第8話 『満腹感、不信感』
「仲間を……?」
愛生の言葉に思わず首をかしげる蓮。
仲間を、と言われてもそう簡単に見つかるものでもないだろうに。ただでさえ、蓮は相手が
しかし愛生は何やら手があるのか、口元にどや、と笑みを浮かべて。蓮から返却されたケータイをいじくり回すと、再び画面を蓮へ向けた。
「これを使うのさ」
向けられた画面には『デザインベイビー掲示板』の文字。
あちこちに目を通していくと蓮の胸には、安心ではなく不安要素ばかりが積み上がっていく。とりあえず、
「……いや、掲示板ってもうほぼほぼ使われてないんじゃないのか?」
じとり、と目を細め、問いと同時にため息を吐く。
十数年前までならかなり賑わっていた掲示板。しかし今は、その人気や人口もあちこちのSNSに引っ張られつつある。VRチャットやツイッター。その他諸々。
簡単にいうのなら過疎だ。こんなところで仲間が見つけられるのか、と思ったものだが。
「ふふん、わかってないな蓮は。だからこそ、みんなここを使うんだよ」
愛生は自慢げに胸を逸らし、鼻息荒く吐き出した。
「理想児っていうのは、基本人目を避けるもの。理想児にはどうしても吐き出せない悩みもある……だからこうやって人目のつかないところで、みんな固まって愚痴や悩みを吐き出し合うの」
しかしすぐに愛生の表情は哀へと変わり、目を細めるとどこか遠い所を眺めてしまう。
愛生からほんの少しケータイを借りて、掲示板に目を通してやる。
お腹減った、眠い、といった何でもないような話題から、あまり他には話せないような重い話題まで。
……何故かお腹減った、というレスが多く見える気がするが、それはそれ。
「だからここに、選ばれた子たちしかわからないようにレスを投げてみたの。協力してくれる子がいれば、私のケータイにメールが届く。寸分の狂いもない作戦だよ!」
ころころと変わる愛生の表情。今度は再び満面の笑みへ。
何やらドヤ顔を浮かべているのと対照的に、蓮の表情は急激に冷めていく。そしてとうとうため息まで吐き出して、
「……いや、それが罠だったらどうするんだよ」
「………………ぁ」
蓮の放った言葉に、愛生の笑顔が引きつった。ついでに視線まで逸れた。
どうやら考えていなかったらしい。愛生はこう、ひとつの目的へ集中するとどうも盲目的というか、周りが見えなくなる節がある。
自分の短所だと理解しているはずなのに、長い付き合いの蓮にも改善の兆しは一切と言っていいほど見えていない。悲しいかな人生。
「その時はその時さ」
「適当か。まあいいけど」
まあいいけど、と吐き出すのと同時に再びため息。愛生の無計画さはいつものことだし、もうすっかり慣れてしまった蓮である。
しかしまあ、自分たちだけでは戦っていくのがキツいというのもまた事実。それしか方法がないというのなら、使っていくしかないだろう。街をしらみつぶしに能力者を探して声をかけるというのも、なかなか危険で非効率的な話ではあるし。
────俺の傷力、何のデメリットもなくポンポン使い続けられればよかったんだけどな。
なんて、ぼんやりと思考を遊ばせる蓮。未だにあの夜の感覚は忘れられない。
目の前での
ふわふわと浮遊するような。焼き切れるほどに高速で回る思考回路。
相手の思考に潜り込み、自分の力を滑り込ませ、相手の視界を幻覚を以て
他人の頭に、視線に干渉し、相手とひとつに溶け合っていくような────自分と相手の境目が曖昧になっていくような、奇妙な感覚だった。
あそこできっと愛生に止められなかったら、あの時言われた通りに自分が自分でなくなってしまったかもしれない。
あの時止めてくれたことには感謝しなくてはいけない────が、
「……なあ、愛生。なんで俺の傷力のデメリット知ってたんだ?」
浮上した疑問を、そのまま呑み下すことはできなかった。
蓮の問いかけに、愛生の肩がわずかに跳ね上がった気がする。そんなほんの少し不審な様子に眉をひそめながら応えを待っていると、愛生は薄い笑みを浮かべて、
「蓮が傷力に目覚めたあの日、蓮がうわ言みたいに『相手を騙す力ってなんだよ……』ってブツブツ言ってたの。幻術系ってだいたいそういうデメリット持ってるものじゃない? ソースはオタク知識だけど」
覚えてない? と。小首を傾げた。
何故か誤魔化された気がしたが、蓮にはあの日の記憶がほとんどない。この違和感も確かなものではないし、これ以上問いかけるのも無理だろう。
蓮は、そうだったのか、なんて呟きつつ、疑問を静かに呑み下す。
ここから先はなんでもない、いつも通りの会話ややりとりが続いて、時間が消費されていき。
その日、何故か蓮は、もう傷力の話題に触れることができなかった。
◇◆◇
最近眼を覚ます時、口の中の不快感に急激に背中を押し出されるように意識が浮上する。
「ぉ、ぇ────、ぁ、ぅ、!」
喘ぐように空気を吐き出しながら身体を起こし、ふらふらとした足取りで洗面所へ。蛇口を一気に捻ってこじ開け、激流の音と共に胃の中身を吐き出していく。
もう吐くものがないのか、吐瀉物は胃液で黄色く────その中に、どこかが切れたのか血液が混じり込んでいるのがわかる。
「ま、ず……ゔ、ぉ」
呼吸が荒い。ふー、ふー、と、ケモノのような呼吸音が鬱陶しい。
自分のものなのにどうすることもできなくて、無力感に首を掻きむしった。
口の中がベタベタする。血の味がする。首が、喉が、痒い。
何かを飲み下したような感覚がへばりついている。忘れるな、おまえはアレを忘れてはいけない、と。精神が訴えかけているようで。
「……今日も、あの夢を」
最近悪い夢を見る。夜な夜な街を歩き、知らない道を歩き、誰かに襲いかかる夢。
背後から覆い被さり、首筋を、頚動脈を掻き毟り、血液を啜り、血肉を貪り、嚥下する。
いくら食べても満たされない飢えと、何かを支配する満足感と、喜んでいる舌。夢の中の自分は喜んでヒトを殺し、喰い、まるで物語の中の
「ちがう、ちがう、違う。私じゃない、私じゃ、私じゃ────」
自分が起こしたことのように、記憶がこびりついて離れない。身体が、頭が、自分のすべてが、血の匂いを、味を、命乞いを、悲鳴を、ヒトを殺す喜びを、覚えているようで。
「私じゃ、私じゃ……ぁ……、」
何度も何度も、否定を繰り返すのに、
「私じゃ、ないのに……何でこんなに、お腹が一杯なの……?」
自分の満腹感だけは、誤魔化しきれなかった。
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