26話 封筒
「会長。お茶です。」
生徒会長補佐の役職に着く、
「ああ。」
水島紫は手元の資料を基に淡々と自分の仕事を熟こなしていく。
紫という名前に似合う少し紫が掛かった黒髪のショーカットから覗く表情には、それなりの名家出身だけあって気品が表れている。
2年生時に、生徒会で会計を務めた者は例外無く、生徒会長補佐の任に着く。彼女も去年までは生徒会会計の役職に就いており、今年3年生に進級しその規則通り生徒会長補佐の任に就いた。
会長補佐の実質の権限は副生徒会長よりも幅広いものであり、それなりの役職である事は間違いない。彼女がその役職故に、この学院で強い力を持つのも当然の事だろう。
「それと、
「ああ、そうか。」
「
「ああ、あの一年生の?」
「はい。出自、経歴共に以前と変わりなく問題ありません。学院3大美女に再度選考されるに可能性は十分にあります。現状、一年生を纏める存在の様です。表だっての行動は見られませんが、裏で何やら動いているみたいです。」
「そうか、正直どうでもいいな。」
栞は深い溜息を付いた。
学院3大美女を選考しているのは蛍光院学院。裏サイトも学院が管理している。
この事を知らされるのは生徒会長と会長補佐のみ。
蛍光院という名前に更にブランド価値を付加させる為に作られた制度。一般的な私立の高校と比べて、比にならない程の授業料を取るべく考えられたシステム。高い偏差値と進学率、就職率共に100パーセントという触れ込みだけでなく、それ自体が広告塔となる様にと導入された制度だ。
結果は良好。見た目の良い看板に惹かれて編入してくる生徒も増加。我が子をそうさせたいという親馬鹿な入学希望者も多い。
更に、学院3大美女には、実は様々な特権が与えられている。
結城向日葵が停学処置が軽かったのもその実、学院3大美女に選ばれていたためだ。本来なら、昼の放送室を乗っ取ってあんな事をすれば、停学3日では済まされない。
学院3大美女には広告塔以外にも、生徒達を纏める力も求められる。多少手荒な事をしても許される事はイコール、力に直結するという理屈だ。
校則の軟化以外にも、希望の進路を優先させたり、学費免除やら学食の無料化まで、一般生徒とは比べられない程に優遇される。
まあこれらは、一般の生徒には勿論知る由も無い事だが。
「今後の対応をどうなされますか?」
「別にどうでもいい。今は別の方に興味が沸いているのでな。些事はお前に任せるよ。」
「畏まりました。此方で対処して置きます。それと、理事長が今週の日曜に学院の方に来られる様です。」
「そうか。なら私は日曜は別件があるから行けない、と伝えておいてくれ。」
水島紫は少し頭を傾げ、不思議な顔を見せた。
「何か急に用事でも?」
私は口元に少し笑みを走らせた。
「日曜日はデートだ。」
の経済において必要不可欠と言っても可笑しくない程に肥大化している。
様々な事業を幅広く展開。その事業数はもはや1000にも届くほど。その種類は極めて広範囲に渡り、数多くの成功を手にして来た。それだけには留まらず、一族の多く者を議員として輩出し、政界にまで広く顔が効く。
事実、日本有数の名家であり、蛍光院家の総資産は国家予算にも届く勢い。
そんな一族の中で当主の娘として生まれて来た私、
正しい礼儀作法から始まり、学問、武道、書道、茶道、舞踊など様々な習い事を毎日欠かさず徹底的に。
昔から父には一貫して、強くあれと言われ続けて育てられた。
敗北が絶対に許されない人生。事実、今まで私は誰かに敗北感を感じた事など無いし、対等な条件の相手には負けた事が無い。だがそれと同時に、年を重ねるにつれて退屈が私を襲った。
何をしていても詰まらない。飽きる。負けないという事はそれだけで退屈だ。
昔は沢山の人間が私に向かって来た。対抗する目付きを見せて攻撃を繰り出す。
しかしその
別に、喧嘩だっていい。私を犯したいと襲って来ても構わない。何故立ち向かわない。
だが、最近は少し面白いものを見つけた様だ。
コンコン。
突如、生徒会室の扉がノックされた。
「失礼します。」
その女生徒は私の前まで、ゆっくりと近づいて来た。
今まで、何人もの生徒をこの学院から排除して来た。影の暗躍者。
「唯君、どうしたのかな?」
圷唯は此方を怯えもせず真っ直ぐ見つめる。
「資料を渡しに来ただけです。」
そう言って、何の変哲も無い茶封筒を此方に差し出した。
「ほう。これは何の資料かな?」
「大した物では無いですよ。見れば分かると思います。」
「そうか。ご苦労。」
「それでは失礼します。」
踵を返す様に生徒会室から出て行く。
私はその後ろ姿が部屋から消えていくのを確認しながら封筒を開けた。
中には数枚の資料。学院の過去の資料だ。
暴行事件について。被害者、男子4名。それ以外にも細かく状況が記されている。
途端に私のスマートフォンが鳴り響く。
ピピピピ!
画面には【圷唯】。
「どうした?」
{見て貰えましたか?}
「ああ、今見てる所だ。」
{それ会長がやったんですよね……?}
「どうかな。」
{もう裏は取れています。涼にバラされたくなければ、もう近づかないで貰えますか?}
彼女の声には嘲笑の色が含まれている。
「それは無理な相談だな。」
{じゃあ、バラしますね。}
「好きにしたらいい。」
{そうですか。それでは失礼しますね。}
此方の挨拶を聞く間も待たずに電話が切られる。
後ろに控えていた会長補佐の水島紫が怪訝な表情を此方に向けて来ている様だ。
「あの、会長……その資料は一体……。」
しかしそんな彼女の声は私には届かない。
「ふふっ。これから面白くなりそうだ。」
もう長い事、私に楯突いて来る人間も現れなかった。
圷唯は、力も実績も申し分ない。久しぶりの強者の存在に背筋にゾクリとした感触が広がる。
私の口元には恍惚な笑みが浮かぶ。
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