ」

 オカリナと化した彼女が、鈴のような声で。


『フラットデザインは心地よい♪』

 ラルゴよりやや早い、ラルゲット。

「フ……ううっ、いんは、心地よい……」


『ドはぼびゅっしい♪』

 アダージョゆるやかに。男は頭と指揮棒を振る。足ツボ施術も忘れない。

「ドはぼび……んっ……」



 徐々にテンポは上がっていく。

 鼻歌を歌いながらハナウタッシモ足ツボを押しながらイテージョ



『花粉の対処はアレグロで♪』

「か……花粉……っっんっ」


『変拍子大好きビジュアル系♪』

「へんな………きびゅ……んっ…」


『ドはぼびゅっしい♪』

 アンダンテ歩くような速さでからモデラート中位の速さでに移行。 



 頭の揺れも、激しさを増していく。

 横ノリから縦ノリへ。

 オカリナの如き彼女も、弦を張りすぎたウクレレの如く、反り始めていた。



『カスタネットでサーフィンを♪』

「………んっ…………!」


『付点2分音符。付点2分音符♪』

「………ほ、ほくろみたい………!!」


『ドはぼびゅっしい♪』



 アレグレットやや快速にからアレグロ快速にへ。

 足裏を押す力も、ピアニッシモ最も弱くからメゾピアノやや弱く、そしてメゾフォルテやや強く

 ぼびゅっしいの体からはじける、さわやかフローラルの香り異世界基準


 テンポが速すぎるのか、はたまた施術の強さの問題か。御音みおんはガバッと起き上がり、ぼびゅっしいの腕を力強く掴んだ。

 先生の首筋からほのかに届く、さわやかフローラルの香り現世基準



「ね、ねぇ。いたくしないで、ね? ね?」

 涙目の彼女は綺麗だった。


「SCRAPに?」

「そっちの委託じゃないってば!」

 御音みおん先生は、涙目で訴える。

「……足ツボの話ぼびゅっしぃね」



『ミックスボイスの通販ショー♪』

「ああっ……ううううぅっ!」


『カラオケはハビットスポーツさ♪』

「ラ……! ラの音が……!」


『シンバシ。イイダバシ。タカハシ♪』

 スタッカート短く切ってで、フォルテシモ最も強く

「で、でちゃ…………」


『ドは、ドは……』

 |男のタテノリも最高潮に達した。指揮棒を、まるで痙攣するように揺らす。


「絶対音感が……でちゃうー!」



 着ぐるみ男は、そんな足ツボは、一切押していなかった。



 ◆



「……大丈夫?」

 着ぐるみ男は、御音みおん先生の背中をそっとさすった。

「は、はげしすぎだよ……足ツボ……」

 くすんだ金色の髪の、スーツ姿のその女性は、肩で息をしていた。


「でも、リラックスできたぼびゅっしぃ?」

「それは、そう……」


 彼女は、何故かもじもじとしながら、話を続けた。

「……さっきの話だけど……さ? ほんとに、委託……しないでね。あなたの鼻歌」

「わかってるぼびゅっしぃ」

 男は、ドン! と自分の胸を叩いて、言った。




 着ぐるみ男の鼻歌は、こことは違う世界の銭湯で生まれた。

 はたして、その曲の著作権は、どうなるのか?

 異世界人による創作も、音楽の著作物として保護されるのか?


 そんな疑問が残った。


 しかしながら、着ぐるみ男は、その鼻歌を、SCRAPに管理委託するつもりは無いようだった。


 この異世界に、彼の好みに合致した、新たな音楽著作権管理団体が生まれる、その日まで。


 権利者の自由意志で、自分にあった管理業者を「実質的に」自由に選べる状態こそが、あるべき姿の、はずだから――。



 ◆



 2ヶ月後。


 教室には今日も、たどたどしい音楽と、黒のピアノがあった。

 鍵盤の前には女児。

 椅子の高さ調節は、「座面をすこぶる高くアシガツカナッシモ」。


 その後ろには里琴りこ先生が、何も言わずに微笑んでいた。


 〜〜〜♪


 演奏曲は、PGパンチガードKGキックガード。この世界で突如流行りだした、ゲームの曲だった。


「りこせんせー」

 女児のえっちゃんが、邪気のない声をあげた。

「どう? どう?」

 と、後ろを見上げて聞いてくる。


 里琴りこ先生は、えっちゃんの頭を優しくなでて、「すごく楽しそうな音ね」と言う。


「えへへ」と女児が破顔する。



 経営者の御音みおんは結局、包括契約の話を飲んだのだ。ただし。


 使

 御音みおんの教室が、これからも経営していける程度の料率に。


 「契約自由の原則」のもと、条件を個別交渉することだって可能なのだ。


 もちろん。

 そこは本来、契約者双方の力関係が左右する、『鬼の棲家すみか』。

 合意内容の詳細は、「契約に伴う秘密保持義務」があるので語れない。


 ぼびゅっしいが、契約交渉の場に同席し、

 足ツボスキルを、使い、うまく契約をまとめたのだ。

 その具体的な足ツボ施術方法も、秘密保持義務の観点から、明かせない。



 女児は椅子から飛び降り、「りこせんせー」の足に飛びついた。


「せんせー! あたし、ピアノ大好き! とってもたのしいの!」

「そう? それはよかった」

 里琴りこ先生は笑っている。


 教室のドアが、少しだけ開いている。

 そこから中を覗いているのが、御音みおん先生だ。笑みをたたえたまま、従業員ブースへと消えて行った。


 野良マスコットのぼびゅっしいは、教室の隅に置かれていた。レッスン終了まで黙って立っている約束になっている。それも自由契約だ。


 えっちゃんは、りこせんせーに抱きついて言った。


「あたし、おっきくなったら、曲つくりたいの! PGKGみたいな! みんなに楽しく、弾いてもらいたいんだ!」




〈続く〉





(著者注:この物語は、ですう!! )

(すいませんすいませんすいません)

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