第4話 『俺は、僕は』

 理想児は将来が約束されている。

 ……そんなことはない。そんなこと言えるのは僕らとしっかり向き合おうとしない、汚い大人たちだけだ。

 親の考える最高の容姿。高い知能に、何でもできてしまう運動神経。

 確かにいいものばかりだ。神は二物を与えないとは言うけれど、科学でここまで与えられてしまうものなんだ。


 でも自分と顔の違う息子なんて、愛せるわけはなかった。


 僕は両親に捨てられて、施設で育ってきた。とある朝に施設の前に、置き手紙と共に捨てられていたらしい。それから封筒に入れられた、ほんの少しのお金も。


 ……勝手な話だ。勝手に生み出して、勝手に捨てて。


 施設の暮らしに不満があったわけじゃない。むしろ良くしてもらったし、あそこに拾われてよかったとまで思う。


 ……けれど、世間の目が変えられるわけじゃない。苦痛だったのは施設での暮らしじゃなく、この世界での暮らしだ。


 理想児だとバレてしまえば学校では避けられ、唾を吐き捨てられ、暴力を振るわれるのなんてしょっちゅうだった。

 好きでこんなんで生まれてきたわけじゃないのに。


 上手く隠して生きていけば良いだけ。でもこの髪と、この瞳がそうさせなかった。


 暴力を受け、白い目を向けられて、問題を解き、運動をして。全力で解けば周りにため息を吐かれ、手を抜けば大人に怒られた。

 どうしようもない。僕は与えられた力を使っているだけなのに。


 唯一の癒しといえば、教室の隅で、自分の席で大好きな物語を読んでいる時だけ。

 ……物語の登場人物が羨ましかった。彼らは作者という親に与えられた力を存分にふるい、眩しすぎるまでに輝いていて。

 勇気のある行動は、僕の気分を高揚させる。


 僕の親は力は与えてくれたけど、勇気だけは与えてくれなかったんだ。


 勇気があれば相手に立ち向かうこともできたかもしれない。勇気があれば、変わっていたこともあるかもしれない。だから、


「かじま、くん」


 キミがほんの少し羨ましい。

 自分が殺されるかもしれない恐怖に立ち向かい、誰かの為にそこまで激怒できて。死の恐怖に立ち向かう勇気がある、そんなキミが。僕のいじめを、扱いを許せないって言ってくれるキミが。


 最初に教室で声をかけてくれたあの時から、ほんの少し憧れだった。僕と正反対の、キミのことが。


 ────ああでも、最後にとびっきりの勇気は……出せたかな。


 ◇◆◇


「何言ってんだよ。俺は生粋の一般人だ」


 視界の紅みが消えていく。身体は熱くて仕方がないのに、不思議と呼吸は落ち着いていた。

 身体が軽い。まるで自分の身体ではないようで、ほんの少しだけ気味が悪かった。


「自覚がないパターンかよ。タチ悪ィ、な!!」


 言葉の途中に男が跳ぶ。すごい速度だが、目で捉えられないわけではない。

 ……嗚呼、この速さで俺に追いついたのか。なんて冷静に思いながら、脚を振り抜く。


「お前も大人しく倒されてオレ様の力の糧になれァ!」


 辺りに響く衝撃波。辺りの木々が揺れ、擦れた葉っぱたちが波と共に耳障りな音を生み出す。

 受け止められた。両手に構えた槍を立てることで、蓮の蹴りを、見事に。


「……うるさい。今はちょっと、静かにしててくれ」


 ヤケに耳の調子が良くて、頭の中に音の全てが響いて仕方がないんだ。……何より、これ以上騒がれると、なんとか沈めた怒りがまた溢れかえっていけない。

 追撃。脚を引き抜いて即座に拳を構え、男の腹部めがけてねじ込む。しかし男は数歩後退するだけで、見事にソレをなしてみせた。


「なんだよ目覚めたてか? 面白くねェ。それだったらテメーを追いかけず、さっきの女を相手にしてた方が面白かったってモンだ。さっさと『傷力しょうりょく』を使えってんだ」


 傷力。聞き覚えがある。いつだったか、どこかで、聞いたような。


「────記憶を辿るのは後だ」


 今は目の前のことに集中するしかない。不思議とその『傷力』の使い方はわかる。それがわかるなら、それを使わねば勝てないというのなら、存分に使うしかないだろう。

 この身体に備わっているのは、


「な、消え────」


 『騙す』能力。

 相手の視覚を犯し、幻覚を見せ、支配する能力だ。

 男が戸惑っているうちにそのすぐ直前まで潜り込み、顎に向けて拳を放つ。


「づ、ぁ!」


 今度は確かに手応えがあった。拳は確かに顎を捉え、振り抜いている。

 どうやら痛みを伴うとこの幻覚は消えてしまうらしい。足取りは覚束ないものの、男の視線はしっかりと蓮を捉えている。


「次、」


 なら、と。冷静に息を吐き出す。さらに一歩男との距離を詰めながら、視界の隅に映る槍に軽く触れて、


「っ、く、しょあああああ!!」


 激怒した男が槍を振り上げた途端、文字通り〝消して〟やった。

 振り上げたソレが視界から消えた途端、男は驚愕に目を見開いて、確かに握っている槍を取り落す。

 無様に槍が地面に転がったのと同時に、今度はその腹部に拳をねじ込んだ。


 拳。蹴り。拳、拳、拳。

 盲点を作り、姿を眩ませ、相手の焦りに紛れ込み、次々と攻撃を加えていく。


 頭が痛い。体が重い。

 関係ない。コイツは、目の前で藤崎を殺したやつだ。然るべき対処を、罰を────


「蓮!!」


 怒りで暴走する思考を、無理やり止めたのは聞きなれた名前を呼ぶ声だった。

 思わず動きを止めて、声のした方へと振り返る。

 同時に強く肩を掴まれて、すぐ目の前にはひどく焦り、涙まで流す愛生の顔。

 ……頭の処理が追いつかない。まるで現実が映像じゃなく、写真として一枚一枚流れ込んでくるように。現実が、途切れ途切れに動いていく。


「そのままじゃ、また……また、蓮が自分がわからなくなっちゃう……!」

「何言ってるんだよ、愛生。俺は、俺は…………」


 愛生の頰に伝う涙を拭おうとして重たい手を持ち上げて。柔らかく笑みを浮かべようと頰を釣り上げたのと同時に、


「…………あ、れ?」


 蓮の意識が、暗転した。

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