台無しパート

1-3. 法律に足裏なんて無い!

(著者注:この物語はですう!)


 その日のレッスンは、とうに終わっていた。

 外はもう暗い。

 

「SCRAP」のにんじん男は去り、里琴りこ先生も、生徒と共に帰宅した。教室に残っているのは、金髪グラマラスな経営者、御音みおん先生。


 今日の日報を書き、後処理……。

 そんな残務が、彼女には残っていた。


 教室には、実は残っていた。

 燕尾服姿のマスコットキャラクター「ぼびゅっしい」。

 その着ぐるみの中に入った男。


 男は御音みおん達から、人間として認識されていなかった。


 ここは異世界。

 道端に、雨ざらしで落ちていた、うすよごれた「野良マスコットキャラクター」。そのように認識されていた。


 男がなぜ、この「異世界」で「ぼびゅっしい」に扮しているのかにつき、詳しくは語らない。重要なのはその点ではない。


 男の自宅の風呂場にが出現し、その扉をくぐり、すったもんだがありつつ放浪中に行き倒れ、野良マスコット「ぼびゅっしい」として御音みおん先生に拾われた、というだけだった。


 ◆


 御音みおん先生は、かつ、かつ、と黒ヒールを鳴らしながら、応接室の電気を消しに入ってきた。


 優美な人差し指で、スイッチをパチリと押し、部屋は暗くなった。月光がわずかばかり、カーテンという名のフィルタを迂回するように、射し込んでいた。


「はぁ…………」

 御音みおんは、テーブルに体をあずけ、長い溜息をつく。


 窓から射し込む光を浴びた彼女。

 その憂いの表情には、なんとも言えぬ趣があった。

 勝ち気で快活であるはずの彼女が、普段は見せない姿だった。


 くすんだ金色の髪を、耳の後ろへとかきあげる。

 細い指が、とんとん、と、小テーブルを叩く。歩くような速さでアンダンテ


 ……やがて彼女は向き直り、つかつかと、男の方へとやって来た。


 男こと「ぼびゅっしい」は、黒いモジャ髪に燕尾服という出で立ちの、着ぐるみを来たマスコットキャラ。


 テノールの良い声で「ぼびゅっしい」と叫び、指揮棒を縦横無尽にシェイクする。その姿は、まるでデスメタルのヘッドバンギングのようだった。

 10人ほど居る、この音楽教室の学童も、よく男の真似をして、ヘドバンをやったりしていた。



 ヘドバンは、非常に体力を使う。

 そう。体力を使うのだ。



 「ぼびゅ汁」と、この異世界で呼ばれている汁(正体は汗)が、ヘドバンの度に、ぼびゅっ! と着ぐるみの外へと飛び散る。それが、この異世界の人間の嗅覚的には、「フローラルの香り」として認識されていた。

 

 いつもは勝ち気な御音みおんは、立て膝になると、男を着ぐるみごとハグして、言った。しおれた声だった。


「ねぇ……ぼびゅっしい……しょうがないのかなぁ?」

「……なにがぼびゅっしぃか?」


 着ぐるみの中の男は、マスコットとしてのキャラクター性を、しっかりと守っていた。「手を付けた仕事は、最後までやり抜け」と、失踪した父から、厳しく叩き込まれていた。


 御音みおんは、中に人間が入っているなどつゆ知らず、男をハグしたまま、語を継いだ。 

「わかってるんだよ。クラシックしか練習できないんじゃ、生徒がかわいそうだって……。でもね? 法外すぎると思うんだ。SCRAPの条件は、管理楽曲を自由に使える代わりに、利益の50%を持っていく、っていうんだよ……」


「キツすぎぼびゅっしぃ……」

 利益の50%現世では、受講料収入の2.5%というのは、あまりに法外なように思われる。


「権利行使を、農業に例えた人がいてね? SCRAPは、稲を刈り取るのを待っていただけなんだって。その権利があるから問題ないって」


 色っぽいお姉さんにハグされたドキドキ感からだろうか? 

