3章 栞
25話 欠伸
季節が変わるにつれて、次第に気温も変わっていく。
ふと窓から太陽を覗けば、未だ6月手前だと言うのに今日は一段と攻撃的な日差しを降り注いでいるのが分かる。少しずつ夏の足音が近づいてくるようだ。
無事、中間試験を難なく通過し数日が経過した。生徒会長である
最近はもっぱら生徒会の雑務に従事している。それもこれも、我が校において絶大な権力を持つ栞先輩がイベント事に目が無い、もとい人一倍やる気を出すタイプだからだ。その所為で生徒会役員達はもうじき訪れる体育祭に向けての下準備に右往左往。勿論、放課後も居残り。その日与えられたノルマを達成出来るまでは帰る事すら叶わない。
この話を聞けば、誰であっても生徒会長の方針は横暴だと言い出しかねない。しかし、我が校の生徒会の役員は誰一人文句を言わないという不思議。もし仮にノルマを課されているのが、生徒会副会長のみだったとしても、こういう権力の行使は非常に良くない。俺はこの制度を断固廃止するべきだと強く主張したい。
月曜。週の始まりともなれば体も重い。規律も緩む。大勢が密集するこの体育館で現在、生徒集会が朝から行われている。1000人を超える群衆というのはそれだけで壮観。かの有名な台詞の一つも吐きたくなる。
毎週行われるこの生徒集会も此処に集まる生徒達にしてみれば正直楽しくない行事の一つだ。しかしこの瞬間だけは皆一様にして壇上のマイクの前に立つ人物に注目する。
{{それでは生徒会長から一言。}}
その一言に黄色い声援を飛ばす者までいる程。
壇上にはいくつかの座席が用意されており、数人の教師と生徒会長が座る。
呼ばれた生徒会長は相も変わらずその凛とした振る舞いで壇上のマイクの位置まで歩いて行く。今の今まで小声で雑談に更けたり、ダラけていた生徒達もこの瞬間だけは自然と集中する様だ。
ちなみに副会長は基本的には群衆の中。極稀に壇上に上がる。このままでは、来年には俺が毎週の様にこの大勢を前に、生徒会長の一言をしなければいけないと考えるだけで鬱になりそうだ。
{{高等部の諸君、おはよう。}}
皆の週明けの気の緩みを持ち前の美貌と貫禄のある一言で吹き飛ばした。
{{最近、弛たるんでいる。この間の放送の件然り。皆、いつも以上に気を引き締めるように。それと同時に……}}
何とも厳しい朝の一言も、あの鋭い目付きも毎度の事だ。
栞先輩の一言に、
あれから向日葵は、ここ数年続けて来た性格を辞めたようだ。
制服を着崩して、時には寝癖が付いたまま登校してくる事もあるらしい。らしいと言うのは、あの告白以来、毎朝の迎えには来なくなったためだ。この数年欠かさず作って来てくれていた弁当も渡されなくなった。結果、向日葵とは一日で一回も会わない日の方が多い。学校で見かけても、以前は必ず笑みを飛ばしてきてくれていたのだが、最近はチラリと見てくるだけ。稀に俺の方から挨拶を掛ければ、一応返事は帰って来るものの、「おはよ。」とか「うん。」程度。
だが、別にそれについては、俺自身そこまで驚くことも寂しがる事も無い。
昔から、向日葵は自発的に誰かとコミュニケーションを取ろうとするタイプでは無かった。口数も少なく、笑う事も少ない。それこそ、人気者になりえる性格とは対象的だ。それに加えて短気ですぐ手が出る。
だが、あの出来事以来の向日葵は傍から見る限り、昔とも少し違うように思う。
これが良い変化なのか悪い変化なのかは分からない。それでも何故だか今の彼女が纏う雰囲気は、俺にとって好ましいものに見えたのは事実だ。
いつもながらの会長の一言じゃない一言がそろそろ終わりそうな雰囲気を醸かもしだした所で、我慢していた欠伸を耐えきれずに大きく漏らした。
{{それではこれにて話は終わりだが、そこの呑気に欠伸をしている男子は昼休みに生徒会室に来るように。}}
その一言で一斉に全生徒が此方を向く。
俺がハッとした時にはもう時既に遅し。大恥を掻く事はもう決定された未来のようだった。
―――――
「ふう。」
何とか今日中に終わらせないといけない書類の作成がようやく終了し、安堵の溜息をついた。
蛍光院学院の体育祭においての実質の業務は体育祭実行委員が行う。生徒会は業務のその補佐と共に、書類等の精査にある。書類の精査の為に書類の作成をするという何とも納得のいかない作業。まるで税金の様。所得税を給料から引かれているのに消費税を更に払う事への不満に似ている。
ようやっと作業の終わった俺に、いつもの様に栞先輩は労いの言葉を掛けてくれた。
「お疲れさまだね。よくもあの量を終わらせたものだ。やはり君は優秀だ。」
「そういうなら少しは量を減らしてくださいよ……。」
時計に目を向ければ、もうすぐ8時に届きそうだ。少し前まで唯も作業をしていたのだが、夕食の準備の為に先に帰宅した。
栞先輩と生徒会室で二人きりになるのは酷く久しい気がする。
「ふふっ。それは無理な相談だな。君の困る顔を見るのが私の趣味だからね。」
「はあ……もういいっすよ。なんでも。」
俺は溜まった疲れを隠す事無く溜息を付く。
「なんだその反応は。それじゃあ私が涼君に意地悪してるみたいになるだろう? いつもみたいにツッコミたまえ。」
ノリが悪い俺に対して途端に不機嫌な顔を見せる栞先輩。
「はは、今日はそんな元気も無いっすよ~。あ、そういえば栞先輩この前はありがとうございました。」
「ん? 中間試験の対策の事かな? それなら気にしなくていい。あれも私の趣味の一つだ。」
「趣味幅広いっすね……いや、それも勿論ですけど、早退を認めて貰った時の事です。相談聞いてくれて助かりました。なんかお礼とか。」
「ああ、それなら構わないよ。で、その友人との和解は出来たのかな?」
栞先輩は仏の様な優しい笑みを作り出してくれている。
「はい。向日葵とキチンと話し合えました。これも栞先……」
「ん? 向日葵とは、結城向日葵の事か?」
「え? あ、はい。そうっすよ? だから、それもこれも栞先輩のおか……。」
「気が変わった……。」
途端に体をプルプルと小刻みに震わせる彼女。
「はい?」
「やはりお礼を貰おうか……。」
途端にいつもの獅子を連想させる雰囲気を身に纏う栞先輩に俺は恐怖を感じた。何故だ。今、俺は後輩として凄くいい感じの雰囲気を醸し出していた筈。
しかし、そんな事は関係ない。栞先輩が気に食わなければそれまで。所詮俺達は、睨むライオンと草食動物の関係。
「ひいいぃぃぃ!!」
「そうだな。デート1回で許してやろう。」
「え? ああ、分かりました。行きましょう。」
「む。涼君、何か勘違いしていないか?」
「いえ、いつものやつでしょう?」
「はあ……まあいい。そろそろ時間だ。」
深い溜息と共に、いつもの会話の終わりを告げる一言。
生徒会室から外に目を向ければ、もう真っ暗。下校時間はとっくに過ぎている。
「栞先輩、たまには一緒に帰りますか?」
いつもの様に栞先輩は寂しげな表情を垣間見せた。
「済まない。まだ学院の業務が残っていてね……。また誘ってくれると嬉しい。」
俺は栞先輩と一緒に帰った事なんて一度も無い。それでもこうして何度も凝りもせず誘い続ける。
彼女の表情の裏に見え隠れする小さな違和感が俺にそうさせるのかも知れない。
栞先輩は蛍光院家ご令嬢。この学校の理事の実務を任されている。毎日遅くまで残り学院の業務を行っているらしい。
「そうっすか。じゃあお先に失礼します。」
「ああ、またね涼君。」
俺は笑顔と共に生徒会室を後にした。
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