 着ぐるみの中の男は、やや感情的になったようだ。

「その団体は、田んぼを耕したぼびゅっしぃか? 種を蒔いたり、害虫と戦ったり、そんな苦労を、ちゃんと負ったぼびゅっしぃか?」


「……それは、あたしたちの仕事だ、ってことなの」

「税金みたいぼびゅっしぃね。うかつに鼻歌も歌えないぼびゅっしぃ」


「ぼびゅっしい? それは違うの。個人が鼻歌を歌う分にはいいの。でも、営利の事業としてやっちゃダメなの。あたしたちの教室は、生徒さんからの月謝を貰っているから……」



「著作権が切れた曲だけ演奏する、今の形じゃ、だめぼびゅっしぃ?」

 と、着ぐるみ男は聞いた。しかし――。


 御音みおんのくすんだ金色の髪は、力無く左右に垂れた。

「えっちゃん、って生徒がいてね? 悲しんでるの。PGKGが練習できないって。里琴りこが言うように、音楽は、ホントは、楽しいもののハズだったのに……」


「では、受講料に上乗せしたらどうぼびゅっしぃ?」


「料金50%アップなんて、親御さんに納得してもらえないよ……うちの生徒さんは、お金持ちの子って少なくて……」

「音楽が、お金持ちのものになってしまうぼびゅっしぃね……」


「生徒が、居なくなっちゃうかも。そうしたら、あたしは……」

「困ったぼびゅっしぃ……」

 着ぐるみ姿の男もまた、金髪の先生にハグされたまま、力なくうなだれた。



 少しの沈黙。



 そして、着ぐるみ男の耳元で、えっく、えっくと、小さな嗚咽が。

 彼女が泣く姿など、男は今まで、一度も目撃したことがなかった。



 彼女はいつも、「ここが、あたしの守るべき居場所だ」と言っていた。


 その言葉は――。

 

 彼女の過去の挫折。

 親族に対する劣等感。

 

 ――そういったものと繋がっている。


 その事に気づくに充分すぎる時間を、男はこの異世界で、野良マスコットキャラとして過ごしていた。


(俺は……この金髪の先生の為に、いったい何ができる?)

 この「異世界」における法制度を、着ぐるみの男はどうすることも出来ない。



 もしも著作権法に「足裏」があったなら。

 男はためらわずに、そのを押したことだろう。


 ――なぜなら男は、足ツボによって他者の異能を引き出す、を継承する存在だからだ。


 しかし、異世界においても、やはり法律には、足裏など存在しなかった。


 ――裏はあるかも知れないが。


 そんな着ぐるみ男に、唯一、出来る事……それは。



御音みおん先生?」

 男は、彼女の耳元で、テノール声を抑え気味の、エアリー声でそう言った。


「えっく……、う、うん……」


「……足裏を……」

 男は、着ぐるみの両手で、金髪の彼女の両肩を優しく掴み、そして両腕をぐいと伸ばして、彼女を引き離した。


「えっ……? なに?」

 マスコットキャラから突然引き離された彼女は、少し驚いていた。黒いまつげの下に滲んだ涙が、窓から射し込む月光を反射して、キラリと光った。


「……足裏を、出すぼびゅっしぃ」

 男は、依然としてキャラクター性を守りつつ、そう言った。




(TIPS)

【台無し】

 物事がすっかりだめになること。


【足ツボスキル】

 拙作『足ツボで解決する話』より出張して頂いております。

 思春期の男の子が、あちらこちらの異世界へ転移し、現地の女の子の足ツボを押し棒で刺激してスキル発動。姫を巨大化させたり、炎の魔法を使えるようにしたりと、彼の父に負けない活躍をする話です。

 


【少し私見】

 完全に私見ですが、管理団体は少なくとも、戦ってくれていると思うんですよね。自分が作ったコンテンツを利用した人に「それは俺の権利だぞ。金払え」って、直接言いづらい。

 「嫌われ役を代わりにやってもらう」という側面はあるんだと思います。

 ただ……すべての全貌は、我々一般人には見えないんですよね……。

 だからですかねぇ? 嫌われ役に見えてしまうのは。


 さて、次の話で、ここまで積み上げたお話を、すべて台無しにします。

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